人が多い街の中や駅の構内などでわざと女性に身体をぶつける“ぶつかり男”がSNSを中心に議論を呼んでいる。迷惑極まりないその行動の背景には、フラストレーションの解消を意図していたり、被害妄想があるといわれている。

 専門図書館で司書の仕事をしている中島加奈子さん(仮名・27歳)は、直接ぶつかられたわけではない。ただ、利用客の迷惑な行動により、精神的に追い詰められた経験がある。あまりのストレスで円形脱毛症ができてしまったほどだという。

◆40代男性から暴言を吐かれてしまう

 きっかけは、ある常連の利用者に声をかけられたことだった。

「平日・休日問わず、よく利用されている40代ぐらいの男性の利用者さんから、本を探していると問い合わせを受けたんです。かなり専門的な内容だったんですがわかる範囲だったので、該当する図書を探しました。案内すると、その利用者さんも中身を確認したうえで借りて行ったんです」

 日常的な仕事の一コマだったが、これが常軌を逸した行動の引き金になってしまう………。

「数日後に、その利用者さんからカウンター越しに手招きされたんです。行ってみると、下から顔を覗き込むように睨まれて、小声で『おい。あの本、欲しい情報がなかったぞ。時間を無駄にしやがってどうしてくれるんだよ。役立たずが』と言われました。確かに利用者さんにも求めていた情報が書かれていることを確認したはずだったんですが……威圧的な言い方に気圧されて、ひたすらに謝ることしかできませんでした。その後も、10分以上にわたって小声で苦情を言われ続けました」

◆繰り返し呼びされるようになり…

 それからというもの、男は繰り返し中島さんを呼び出すようになった。

「それまであまり接触はなかったんですが、以降は頻繁に呼び出されるようになりました。専門的な単語をわからないでいると『はあ? 馬鹿かてめえは』と文句を言われたり、本を探すように言われて案内すると『違えよ。使えねえから辞めろ』となじられるようになりました」

 頻度は次第に増していったという。

「日々、ひどい言葉を浴びているうちに、ふとした時に動悸が激しくなるようになって。そして、業務中にうまく呼吸ができなくなってしまうようにもなったんです。それまでは自分の知識が至らないせいだと思い、周囲に話していなかったんですが、私の様子がおかしいことに気づいた上司にどうしたのか尋ねられて、全て話すことにしました」

◆出勤できない状態にまで追い込まれる

 それからは、男が中島さんを呼び出した時は、上司や同僚が対応してくれることに。

「他の職員には、普通に接するので、やはり私を標的にしていたようでした。それでも、これで問題は回避できると思ったんですが……。今度は、私が返却された本を棚に戻しに行くときに、話しかけてくるようになりました。『他の業務中なのですみません』と答えると、耳元で『殺すぞ』と脅される始末で」

 中島さんは恐怖とストレスで円形脱毛症になり、しばらくの間、出勤できなくなってしまう。

「出勤できずに家に閉じこもっている間、仕事は辞めようと思っていました……。ですが、その間に上司が動いてくれて、例の利用者さんを出禁にするよう館長に掛け合ってくれたんです

◆暴言を吐く様子を録画され、あえなく出禁に

 だが、男は図書館に本の寄贈などを行っており、館長には紳士的に振る舞っていたこともあり、訴えは受け入れてもらえなかった。

「証拠がなかった点も訴えが通らなかった理由でした。その状況を受けて、今度は同僚たちも一致団結してくれて動いてくれたんです。私が復帰するタイミングに合わせて、ビデオカメラを用意してくれて、私がひどい言葉を浴びている証拠を押さえてくれました。その証拠を提出したところ、館長もその利用者さんを出禁にすることに承諾してくれました」

 そんな動きがあったことは露知らず、訪問してきた男だったが……。

入口の前に待機していた上司に出禁であることを言い渡されて、ひどく動揺していました。上司に食ってかかっていましたが、断固として館内への立ち入りは阻止してくれました。どうも自身の活動をする上で、図書館の訪問は拠り所になっていたようなので、相当なショックを受けていたそうです」

 その後、男は変装して現れたり、親を伴ってやって来て、涙ながらに出禁の解除を訴えたそうだが、当然、聞き入れられるわけはなかった。しばらくすると、とうとう男は訪れなくなったという。

<TEXT/和泉太郎>

【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め

―[話の通じないおっさんの末路]―


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