「入社前に聞いていた話と全然違う 」――。そんな理由で、入社早々に会社を辞める新入社員が話題を集めています。

【画像】五月病、働かない働き方、新型うつ……「リアリティショック」の実態とは(イメージ)

 近年、自分の代わりに会社に「辞めます!」と伝える「退職代行サービス」の利用が流行していると、情報番組で取り上げられていました。

 採用した側からすれば「辞めるってことくらい、直接言ってくれよ」が本音でしょうけれど、運転代行、引越し代行、家事代行、配送代行、保証人代行、リストラ代行など……ありとあらゆる代行サービスが存在するご時世です。「辞めると言いづらい」「うまく辞められなかったら困る」という気持ちから「だったら代行さんで!」という若者が増えるのも自然のなりゆきなのかもしれません。

 一方で、いつの時代も新入社員は「こんなはずじゃなかった!」「こんなの聞いてないよ!」と入社早々衝撃を受けてきました。これは「リアリティショック」と呼ばれる現象で、「組織に実際に所属する前の自分の期待」と「現実に経験したことのギャップ」から生じています。

●五月病、働かない働き方、新型うつ……「リアリティショック」の実態とは

 例えば、転職が一般的ではなかった昭和や平成初期の新入社員は、リアリティショックから五月病と呼ばれるストレス症状に悩まされました。

 “就活”という言葉が市民権を得た2010年前後半からは、わずか3カ月で辞める若者が目立つようになり、やがて「働かない働き方」をする新入社員も出てきました。何度注意しても遅刻する、提出書類を出さない、やるべき仕事を平気で放棄する、といった具合です。中には「母親から電話がきて『しばらく休ませます』と言われた」と嘆く上司もいました。

 これらの事例は私が2011~15年の毎年6月に大企業の人事担当者を対象に実施したフォーカスインタビューで耳にした「うちの会社の困った新入社員」の実態です。

 そんな(上司たちから見れば)“期待はずれ”の新人たちの多くは実家から通っていて、連絡を取ろうとすると母親が出る。そんな状況を、人事担当者たちは「働かない働き方」と表現したのです。

 さらに同時期に「新型うつ」なるものが登場します。知人の精神科医によると「会社に行きたくないと言って診察を受けに来る若い世代には、今までのうつ傾向には当てはまらない症状を呈する人が多くなった」とのこと。

 うつ傾向は一般的に、自責感や罪悪感が強く、何に対しても気力がわかず、興味や関心が低下するといった症状を呈するものです。ところが、思い通りにならないことを会社や上司のせいにする傾向が強く、仕事の時だけうつ傾向に陥るケースが散見されるようになったため、精神科医が便宜的に「新型うつ」あるいは「現代型うつ」と命名したのです。

 そして今、転職の切符が手に入りやすくなった上に、退職代行サービスという業種が誕生したことで、会社を辞めるハードルが下がり、辞めるまでの期間も短縮しました。心が悲鳴を上げる前に「ストレスを感じる場所から逃げる」対処が可能になったわけです。

●なぜ、新人たちは辞めてしまうのか? その原因

 会社からは「人手は足りない、内定を辞退する学生も多い、それで入社してすぐに辞める? もうどうにかしてくれ……」という悲鳴が聞こえてきますが、新人たちが受けるリアリティショックには会社に入る前の状況=キャリアレディネス(就職前準備)が強く影響しています。

 つまり、学生時代のキャリア教育が、大人たちの勝手な都合により間違った形で行われてしまっていることが大きな問題なのです。

 1991年の大学設置基準大綱で東京大学以外は教養部を廃止し、大学は社会のリソースから企業のニーズに応じる組織に変貌しました。拍車をかけたのがグローバル競争と少子化です。

 経営者たちは「即戦力になるグローバル人材を育ててよ」と口をそろえ、少子化で生き残りをかける大学側は「ガッテン承知だ」と「就職に強い大学」を目指します。キャリア教育という名のもと、やれ自己分析だ、それ他己分析だ、コミュニケーション能力だと「即戦力教育」に明け暮れ、「面接をゲットするためのエントリーシートの書き方」だの、「面接を突破するコミュニケーション力の高め方」だの、「採用担当者に好印象を持たれる言葉」だの、「役に立ちそう!」なメニューをそろえまくりました。

 本来、キャリア教育は「これをやれば役に立つ」というニーズに応える方法を教え込むことではなく、キャリアレディネスの向上を目的に行われる教育です。

・自分自身のキャリアに対する欲求と興味を開発し、発見する

・自分自身の能力と才能を開発し、発見する

・キャリア選択をできるだけ広くできるような学業成績を収める

・キャリアについて学ぶための、現実的役割モデルを見つける

 ――これらの課題に学生が主体的に取り組み、一つ一つ達成していくことでキャリアレディネスが高まり、会社組織への適応が促されます。

 それは大学任せにすることでてもなければ、大学が学業をおろそかにしてまで手を貸すことでもない。

 企業側のリクルーターが大学に出向き、「自分たちの思い、自分たちのやってきたこと、自分たちの会社のこと」を学生たちに伝え、「自分たちと同じ志を持って、歩いて行こうという意志がある学生」と出会うために汗をかくことです。

●働くための準備運動 どうしたら実現できる?

 実際に働いている人(=リクルーター)と対面することで、学生は「未来の仲間」とつながり、「未来の仕事」を立体的にイメージでき、「働く」という行為への準備運動ができます。 私が実施した調査では、キャリアレディネスができていた学生ほど、リアリティショックが少ない、あるいはほとんどなく、入社半年後のワークモチベーションが高くなっていました(「新卒社会人の入社後半年間のメンタルヘルスとその関連要因に関する追跡調査― 大学就職準備教育と新入社員への社内サポート体制への示唆」)。

 実際、新入社員の離職率が低い企業の多くは、自分たちから大学に出向き、自分たちの仕事を自分の言葉で伝えたり、長期のインターンシップを実施したりするなど、フェイスtoフェイスで学生と向き合う時間を大切にしています。

 そこにあるのは「自分たちの思い、自分たちのやってきたこと、自分たちの会社のことを学生たちに直接伝えたい」という強い気持ちと、「自分たちと同じ志を持って、いばらの道を歩いていこうという意志が、アナタにはありますか?」という学生への問いです。

 簡単にエントリーできる世の中だからこそ、あえて「自分たちが動こう!」、簡単に辞められる時代だからこそ、あえて「就活のハードルを上げよう!」、だって「働くってそんなに簡単なことじゃないから。働くって1人でやることじゃないから。入社する前から、きちんとしたつながりができれば心強い」。私たちは幸せになるために働くのだから、そのためにもきちんと汗をかこうよ――。

 そんなメッセージをリクルーターが届けてこそ、「思っていたのとはちょっと違うけど、もう一踏ん張りしよう」と新入社員が思うことができる。学生がしんどいときに、リクルーターの先輩社員の“顔”を思い浮かべられれば、簡単に「辞める!」と言う新入社員を減らすことができます。

 その“顔”になれるかどうかで、会社の未来が決まるといっても過言ではないかもしれません。企業は「今の若者は簡単に辞めちゃうからね~」と嘆く前に、その“顔”を目指してほしいです。会社の未来が決まるといっても過言ではないのですから。

●河合薫氏のプロフィール:

 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。

 研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。

2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。

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