私たちの体は誤って水を気管に飲み込んでしまうと、反射的にゲホゲホッとむせ返るようになっています。

これは異物が呼吸に必要な肺に入るのを防ぐための「咳反射」という防衛反応です。

そんな中、米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)は新たな研究で、気管への誤飲に反応して「むせ返る」ために必要な細胞が存在したことを発見しました。

マウス実験によると、この細胞は「水」と「酸」に反応して咳反射を起こすスイッチをオンにしたとのこと。

これは液体の誤飲と胃酸の逆流をすばやく感知して、吐き出させるためにあると考えられます。

研究の詳細は2024年4月18日付で科学雑誌『Science』に掲載されました。

目次

  • 咳が起こる仕組みとは?
  • むせるスイッチ」をオンにする細胞を発見!

咳が起こる仕組みとは?

私たちが口にした食べ物や飲み物は普通、食道のルートを通って胃に送り込まれます。

しかし時々、気管から肺への呼吸ルートに誤って入り込むことがあります。

そんなとき、肺に異物が混入してはまずいので、体はゲホゲホッとむせることで異物を吐き出そうとします。

これが「咳反射」です。

咳反射は体の健康を守るために欠かせない防衛反応です。

例えば、何らかの液体が気管から誤って肺に侵入すると、液体に含まれていた細菌が原因となって肺炎を引き起こす危険性があります。

咳反射が起こる仕組みとは?
咳反射が起こる仕組みとは? / Credit: canva

これまでの研究で、咳反射が起こるメカニズムは大部分のことが明らかになっています。

まず、異物が気管に入り込むと、その刺激シグナルが粘膜表面の神経センサーから脳にある「咳中枢」へと伝わります。

そこから咳中枢が「咳をして吐き出せ!」という指令を呼吸筋に送り、咳反射が生じるのです。

(反射という言葉から脳が関与していない印象を持つ人がいるかもしれませんが、咳反射は昔は延髄の脳幹部反射のみと考えられていましたが、近年の研究では大脳皮質に制御されていることがわかっています)

これと同じ仕組みは気管への誤飲のほかに、気道に炎症が生じて風邪をひいたときや気道に溜まった痰を吐き出すときにも使われています。

また、咳中枢は大脳皮質によってコントロールされているので、異物が実際に混入しなくても、心因性ストレスが原因となって咳を発生させることがあります。

このように大方のメカニズムは解明されていますが、一方で、気道が侵入してきた異物をどうやって感知しているのかがよくわかっていませんでした。

そこで研究チームは、呼吸器系や消化器系に存在しているある細胞に注目しました。

「むせるスイッチ」をオンにする細胞を発見!

チームは今回、「神経内分泌細胞(Neuroendocrine cell:NEC)」という細胞に着目しました。

NECは声帯と気管、肺の上皮に存在していますが、これらがどんな刺激を感知しているのかはよく知られていません。

そこでチームは、マウスの口内〜喉にあたる「上気道」および気管〜肺にあたる「下気道」の各所からNECを抽出し、細胞の働きを詳しく調べてみました。

そして各々のNECサンプルにあらゆる刺激を与えてみた結果、喉および気管から抽出されたNECのみが「水」と「酸」に反応することが判明したのです。

さらにNECは水と酸の刺激反応によって活性化すると、アデノシン三リン酸(ATP)という化学物質の放出を開始しました。

これがきっかけとなって、脳の咳中枢に信号を送る神経が活性化し、咳反射の発生が促されていたのです。

緑:神経内分泌細胞(NEC)、ピンク:NECの反応により活性化したニューロン
緑:神経内分泌細胞(NEC)、ピンク:NECの反応により活性化したニューロン / Credit: Laura Seeholzer, Julius Lab/UCSD(2024)

実際に、シャーレ上で培養したマウス組織のNECは、水と酸にさらされることで咳反射の反応を開始していました。

また生きたマウスを用いた別の実験でも、声帯と気管にあるNECを活性化させるとマウスの咳が引き起こされていました。

反対に、遺伝子操作によって声帯と気管のNECを完全に欠如させたマウスを作成したところ、気道上の水や酸に反応しなくなり、咳も起こらなかったといいます。

つまり、私たちの気道上には「むせるスイッチ」をオンにするための細胞が存在していると考えられるのです。

今回見つかったNECは「水」と「酸」に特化して反応したため、気管への液体の誤飲と胃酸の逆流をすばやく感知して、咳反射を起こすための細胞と思われます。

緑:NEC、ピンク:NECの刺激反応で活性化したニューロン
緑:NEC、ピンク:NECの刺激反応で活性化したニューロン / Credit: Laura Seeholzer, Julius Lab/UCSD(2024)

これらの結果を受けて、研究主任の一人であるローラ・シーホルツァー(Laura Seeholzer)氏は「一部の人が水を肺に誤飲しやすいのは、気道上の神経内分泌細胞(NEC)に何らかの機能障害が起きているからかもしれない」と述べました。

例えば、加齢や喫煙習慣、あるいは喉の疾患によりNECの機能が低下することで、気管への誤飲が増えて肺炎を発症しやすくなることが予想されます。

そこでシーホルツァー氏は、NECターゲットにした新たな治療法を開発することで咳反射の正常化を促したり、他にも慢性的な咳や肺炎の予防にも役立つ可能性があると指摘します。

一方で、今回の知見はマウスのみを対象としたものであるため、チームは現在、同じ反応がヒトのNECでも見られるかを検証中とのこと。

それから加齢や喫煙によってNECの機能に変化が生じるかどうかも調べていく予定です。

私たちにとっては非常に身近で当たり前の「むせる」という反応ですが、意外なことに未だ完全に解明されておらず、まだまだ調べるべきポイントが残っているようです。

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参考文献

What Makes You Cough When Something Goes Down the Wrong Pipe?
https://www.ucsf.edu/news/2024/04/427431/what-makes-you-cough-when-something-goes-down-wrong-pipe

Scientists uncover the cells that save you when water goes down the wrong pipe
https://www.livescience.com/health/anatomy/scientists-uncover-the-cells-that-save-you-when-water-goes-down-the-wrong-pipe

These windpipe cells trigger coughs to keep water out of the lungs
https://www.sciencenews.org/article/trachea-cells-trigger-coughs-water-lungs

元論文

Sentinels of the airways
https://www.science.org/doi/10.1126/science.ado9995

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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