昔は、焼肉と同様にしゃぶしゃぶも高級料理的な存在で、家庭で食べる機会は、ほぼなかったと思う。1991年の牛肉の自由化で安価で日本人の嗜好にあった米国産牛が大量に入ってきたことで、それらを扱う外食産業は大きく発展した。そして、以前は高級料理で食べる機会がなかったしゃぶしゃぶが、一般大衆でも食べれるようになったのである。

◆牛肉の輸入自由化で人気爆発

 筆者が属した焼肉チェーンも、それまでは中間所得層をターゲットのニーズに合致した店づくりをしていたが、1995年に将来を見据え、若年層を顧客予備軍として開拓するために、しゃぶしゃぶ食べ放題を1980円で始めたのである

 人気の情報誌『関西ウォーカー』にも取り上げられ、店は若者を中心に殺到し、長蛇の列だった。ラーメン店などファストフード店と違って、しゃぶしゃぶ食べ放題は2時間の食べ放題だから、2時間も客が席に滞留するのに、それでもお客さんが諦めて帰ることがなく、ずっと待つなど異常な状態だった。

 老舗焼肉店のブランドを持つ店が、低価格なしゃぶしゃぶ食べ放題を導入したことで、お客さんが「食べなきゃ損」と強い執念を持たれたのであろうが、店内外がパニック状態になり、大変な思いをしたことを記憶している

◆45%程度の原価率で利益は…

 筆者の店で提供したその頃の内容は、牛肉が食べ放題だけで、野菜の盛合せは1回きりの提供という内容だった。

 だから、野菜などの追加は別料金だったが、それでもお客さんは満足そうであった。焼肉と違い、しゃぶしゃぶはお肉をお湯でくぐらせて脂を落とすから、たくさん食べられ、原価は焼肉食べ放題よりも10%程度高く、45%程度の原価率で諸経費も含めれば大した利益は出なかった

 ドリンクも注文されず、水だけでひたすら食べられると慈善事業で商売しているような感じもして、思い切ってワンドリンク制に制度変更したら客に舌打ちされるなど、嫌な思いをしたこともあった。

しゃぶしゃぶ人気で新規参入者が続々と!

 しゃぶしゃぶ食べ放題が出だした初期の頃の内容は、お肉の食べ放題のみだったが、新規に参入した競合他店は後から追随するために、先発者の提供内容に付加価値をつけて提供するのは当然で、何かしら先発者の内容に付加価値をつけて提供していた。いつの間にか、野菜の食べ放題、ライスやうどんも食べ放題、など食べ放題の種類を増やしたり、価格を下げたりと仕掛けてきたものだった。

 しゃぶしゃぶ食べ放題がテレビのグルメ情報で頻繁に紹介されて話題になり、先発者の動向を見て勝算が立ったのか、「牛角」を運営するレインズの「しゃぶしゃぶ温野菜」、ワンカルビが運営する「きんのぶた」、すかいらーくが運営する「しゃぶ葉」など後発者が販売を開始し、一気に市場が拡大した

 各店が価格・商品内容・サービス・販促などで明確な差別化を図ってきた。今は、サイドメニュー・麺飯類・デザートなども食べ放題にした店の出現で、より顧客サービスが拡充されている。市場が拡大傾向の中、最も驚異的な存在だった代表格が、和食レストランとして認知度が高かった「和食さと」である。

◆和食さとの食べ放題プランに驚き!

 和食さとは、サトフードサービスが運営するファミリーレストランチェーンである。和食をメインとしているファミレスチェーンとしては、197店舗(2024年2月)と日本一の店舗数を誇り、和食がメインだが、洋食のメニューも充実している

 だから、家族で行っても、それぞれが好きな料理を選ぶことができるなど、選択肢の多さも人気の秘訣のようだ。毎日各店舗で仕込んでいる出汁と旬の食材を売りとし、食べ放題のさとしゃぶや季節の和膳が主力商品でご高齢層に絶対的支持を受けている。本社のある関西地方の他、関東地方東海地方にも出店している。

 しゃぶしゃぶにも力を入れる和食さとは、人気の3種類の食べ放題「しゃぶしゃぶ食べ放題:さとしゃぶ」「すき焼き食べ放題:さとすき」「焼肉食べ放題:さと式焼肉」がある。同店がは2009年6月に始めたさとしゃぶはサイドメニューも食べ放題にして複数プランを提供し、2500円程度の安価で始めたから驚いた。

 ドリンクバーやビール、焼酎、ウイスキー、ワインなども一緒に飲み放題の「さとバル」も大半の店舗で導入している。自らが取りに行くのは大変だが、自分好みのドリンクに仕上げられるのは嬉しい。また一品メニュー、デザートメニューも充実しているほか、ソフトクリームもセルフでお代わり自由で、子供に人気だ。2022年9月からは新しい食べ放題メニュー「さと式焼肉」が全店で販売開始されており、いよいよ焼肉にまで加え、バリエーション豊かな食べ放題プランが店の特徴である。

◆原価と人件費はどの程度に抑えるべきか?

