日本の工場で「悲劇」が続いている。

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 2月13日群馬県太田市にあるスバルの群馬製作所矢島工場で、崩れた金型に挟まれて作業者が死亡する事故が発生した。翌14日には、岡山県笠岡市にあるJFEケミカル西日本製造所笠岡工場で、水や薬品をためておく深さ2メートルのピットに作業員が転落して亡くなった。

 それからほどなくして24日、今度は日本の「安くてうまい食」を支える企業で悲劇が起きる。千葉市美浜区にある山崎製パン千葉工場で、60代のパート勤務女性がベルトコンベヤーと搬出装置の間に落ちた加工品を取ろうとしたところ、腕や上半身を装置に巻き込まれ亡くなってしまった。この事故で過去(2020年、2015年、2012年)の死亡事故も蒸し返されて「ブラックな企業体質のせいでは」という声も上がっている。

 3月26日には、建設機材の部品などを製造するカネソウの三重県朝日町の工場で、作業員の男性が自動造型機のプレス部分に頭を挟まれて死亡。4月10日には、アルミ製造大手UACJの深谷製造所敷地内で、50代の男性作業員がやはり機械に挟まれて搬送先の病院で亡くなっている。

 そして、4月20日にはショッキングな死亡事故が発生する。茨城県取手市キリンビール工場でタンクのつまりを解消するために作業をしていた清掃員の男性が、コーンスターチの中で倒れているのが見つかり病院に搬送されたが、そのまま死亡が確認されたのだ。ちなみに、この工場では2023年10月にも倉庫の屋根で清掃作業をしていた男性が転落して亡くなっている。

 これらは「氷山の一角」にすぎない。直近2カ月の名の知れている企業の死亡事故をピックアップしただけで、その時は一命を取り留めたがしばらくして亡くなったケースや、個人経営の小さな工場にまで対象を広げれば、数はもっと膨れ上がる。

 なぜ今、「工場死」が相次いでいるのか。

●近年「労災死亡者」は減少傾向だったが……

 そもそも、製造業の「労災死亡者」は近年減少傾向だった。というよりも、「激減」をしていなければおかしかったのである。日本の製造業就労人口は2002年に1202万人だったが、2022年は1044万人まで減少した。つまり、この20年間で日本は、福岡市の人口158万人と同じ「工場労働者」が消滅しているのだ。

 労働者の総数が激減しているのだから、「蟹工船」のような劣悪な工場でない限り労災事故も当然、激減していく。実際、厚生労働省が2022年に発表した労働災害発生状況によれば、製造業での労災死亡者数は140人。2017年に比べて20人減少している。

 しかし、労働者の数は激減しているにもかかららず、どういうわけかじわじわと増えている労災がある。それは「休業4日以上の死傷者数」だ。2022年は2万6694人で、2021年と比較して270人も増加。これはコロナ禍の反動など理屈をつけることもできるが、2017年と比べても20人増えているのだ。

 つまり、人口減少で急速に縮んでゆく日本の工場の中でどういうわけか、4日以上も休まなくてはいけないほどの重い労働災害に遭っている労働者は減るどころか、じわじわと増えているのだ。

 では、なぜこんな「異常」なことが起きるのか。その謎の鍵を握るのが、冒頭で紹介した「工場死」だ。お亡くなりになった方たちの中に、何かしらの機械などに挟まれたり、巻き込まれたりというケースが多いことに気付くだろう。実は今、工場での「はさまれ・巻き込まれ災害」が増えているのだ。

●工場で労働災害が増えている3つの要因

 この深刻さがよく分かるのが、厚生労働省静岡労働局が注意喚起のために作成した「製造業のはさまれ・巻き込まれ災害のポイント」だ。

「製造業における労働災害は、全産業の3割程度を占め産業別では最多となっており、特に機械等へのはさまれ・巻き込まれによるものが多数発生しています」

 この資料では、2022年に発生した「はさまれ・巻き込まれ」の労災事故をグラフにしている。最も多いのは「食料品」(92件)で、次が「金属製品」(55件)。冒頭で触れたスバル山崎製パン、カネソウ、UACJの事故は一見するとバラバラで関連性がないと思うだろうが、実は本質的なところでは「はさまれ・巻き込まれ災害」という同じ問題が起きていたのだ。

