オランダのアムステルダム大学に所属する研究者らが発表した論文「Billiards with Spatial Memory」は、空間記憶を持つ粒子が同じ経路を2度と通らないよう跳ね返り続けると、多角形のテーブル上で複雑なパターンが生成されることが数学モデルにより明らかになった研究報告である。

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 ミツバチやアリなどの多数の生物は、餌を探す際に物理的空間の情報を記憶・マッピングする能力があり、同じ場所を通ることを避けている。また、粘菌は餌を探している間に移動した場所に粘液をマーキングすることで空間記憶を形成し、その粘液を手掛かりに、すでに探索した領域を避ける。このような行動は生物学では珍しくないが、研究チームはこれを数学問題としてモデル化したところ、予想外の複雑性とカオスが明らかになった。

 研究者らは、数学的なビリヤードの枠組みを用いた。そこでは、粒子(ビリヤードの玉)が多角形のテーブル(ビリヤード台)の端を摩擦なしで跳ね返る。さらに、粒子に「空間記憶」を与えた。つまり、一度通った地点に再び到達すると、そこに壁があるかのように反射する。

 研究チームは、粒子が時間とともにたどる経路を調べるため、粒子の運動を記述する方程式を導出し、三角形や六角形など、さまざまな多角形の中でコンピュータを用いて1億回以上のシミュレーションを行った。

 その結果、美しく複雑な模様が生成されたのだ。玉の初期位置や進む向きをほんの少し変えるだけで、できる模様が複雑性を維持したまま大きく変化する結果を示した。つまり、大量の美しく複雑な模様を生成したわけだ。

 さらに各多角形の中で、過去の軌道を「記憶」しているため、長時間跳ね回った後に粒子が閉じ込められる可能性が高い領域を特定したが、その領域を拡大してみると、さらに多くの運動パターンが明らかになった。

 Thijs Albers, Stijn Delnoij, Nico Schramma, and Maziyar Jalaal Phys. Rev. Lett. 132, 157101 - Published 11 April 2024

 ※2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2

美しく複雑な模様を形成