円安物価高という状況の中、コロナ禍が明けてからの受け入れ再開後は、出稼ぎ目的のワーキングホリデー(以下、ワーホリ)で海を渡る若者が急増。なかでも日本人に人気のオーストラリアの22-23年(6月期)のワーホリビザの発給数は1万4398件。これは15-16年の1万2304件を上回る過去最多となり、今年はこれをさらに更新する見通しだ。

 実際、アルバイトながら月収40万円以上稼ぐ日本人もゴロゴロおり、自炊中心の生活で出費を抑えれば1年で100万円以上の貯金が可能。そのため、せっかく就職した会社を辞める者も多いという。

◆入社9か月後の退社理由はまさかのワーホリ。これには周囲も絶句!

昨年4月に入社したS君もワーホリを理由に昨年末に退社。入社直後から『海外ならバイトでもこの会社の倍以上稼げるのに……』とグチをこぼしていたそうです。そういう報道もニュースで頻繁にされていたので感化されちゃったんでしょうね」

 そう話すのは、電子部品メーカーに勤める小山内克彦さん(仮名・37歳)。10月末の時点で退職願を提出され、上司が遺留に勤めるも撤回させることができず、受け入れざるを得なかったそうだ。

「当たり障りのない理由を挙げて取り繕うよりは潔いですが、入社からわずか9か月で退社ですからね。当然、社内では『社会を舐めてる』など憤る同僚もいましたが、本人はそんな反応にもどこ吹く風。そういう意味ではメンタルが強かったですね(笑)」

 新卒採用の社員にとって最初の賞与である冬のボーナスを貰ってから辞めるなど、思った以上にしたたかな印象を受けたとか。

「物覚えもよくコミュ力もあったから、エース候補として期待されていたんですけどね。ただ、私は留学やワーホリに興味があっても結局できなかったので素直に羨ましかった。ウチは最近でこそ給料が少しずつ上がってますが、それでも20代の手取り月収は30万円にも届きません。S君もそれを知ってたはずだし、だったら最初から就職するなよ、とは私も思いました。きっと私が彼の立場だったら悩んでも辞められなかったでしょうから」

◆ほかの若手社員も真似してワーホリ退社?

 なお、若い社員の間でもSさんのことをよく思っていなかった者はいたが、一方で彼の影響でワーホリに興味を持つ社員も。それが直接の理由かは定かではないが、今年1~3月に辞めた入社5年以内の若手社員も例年以上に多かったそうだ。

「しかも、S君の同期でも1名おり、これで昨春入社の新卒採用の3分の1が1年以内に離職したことになります。さすがにワーホリを退職理由に挙げた者はいなかったようですが、親しい同僚にそれを匂わす発言をした者が複数いたことはわかっています。ウチの会社は残業は以前と違って少ないですが賃金は平均レベル。ボーナスも多いわけじゃないですし、就職先として好条件ってわけでもない。人事部の同僚は『この春入社した新入社員も同じような理由で辞められたどうしよう……』って頭を抱えていましたよ。ただでさえ入社後に描いていた姿と違ったのか仕事へのモチベーションが下がる新人は多いですし、そんな連中にとってワーホリってすごく魅力的に映ると思うので」

◆事前にワーホリに行く意思があることを確認する術は…

 厚生労働省が23年に公表した『新規学卒就職者の離職状況(令和2年3月卒業者)』によると、入社1年目での大卒者の離職率は10.6%。小山内さんの会社の場合、23年春入社の6名のうち、問題のSさんを含む2名が辞めているので1年目離職率は33.3%と平均よりも大幅に高い。

「人事の同僚によれば、休職制度を改めてワーホリ目的でも認めるようにする案が会議で提案されたそうですが『完全にスルーされてた』と話していました。ウチの会社は上層部が保守的ですし、らしい判断といえばそれまですけどね。無論、1年目でワーホリを理由に辞めるのも大概ですけどね

 本人にとっては辞めた会社の人間にどう思われようが構わないのかもしれないが、長期間の勤務を想定して人材育成を行ってきた会社にとっては大きな痛手。それに入社1年未満の離職歴はその後の転職にとってもウィークポイントになり、企業の中にはワーホリ自体を好意的に思っていない採用担当者も少なくない。

 このまま海外との賃金格差が開き続けると、今回のようにワーホリを理由に会社を辞める若者はさらに増えるだろう。“常識知らずの失礼な社員”と断じるのではなく、企業側も人材流出を防ぐための対策を本気で講じる必要がありそうだ。

<TEXT/トシタカマサ>

【トシタカマサ】
ビジネスや旅行、サブカルなど幅広いジャンルを扱うフリーライター。リサーチャーとしても活動しており、大好物は一般男女のスカッと話やトンデモエピソード。4年前から東京と地方の二拠点生活を満喫中。

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