■貧しい若者をだまして、外国人を最前線に送り込む

ウクライナ侵攻の長期化で兵員喪失に悩むロシア軍が、インドやネパールなど南アジアの人々を騙し、軍への入隊を強制している。海外メディアが相次いで報じ、その実態が明らかになった。

募集はTikTokやYouTube、Facebookなどのソーシャルメディアの広告で好待遇を売りにして若者の興味をかき立ている。南アジア現地にはリクルーターも存在し、ロシア送りの一端を担う。多くは「食料配達係」や「ウクライナ戦線から遠く離れた安全な警備職」、「軍事ヘルパー」などの甘言で釣り込んでいる。

英BBCやカタールの国営衛星テレビ局アルジャジーラが実例を報じている。南部ケララ州、のどかな漁村に生まれた漁師の男性(24歳)は、ロシア軍に騙されトラウマ級の日々を体験。生死の狭間をさまよったという。

男性は地元の斡旋業者に立ち寄り、ヨーロッパでの職を探していると告げた。だが、業者はロシアへの渡航を勧める。聞けば、負担の少ない警備員の募集で、月給20万ルピー(4月13日時点のレートで約37万円)の好待遇だという。

参考までに、インド求職サイトのグラスドアは、インドの平均年収を85万ルピー(約156万円)としている。年収5割増し以上をねらえる好機だ。

■「それまでは銃を持ったことすらなかった」

男性の地元では、気候が不安定になり、海に出られる日数や漁獲量が減っていた。そのうえ、他に仕事はほとんどなかった。貧困から逃れるために男性は1月、男性は募集に飛び乗り、ロシア移住を決意した。

ロシアへは観光ビザで入ることになる。渡航ビザを工面するため、友人たちがひとり70万ルピー(約130万円)ずつを支援した。平均月収10カ月分にあたる大金だ。

安全な職種との触れ込みだったが、後になってまんまと嵌められたことに気づく。ロシア支配地域であるウクライナ東部ドネツクの戦線に派遣され、25人グループの一員として戦闘を命じられた。訓練はわずか3週間。手持ち式ロケット弾発射機のRPG-30などを持たされ、戦闘に駆り出されたという。「それまでは銃を持ったことすらなかった」と後に彼は言うが、後の祭りだ。

いよいよ戦地送られた、まさにその初日。いざ戦闘と身構えたわずか15分後、至近距離からの銃弾が左耳下の部分を貫いた。

■婚約者に「結婚前に家を建てよう」と約束していたが…

男性の周囲にはあたり一面、ロシア兵の死体が転がっている。気味が悪いなどと言っている余地もなく、その上にドサリと倒れ込んだ。

「ショックで動けませんでした。夜が明けて1時間ほど経つと、今度は別の爆弾が爆発しました。左足に重傷です」

血を流しながら塹壕の中で一夜を明かすと、翌朝になって前線から離脱。その後数週間、いくつもの病院をたらい回しにされたという。青年はインド大使館に連絡し、仮パスポートの発給を受けて出国。インドへと帰還した。

命だけは助かったが、男性の人生設計はすっかり変わってしまった。「村を出たとき、村に住む女性と婚約していたんです。お金を持って戻ってくるから、結婚する前に家を建ようね、と約束しました」

いまはビザ費用に充てたローンだけが残る。生活を再建するため、婚約はもう2年後ろ倒しとなった。一緒に渡航した2人の漁師仲間とは、いまも連絡が取れず、行方不明の状態だ。

■YouTubeの広告動画に人生を狂わされたネパール人男性

ネパールからも多くの被害者が出ている。英ガーディアン紙によると、ネパール中西部、貧困地域のロルパ出身の男性は、YouTubeの動画広告に騙され人生を狂わされたという。

男性が見た動画広告は、ドイツで働くことができるという夢のような内容だった。応募したところ、担当になったエージェントは、経由のためロシアに一度飛ぶ必要があると告げた。悪夢の始まりだった。

男性はモスクワで拘束され、軍事キャンプ送りとなった。形ばかりの銃の訓練を受け、ウクライナ東部のバフムート送りに。ほかにインド人2人とネパール人4人が一緒だったという。

雪の夜、武器を運搬していると、ウクライナのドローン攻撃に巻き込まれた。男性はガーディアン紙に対し、「ドローン攻撃があるなどとは聞かされていませんでした」と語る。「足、太もも、右手を破片にやられました」。