 では、このような「はさまれ・巻き込まれ災害」も含めて、なぜ日本の工場で「休業4日以上の死傷者数」が増えているのか。いろいろな意見があるだろうが、筆者は主に以下3つの要因があると思っている。

 (1)「人手不足」による単独作業の増加

 (2)労働者高齢化による運動・認知機能低下

 (3)低賃金で使い捨てにされる非正規雇用の増加

 まず(1)に関しては、先ほども申し上げたように日本の工場労働者は大激震しており、製造業は深刻な人手不足に陥っている。しかし、その工場を運営している企業側の業績は右肩上がりだ。なぜこんなことが可能になっているのかというと、大型機械を導入して作業の効率化が進んでいるからだ。

 これは一見すると、何やら素晴らしい進歩のように感じる。ただ、どんなに素晴らしい工場機械をそろえてもメンテナンスをするのは人間だ。そこが足りなければ、「巨大な機械を1人で扱う」という状況が増えるということなので当然、「はさまれ・巻き込まれ災害」も増えていくというワケだ。

 また、このように「これまでチームでやっていたことを1人でやる」機会が増えるということは、何かのアクシデントが起きた時の発見や救助が遅れるということでもある。キリンピールの工場で作業中に行方不明になり、捜索をしたらコーンスターチの中に埋もれていたというのはその典型だろう。

労働者高齢化

 (2)の「労働者高齢化による運動・認知機能低下」に関しては、ベテランの作業員が陥りやすい罠(わな)だ。人は50代から急速に「判断力」や「遂行力」という認知機能が低下することが分かっている。つまり、アクシデントに直面した際、若い時ならば瞬時にできた判断が、加齢でワンテンポ遅れてしまうことがあるのだ。

 それに加えて、ベテランになればなるほど体は衰える。若い時に比べて筋力も反射神経も衰えているので、以前ならば手を伸ばして届いたものが届かない。若い時には気付いた異変に気付かない。

 今回、山崎製パン工場で機械に挟まれて亡くなったパート勤務女性も勤続10年のベテランながら、61歳ということで運動・認知機能の低下があった可能性も否めない。このように工場労働者が年を重ねていくほど労災リスクも急速に高まっていくことを示すデータもある。

 実は労災事故の4分の1は「転倒」だ。「墜落・転落」「腰痛」を含めると、なんと労災の半分近くになる。日本は世界ナンバーワンレベルのスピードで高齢化が進行しており、工場労働者高齢化している。それはつまり、運動機能や筋力の低下した工場労働者が多いことを示し、「転倒」「墜落・転倒」「腰痛」などの労災もこれからさらに増えていく可能性が高いということだ。

 そして最後の(3)「低賃金で使い捨てにされる非正規雇用の増加」というのは、山崎製パンなどの食品製造業が抱えている構造的な問題だ。

 最近また増えてきた「日本スゴい」をうたうバラエティー番組で、外国人観光客に「こんなにおいしいパンやおにぎりが安く買えるなんて日本のコンビニは世界一!」とかおだてさせているが、実はこれはコンビニが世界一なわけではない。

 最低賃金スレスレの安い時給でも文句を言わずにマジメに働く「世界一従順な低賃金工場労働者」のおかげだ。そして、その多くはパートやアルバイトという非正規雇用の人々である。

●突出して非正規労働者比率が高いのは

 実は製造業は、飲食店や宿泊業、小売業などと比べて非正規雇用の比率が低い。しかし、そんな製造業の中で突出して非正規労働者比率が高いのが食品製造業だ。

 農林水産省発行の『食品産業の働き方改革 早わかりハンドブック』によれば、全産業が31.1%のところ、製造業は12.6%。しかし、これは食品製造業になると非正規労働者比率は50%に跳ね上がる。

 それがよく分かるのが、山崎製パンだ。

 2023年12月期の有価証券報告書によれば、山崎製パン本体の従業員1万9446人の中で臨時従業員数(年間平均雇用人員)は6601人と3割ほど。それが連結会社になると、3万554人の中で臨時従業員(同上)は1万9144人と62%に及ぶ。

