「年間の医療費が10万円以上かかると控除が受けられる」……よく知られていることでしょう。しかし、セカンドライフも現役時代と同じ認識でいると知らないうちに損をしていることも。老後に現役時代と比較してコスト増となりやすい「医療費」において、あとで後悔しないためには、正しい知識が必要です。本記事ではYさんの事例とともに高齢者の医療費負担について、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が解説します。

老齢年金も課税の対象となる「医療費控除」

老齢年金は、65歳未満であれば108万円以上、65歳以上では158万円以上を受け取っている場合は課税の対象となります。年金が課税対象となった場合、年間の医療費が一定金額を超えると、所得税や住民税を軽減できる「医療費控除」が利用できます。

医療費控除は、かかった医療費に対して税金を少なくできるというものです。つまり、支払った医療費に応じて所得控除が受けられる制度です。

年金を受け取っている人の場合、年金から所得税等が控除されて振り込まれています。医療費控除を受けると、この控除されていた所得税分が還付され、さらに翌年の住民税の軽減につながります。なお、医療費控除を受けるためには必ず確定申告が必要です。

医療費控除は、その年の1月1日から12月31日までのあいだに支払った医療費が一定額を超えている場合に、その医療費をもとに計算される金額の所得控除が受けられます。

医療費控除の計算方法は、医療費が10万円を超えている場合に、その超過分の金額が控除対象となります。ただし、医療費控除には上限があり、控除できる医療費は年間200万円までという上限が設けられています。

「医療費年9万円」の70歳元サラリーマン

元会社員のYさんは、毎年の医療費の自己負担額が10万円を超えていなかったため、確定申告をしていませんでした。日々の生活は、年金は月に18万円受け取っていますが、それだけでは不足することもあり、少しずつ貯蓄を切り崩していました。医療費は年間9万円ほどです。

「医療費控除が受けられないなら、医療費をおさえるように頑張っているのは無駄なのかな」

「それでもこれからもっと医療費がかかるかもしれない。生活を切り詰めないと……」

そんなある日、駅で偶然会った友人と立ち話した際、医療費の話をしたところ、意外なことを耳にしました。

「医療費控除額の計算は、10万円というしばりだけではないようだよ。一度誰かに相談してみたら?」

帰宅後、スマホで検索してみると友人のいうとおり、10万円を超えない場合でも対象になることもあるといった情報もあり、後日、FPに相談してみることに。

ポイントは「年間所得200万円」

FPからの説明は以下のとおりでした。

年間の所得が200万円「以上」か「未満」かによって異なり、年間所得が200万円以上の場合は支払った医療費の総額が10万円以上となった場合、10万円よりかかった分が控除対象。ただし、年間所得が200万円未満の場合は、所得金額の5%以上となった場合、医療費が控除の対象となります。

具体的な医療費控除(上限は200万円)の計算式はこちらです。

1.年間所得200万円以上

医療費控除額=(実際に支払った医療費の合計額 − 保険金などで補てんされる金額)−10万円

2.年間所得200万円未満

医療費控除額=(実際に支払った医療費の合計額 − 保険金などで補てんされる金額)−(所得金額×5%)

注:保険金などで補てんされる金額とは、その給付の目的となった医療費の金額を限度として差し引きますので、引ききれない金額が生じた場合であっても他の医療費からは差し引きません(国税局:医療費控除の対象となる金額より)。

Yさんの医療費は「所得金額×5%」を超えていれば、その超過分の金額を控除できます。Yさんの年金額は210万円ですね。「(210万円-110万円)×5%=5万円」を超える医療費は控除の対象になるということになります。年間の医療費が9万円であっても医療費控除を受けられる可能性があります。

今まで年間9万円負担していた医療費は、確定申告することで医療費控除と住民税の軽減が受けられる可能性があるのです。

医療費控除は世帯全員分の医療費が対象

実はYさんは妻に先立たれたあと、おひとりさまで生活していました。ですがYさんには別居している子どもが1人います。優しい子でなにかと援助をしてくれますが、孫の教育費がかかるのに申し訳ない。自分はなにもしてあげられないのに。そんな風に思っていました。

医療費控除の対象となる医療費は、納税する本人だけでなく、同居別居問わず、生計を同じくしている配偶者や親族が支払った医療費も対象となり、世帯全員分を合計できます。

世帯主でなくても利用できるため、世帯の中でもっとも所得税率が高い人が、全員分の医療費を合計して医療費控除を申告すれば多くの還付金を受け取ることができます。

Yさんが子どもと、生計を同じくするには、必ずしも同居していることが条件ではなく、子どもから生活費や医療費の援助を受けているなどの場合によることをいいます。お互い世帯でかかった医療費は日ごろからまとめておくといいでしょう。

Yさんの医療費が子どもの税負担を軽減できる可能性もあるのです。もっと早く知っていれば、Yさんの最も気がかりである子どもの役に立てていたため、非常にもったいないですね。

なんてもったいないことを…

妻が亡くなってから一人寂しく引きこもりがちだったYさん。今まで、医療費は年10万円超えたら確定申告と思い込んでいました。

Yさんのようにひとつの情報のみでは不足することもあります。おひとりさまになってから、一人で過ごすことが多かったYさんでしたが、子どもに連絡をとります。引きこもっていては情報に疎くなるので、ボランティアでもやりながら、人とのつながりを持ちたいと思いますと、少し微笑みながら話してくれました。

今回のYさんは、生計を同じくしている子どもと医療費を合計して医療費控除を申告したほうがメリットが大きいケースでした。このように、自身の年金に所得税がかかっていない、もしくはそもそも税額が少ないとメリットをあまり享受できないというケースもあります。個々のケースによりどちらが得かは変わるため、一度専門家へ相談してみることをお勧めします。

参考 国税庁:No.1120 医療費を支払ったとき(医療費控除) 国税庁ホームページ「No.1122 医療費控除の対象となる医療費」 国税庁「同居していない母親の医療費を子供が負担した場合」

三藤 桂子 社会保険労務士法人エニシアFP 代表

(※写真はイメージです/PIXTA)