その後、ロシア語もわからないまま、ロシア各地の病院を転々とする日々が続く。戦闘員仲間も複数が入院し、1人は行方不明。別の1人は脱走に失敗し、収監されている。

入隊は卑劣な手段で強要される。あるインド人兵とネパール人兵は、同紙に対し、ロシア語で書かれた、内容不明の契約書にサインするよう強要されたと証言している。後になって判明したが、ロシア軍に1年間拘束され、脱走を試みれば何年も刑務所に入れられる内容だった。

サインと同時に、パスポートは取り上げられた。兵士としての訓練は2週間に満たず、そのままウクライナ戦争の前線に送られたという。

■外国人をだまして兵士不足を補うロシア軍

ロシアがこうした強硬手段を展開するのは、窮地の裏返しでもある。開戦以来ロシア軍は、兵士死亡による戦力損失に苛まれている。ロイターは昨年12月、機密解除された米情報機関の報告書をもとに、ロシアの死者数は31万5000人にのぼるとの分析を報じた。

ロシアとしてはこの損失を、国外からの兵士調達で穴埋めしたい考えだ。AFP通信は今年2月、「リンゴ農家、航空会社向けの機内食製造業者、就職できなかった新卒者」など、職歴を問わず戦闘員を募集していると報じた。

国外から集められたこうした人材は、ロシア全土の採用センターを通じて軍へ送られる。モスクワの兵士採用センターで働く通訳のインド人男性はAFPに、「外国人に対応するリクルートセンターが、(ロシアの)あらゆる都市に存在します」と明かす。この通訳男性だけで、これまでに70~100人程度のインド人の入隊を担当したという。ネパール人についてはさらに多い。

採用元はインドやネパールに限らない。あるアナリストはAFPに、こうした国々は「世界的な勧誘活動の一環に過ぎない」と語る。

■家族を支えると意気込んだ兄は、帰らぬ人となった

ロシアに騙され、悲惨な戦争に巻き込まれる南アジアの人々は絶えない。衣料品店で平穏に働いていた30歳のインド人男性は、ロシアのエージェントに騙され、ロシア軍に入隊させられた。

きっかけは、ドバイを拠点にする人材派遣会社が投稿したYouTube動画だった。ロシア永住権が約束され、収入が何倍にもなるとの触れ込みだった。昨年12月にロシアへ渡航したが、わずか3カ月後の今年3月、家族のもとに訃報が舞い込む。

男性の弟は、米公共放送のボイス・オブ・アメリカに、「(エージェントが)兄を騙したのです」と憤る。エージェントは男性に、ウクライナ戦線に送られることはないと保証していた。「家族の将来を安泰にできる方法を見つけた」と色めき立ち、母国・インドを後にした兄の笑顔が脳裏から消えない。

戦地では、ロシア兵よりも劣悪な状況に置かれる。英スカイニュースは、ネパールから2000人ほどがロシアによってウクライナ戦線に送られたとの見方を示したうえで、その一環として駆り出された35歳男性の事例を伝えている。

■「まるで犬のように扱われた」

男性は、モスクワ郊外の陸軍士官学校(アバンガルド訓練センター)に2週間連行された後、4カ月半、ウクライナ東部ドネツクで戦闘に加わった。ネパール人兵士たちが大砲の注意をそらす「餌食」にされ、「まるで犬のように扱われ」たと証言する。「本隊のロシア兵は、我々の後ろにいるのです。前線に立たされるのは、(私たち)傭兵でした」

「恐怖です。人と人、銃弾と銃弾の戦いではないのです。私たちは(上空から)ドローンで攻撃されます。それはそれは恐ろしいことでした」

この男性の場合、もともとドイツの隣のルクセンブルクでの職のあっせんを希望していたが、母国のエージェントにロシア行きを勧められたという。母国の11倍の月収を約束され、ローンを組んで計1万4000ポンド(約270万円)ほどを支払った。

だが、予想だにしなかった戦地送りに。大金を失った挙げ句、投獄を覚悟で3度逃亡を図り、命からがら脱出する結果に終わった。

■自らロシア軍の傭兵を志願する人もいる

カタールのアルジャジーラは、外交政策アナリストによる分析や現地人コミュニティの情報をもとに、主にスリランカ、ネパール、インドの人々が騙されロシアに送られていると報じる。各国からそれぞれ数百人ないし1000人規模の人々が、ロシア軍に従軍しているという。

南アジアが兵士採用のターゲットにされる背景に、経済事情がある。スリランカの政治アナリストであるガミニ・ヴィヤンゴダ氏は、アルジャジーラの取材に対し、スリランカの厳しい内情を語る。

スリランカでは経済危機と政治的混乱により、2022年から翌2023年にかけて大規模な飢餓の危機が生じた。法外な対外債務と加速するインフレで、燃料、医薬品、食料などあらゆる物資が不足した。