 あれほどおいしいパンが、びっくりするほどお求めやすい低価格で世に送り出せるのは、この会社を支える大量の非正規労働者の皆さんが「低賃金重労働」に耐えてくれているからなのだ。

 そして、このような非正規労働者の皆さんがノーと言えない「弱い立場」であることは言うまでもない。社員の管理者から「やれ」と言われたらそのノルマをなんとか達成しなくてはいけない。正社員と違って、業績が悪くなったり事業が縮小したりすればあっさりクビを切られる人々が、自分の身を守るには「何を言われても嫌な顔せず従う従順な作業員」を演じるしかないのだ。

 こんな不平等な労使関係では、災害が起きやすいことは言うまでもない。

●奴隷のような高齢者が増えてしまう可能性も

 今回、山崎製パン工場の死亡事故について『週刊新潮』が問い合わせをしたところ、窓口となった広報担当者が笑いながら応対したという。この人からすれば、60代のパート女性は「同じ会社で働く仲間」という感覚ではなかったのかもしれない。外国人労働者などと同じく、「安くてうまいパン」を製造するための「安価な労働力」としか見ていないので、女性の死もどこか遠い国の話のように思って、笑みがこぼれてしまうのだろう。

 もちろん、食品工場で働くアルバイトやパートの皆さんの中には、自分たちが企業側から「冷遇」されているという自覚がある。

 長時間労働のわりに時給が安いからだ。前出『食品産業の働き方改革 早分かりハンドブック』によれば、「食料品製造業の労働生産性は、全産業平均の約7割、製造業平均の約6割の水準で低迷している」という。

 生産性の低い仕事をやらされているので、パートやアルバイトの皆さんはモチベーションが上がらない。労働意欲が低下すれば当然、安全管理もおざなりになる。食品製造業が他の製造業と比べて突出して労災が多い背景には、この業界が抱える「低賃金・低生産性」も無関係ではないのだ。

 そして、個人的にはこの状況はさらに悪化していくと思っている。日本の食を支える非正規労働者が絶望するようなニュースが多いからだ。

 今、マスコミや経済アナリストは「春闘で賃上げの波が中小企業まできた! あと少しで賃上げの実感が来るぞ」なんてふれまわっているが、これは悪質なデマだ。

 日本国内の労働組合は2万ぽっちしかなく、350万社ある中小企業にはほとんど組合はない。連合が「中小企業の組合でも賃上げが!」と騒いでいるのは、わずか200ほどの組合の交渉結果をもとに言っている。

 つまり、「春闘で賃上げの波が中小企業まで」とか騒いでいる限り、日本全体の賃金はいつまでも上がらないし、ましてやパートやアルバイトの賃金など上がるわけがないのだ。

 こういう日本の厳しい現実の中で、食品工場で低賃金で働いている人たちはきっと「もうやってられねえよ」と絶望している。これも最近、労災事故が増えている要因の1つではないかと思っている。

●60代以降も働き続ける時代に

 これから日本は人口も激減してどんどん貧しくなる。ということは、年金で悠々自適なんてことができるわけでもなく、今回亡くなった女性のように60代や70代になっても、山崎製パンのような食品工場で働き続けなくてはいけない人がたくさんいるということだ。

 そこで、機械に巻き込まれたりして非業の死を遂げたところで、会社側はきっと「あーあ、非正規のじいさんが面倒なことをしてくれたな」くらいの感覚だろう。

 世界に誇る「安くてうまい日本の食」を製造するためには、「世界一安くてマジメな労働力」が必要だ。外国人労働者も最近は低賃金の日本を敬遠しているし、経済が低迷する国では外国人排斥運動が盛り上がるのが常だ。となると、労働力として期待できるのは、シニアしかいない。

 「人生100年時代」というスローガンのもと、80歳や90歳のパートやアルバイト勤務の人々が、命を削りながらパンや弁当を製造する。そして、それを買い漁る外国人観光客たちが「こんな安くてうまいものがつくれる日本スゴい!」と称賛している。

 そんな未来がもうそこまでやってきていることを、「工場死」の増加はわれわれに告げているのではないか。

(窪田順生)

日本の工場で「悲劇」が続く、理由は?