2005年、ドルトムントは過剰な投資と経営戦略の失敗により経営破綻寸前まで追い込まれた。しかし、この危機が若手選手の育成を重視するクラブへ方針を転換するきっかけとなった。

 ハンスヨアヒム・ヴァツケCEOが旗振り役となった改革は、ユルゲン・クロップラース・リッケンの参画により加速する。2008年にトップチームの監督に就任したクロップは積極的に若手選手を抜てきして数々のタイトルをもたらし、時を同じくして入閣したリッケンはアカデミー改革を通して育成環境の充実を図った。2010-11シーズンに9シーズンぶり7度目のブンデスリーガを果たしたドルトムントで主力を担った選手の多くは23歳以下だった。ロベルト・レヴァンドフスキ香川真司イルカイ・ギュンドアン、マッツ・フンメルス、さらにアカデミー育ちのマリオ・ゲッツェマルセル・シュメルツァー、ヌリ・シャヒンといった選手たちはクラブの哲学を象徴する存在だ。

 ドルトムントの選手育成には大きく分けて2本の柱がある。レヴァンドフスキや香川のような有望な若手選手を世界中から幅広くスカウティングし、ワールドクラスへと羽ばたくチャンスを与えることが1本目。そして、ユースアカデミーから継続的に優秀なタレントを輩出することが2本目だ。そのためなら投資は惜しまない。

 ポーランドリーグの得点王でしかなかったレヴァンドフスキや、日本の2部リーグプレーしていた香川が、ドルトムントでの活躍を経た後にどんな選手になったかは今更言うまでもない。近年ではジュード・ベリンガムや、アーリング・ハーランドジェイドン・サンチョなどがドルトムントで飛躍のきっかけをつかみ、世界トップクラスの選手へと成長を遂げた。クリスティアン・プリシッチピエール・エメリク・オーバメヤン、ウスマン・デンベレなどもドルトムントからステップアップしていった選手と言える。若手を積極的に実戦で起用し、ブンデスリーガUEFAチャンピオンズリーグといったハイレベルな環境を経験させながら伸ばしていくという方針も有望なタレントを惹きつける魅力になっているはずだ。

 アカデミーからも数々のタレントが輩出されている。自身も17歳ブンデスリーガデビューを果たし、1997年にはドルトムントチャンピオンズリーグ優勝の立役者となったリッケンはクラブの育成方針について「ドルトムントアカデミーは大きな遊園地ではない。選手たちを甘やかすつもりはないが、週に70時間から80時間かけて彼らに寄り添っていく」とブンデスリーガ公式サイトのインタビューの中で語っている。ドルトムントではアカデミーのために2000万ユーロ(現在のレートで約34億円)を投資し、トップチームの練習場に隣接する形で最新の設備を備えたトレーニングセンターを建設。最新のスポーツ科学に基づいたサポートを受けられる施設で若い選手の成長をサポートしている。

サッカーは人生におけるサッカー以外の部分にもたくさんのものを与えてくれる。チームプレー、リスペクト、苦境から立ち上がる力などの重要な価値観を育み、世界について多くのことを学べる。我々の目標は、サッカー以外の分野でも人生における成功をつかめる若者を育成することだ」

 このリッケンの言葉を裏づける取り組みの一つが、「タレントコーチ」の採用だ。ドルトムントでは映像分析やそれに基づいたフィードバック、課題作成、日常生活の世話などを担う人材を配置し、U-17からトップチームの若手まで幅広く継続的なサポートを提供する。ベリンガムもタレントコーチの助けによって飛躍できた選手の1人だ。17歳バーミンガムからドルトムントに加入した若者を担当したのは、23-24シーズン終了とともにドルトムントを離れることが決まったオットー・アッドだった。現在レアル・マドリードでまばゆい輝きを放つイングランド代表MFは英紙『ガーディアン』のインタビューでタレントコーチの存在価値について次のように語っている。

ドルトムントの若い選手をトップチームへと組み込んでいく方法はネクストレベルにある。ヨーロッパに同様のことができるクラブは他にない。彼らは全選手のパフォーマンスに対してしっかりとフィードバックをくれる。それに各選手に必ず誰かがついていて、特に多くの若手選手と接していたオットー(・アッド)は素晴らしかった。全ての若手選手がトップチームでチャンスをつかめるようなサポートシステムが構築されているんだ」

 こうした手厚いサポートを各選手に提供するとともに、成長スピードに合わせた活躍の場も用意している。ドイツでは支出削減などの目的で廃止が相次いでいるセカンドチームを、ドルトムントではU-19とトップチームの間をつなぐ環境として重視。ドルトムントIIは現在3部リーグに参戦しており、ポストユース世代の選手たちがシニア選手たちも出場するリーグ戦でしのぎを削っている。遅れて花を咲かせる才能を見逃すことなく、ハイレベルな競争環境の中からトップチームに引き上げていくプロセスも整備している。

 現在、ブンデスリーガ1部の歴代年少デビュー記録トップ20にはドルトムントから最多6人がランクインしている。これは種まきから収穫までのサイクルが機能している証左であり、育成を重視するクラブの哲学を象徴するような成果が出ているのは間違いない。

 16歳11カ月1日でブンデスリーガデビューを飾ったシャヒンや、9歳からドルトムントに在籍してトップチームでも活躍したゲッツェに続く才能が次々に現れている。現在のトップチームでは16歳1日というブンデスリーガ最年少デビュー記録を持つユスファ・ムココ(彼もオットー・アッドのサポートを受けた選手の1人だ)が活躍中。3年前にヴォルフスブルクから加入し、セカンドチームで得点力を開花させた23歳のオーレ・ポールマンがトップチームデビューを果たすなど、ポストユース世代の育成でも成功例が出た。

 そして、アカデミーでは次なるシャヒンやムココになるべく才能ある若手がチャンスをうかがい牙を研ぐ。24-25シーズンからはレヴァンドフスキや香川、オーバメヤンらを見出した敏腕スカウトのスヴェン・ミスリンタートがテクニカルディレクターとしてドルトムントに帰還することも濃厚と報じられている。

 アカデミーでの種まきからトップチームでの収穫まで、ドルトムントには明確な哲学に基づいた選手育成システムが出来上がっている。次に世界を席巻するライジングスターは誰か。今夏7年ぶりに来日するチームから注目したい若手選手を探してみても面白いかもしれない。

文=舩木渉

セレッソ大阪 vs ドルトムント

■開催概要
正式名称:EUROJAPAN CUP 2024
対戦カード:セレッソ大阪 vs ドルトムント
試合会場:ヤンマースタジアム長居
開催日時:2024年7月24日(水)19:15試合開始/16:15開場予定

EUROJAPAN CUP 2024 特設ページ
サンチョ(左上)ベリンガム(中央上)ハーランド(右上)ギュンドアン(左下)香川(中央下)レヴァンドフスキ(右下)[写真]=Getty Images