ロシアに従軍する匿名のスリランカ出身兵は、アルジャジーラに、スリランカの経済的混乱を鑑みれば、ロシア軍で命を失う危険性の方がはるかに懸念が少ないと語る。

■広告通りの収入が得られないケースも

だが、経済的利益を求め命をかけて戦地へ赴いた南アジアの人々に、厳しい現実が迫る。ソーシャルメディアで目にした広告では、月給4000ドル(約61万円)を謳うが、広告通りの待遇を受けている者がいるかは怪しい。ある匿名の兵士は、税金控除後の月給はわずか65ドル(約1万円)だと明かした。

フォーブス誌インド版がインドシンクタンクのCMIEのデータをまとめたところによると、インドの失業率は改善傾向にあるものの、昨年10~12月期には高い数字を記録していた。20~24歳の若者の失業率は44.49%と、半数近くに達している。

インド・マドラス開発研究所のA・カライヤラサン助教授(経済学)は、英インディペンデント紙の取材に「紛争地帯に必死に行く人々は、単純により明るい未来を夢見て渡っているわけではなく、極端な絶望に突き動かされて赴いているのです」と語る。

■動画に映ったロシア軍の虚像に騙される

被害者たちの一部は、地元の職業あっせん業者を通じてロシア行きの運命をたどった。ほか、多くの人々がYouTube動画やソーシャルメディア上の広告を視聴して興味を惹かれ、エージェントに接触している。

インド人男性が運営するYouTubeチャンネル「BabaVlogs」(チャンネル登録者約30万人)は動画を通じ、ドバイでのウェイターに加え、ロシアで“食品配達”を行う「軍事ヘルパー」を募集していた。ボイス・オブ・アメリカがこうした動画の存在を指摘していた。チャンネル主催者は動画に虚偽の内容はないと説明していたが、チャンネルは現在、すべての動画を削除している。

TikTokの動画を見る限り、ロシアでの兵士生活は悪くない。動画では、楽しそうに訓練を積む新兵たちの生活が描かれている。だが、ロシアの戦地へと連れ去られた前掲の35歳ネパール人男性は、スカイニュースに対し、「私なら行かないように言うでしょうね」と語る。

「TikTokでは、派手な軍服を着て、派手な銃を持った兵士たちを見ることができます。でも、現実はそんなものとはまるで違うのです」

■ついにインド政府も動き始めた

ロシアは国内でも兵士募集に必死だ。ニューヨーク・タイムズ紙は昨年夏、ロシア国防省が2023年春から広告キャンペーンを展開していると報道。戦地に赴くことの「男らしさ」と、月20万4000ルーブル(約33万5000円)の高給で誘い込んでいるという。

事態はインド政府も認識するところとなった。AP通信は今年3月、「自国民の一部がロシア軍に騙されて働いているとインドが発表」と報じた。インド中央捜査局は、少なくとも35人のインド人が、人身売買ネットワーク経由でロシアに送られたと発表している。

当局はネットワークを壊滅したと発表しているが、動画広告と現地のエージェントさえあれば、兵士採用はいつでも再開できる。ウクライナ戦争が続く限り、ロシアは新たなエージェントを雇う可能性があるだろう。

■兵士確保のためならロシアは手段を選ばない

ウクライナへと領土を広げたいロシアは、なりふり構わない行動に出ている。30万人を超えるともいわれる自軍の死者数を補うため、これまでは国内の徴兵や兵士採用の強化を行ってきた。ついにその手は、南アジアへと伸びることになった。現在はインドやネパールなどを中心に誘い込んでいるようだが、同じアジアに位置する日本として、不快な印象は拭えない。

日本の給与所得者の平均年収は、国税庁によると458万円(令和4年)となっており、まだまだ南アジアの国々より高い水準にある。だが、円安が進行し非正規雇用も広がるいま、ロシアでの“食料配達”の仕事に魅力を感じる日本の若者が出ないとも限らない。ソーシャルメディアの動画は、好むと好まざるにかかわらず、国境を越えて伝播する。考えたくもないが、他人事と言い切れない現実がそこにはある。

ロシアによるウクライナ侵攻は、物流の混乱や物価高をはじめとし、数え切れない混乱を世界にもたらした。人命という最も尊い存在を他国民から奪うことのないよう、欺瞞に満ちた戦地への誘導行為を許してはならない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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2024年4月2日、モスクワで開かれたロシア内務省理事会の年次拡大会議に参加するウラジーミル・プーチン大統領(この画像はロシアの国営通信社スプートニクが配信したものである)。 - 写真=AFP/時事通信フォト