 和食さとには、何度も店舗調査に行ったり、家族でもよく行ったものである。人間の胃袋には限界があり、これだけバリエーション豊かなサイドメニューも食べ放題となると、いずれギブアップして肉の追加量が減り、原価高騰に歯止めがかけられる。

 飲食店では、60%以内に抑制することが重要になっているFLコスト(原価+人件費)がある。肉をスライサーで切り、重ねられる皿に何段も盛置きし、追加注文が入るとすぐに提供するなどなるべく効率化させたい。肉とサイドメニューを作るのは、調理スタッフの手間や負担が違うからだ。

 原価率をうまく低減させても、その分、人件費がかかっては利益が出ない。食材の共通化や半加工品をうまく活用し、メニュー数を増やして魅力度を向上させながら、原価と人件費を低下させているようだ。うまく人間の心理も使って、徐々に肉からサイドメニューに誘導するようにPOPを活用していたから、さすがである

 そもそもターゲット層の年齢が高めの顧客に対して、和食をメインとした多品種少量の定食や御膳を落ち着いた雰囲気で食べるといったコンセプトのお店が、なぜ若者やヤングファミリーが好みそうな、しゃぶしゃぶ食べ放題を始めたのか。その目的と狙いは、平日ディナー帯の活性化ではないだろうかと思う。

ターゲット層の年齢が高めの店がなぜ?

 外食市場が29兆円(1997年)をピークに拡大しても、どの店も平日のディナー帯の閑散状態の打破が課題だった。外食では、平日のランチ時間帯や土日に需要が一気集中するのはキャパの有効活用策からも改善が急務だった。

 焼肉チェーン店の中には、平日のディナー時間帯は全品半額という集客策を講じた店もあった。確かに土日の週末に客が集中するという曜日指数の偏在に、客の分散化対策をあれこれ講じたくなる心理は分からなくもないが、さすがにそれはやり過ぎとの声が出て、結局、その集客策はナシになった。

 親しかった和食さと本部の社員に聞くと、そういった事情もあって、平日のディナーはどうしても客席が埋まらず、店内に活気がなさ過ぎて、次のお客さんが入りにくいという雰囲気を打破したかったそうだ。そして、店内の賑わいを演出するために食べ放題メニューをスタートしたのであるとのこと

 お客さんが店に入りやすくする方法のひとつとして、店内にお客さんがいなければ入りにくいから、ある程度、店内にお客さんを埋めて賑やかさを演出しなければならない。店内がガラガラだったら、この店は美味しくないんじゃないかとお客さんは連想される。チェーンとしてのブランド力で安心感を与えることができても限度がある。

◆絶対にお得感がある和食メニュー

 極端に言えば、食べ放題メニューをロスリーダー(収益を度外視して極端な低価格で販売する目玉商品)として集客し、それ以外のメニューを召し上がるお客さんから利益を確保するということも可能である。和食独特のメニューで天婦羅ステーキ茶碗蒸し、にぎり寿司や天丼、お吸い物、うどんやそばなどのフルコースもあるからだ。この価格で食べ放題とは絶対にお得感があるが、お店側からすると有難いのではないだろうか。

 この食べ放題プランに少人数で食べにいくのもったいない。なぜなら、あまりにも食べ放題の対象メニューが多すぎるからである。家族連れでも食べ盛りの子供を連れて行ったり、宴会で行って、全てのメニューを少しずつ食べたくなるのが本音だ。

 もちろん、今回は食べられなかったメニューを次食べたいといった来店動機につながることは、店には嬉しいだろう。

◆最初は混乱した料理提供も落ち着き円滑に!

 最初の頃は追加料理が出てこず、クレームも頻繁に発生し、時間を延長させろという声も多かったようだが、この人気プランに注文も増え、ホール・キッチンともに熟練度合いが高まった。オペレーションの業務改善も進んで、スムーズに提供できるようになったようだ

 最近はメニューの幅がさらに広がり、定番になった焼肉の基本プランにフグやカツオなどを付加した季節折々の旬の料理も食べ放題にセットされており、顧客の来店頻度を高める動機付けになっている。

 社長は2代目だが、さらなる事業規模の拡大に向け、M&Aにも積極的な姿勢である。社長自らが現場に出向き、従業員とフレンドリーに接して現場を鼓舞することを欠かさないという。現場を大切にし、成長意欲が旺盛な企業であり、今後も期待したい。

<TEXT/中村清志>

【中村清志】
飲食店支援専門の中小企業診断士・行政書士。自らも調理師免許を有し、過去には飲食店を経営。現在は中村コンサルタント事務所代表として後継者問題など、事業承継対策にも力を入れている。X(旧ツイッター):@kaisyasindan

和食さとのしゃぶしゃぶ食べ放題