ChatGPTをはじめとするAIの登場で、メディアではなくなる仕事・なくならない仕事といった特集が組まれた。だが昨今はこうした記事を見かけないのは、まだ具体的にAIの影響が観測できないからだろう。

【クリックで表示】ビデオ編集は突出して仕事が増えているジャンルだ。しかし単価はというと……(画像2枚)

 そんなAIの爆心地ともいえる米国で、フリーランス500万人に対して、生成AIの登場がフリーランスの労働市場にどのような影響を与えたかといった調査が発表された。リサーチしたのは、労働市場動向などの分析を得意とするBloomberryで、元データは世界最大級のアウトソーシングサイトUpworkが公開した求人データである。

 ChatGPTのリリース1カ月前の2022年11月と、普及した2024年2月を比較した調査となっている。詳細はオリジナルサイトを見ていただきたいが、パッと見て圧倒的に仕事量が減っているのが、「ライティング(文筆)」だ。それに「翻訳」や「カスタマーサービス」が続く。これは言語系の処理がまず大きな影響を受け、続いてカスタマーサービスの入り口がAIチャットに変わっていったという様相を表している。

 その反対に、「突出」といった格好で増えているのが、「ビデオ編集・制作」だ。39%という大幅な伸びを見せているが、分析でもなぜChatGPTの登場でビデオ編集・制作が伸びたのか、はっきりとした因果関係は示されていない。

 ビデオ編集とAIという事では、Adobe Premiere ProにAI機能が搭載され、動画の中のトークを文字起こししたり、文字を編集すれば映像も編集されるといった機能が登場した。これの影響かとも考えたが、文字起こし機能が搭載されたのは2021年である。さらに文字起こしベースで編集できるようになったのは2023年10月のことで、2022年12月からの需要増加とはタイミングが一致しない。

 そもそもこの機能はChatGPTによってもたらされたものではなく、AdobeのAI技術によるものだ。ChatGPTの実装については、4月のNAB 2024で発表されたばかりであり、この調査段階ではまだ発表されていない。

 もともと映像コンテンツの需要増は、2020年初頭の世界的パンデミック発生後、同年夏ぐらいには発生していた。これまで面会や訪問による営業活動ができなくなり、ライブストリーミングで営業を行うというスタイルに変わっていったからだ。

 そしてこうしたオンラインによるプレゼンやミーティングは長期化、あるいは定着すると分かってきた翌年2021年には、ライブではとてもやりきれない込みいった解説や、毎回使い回せる説明は、別途動画を作って共有するようになっていた。ライブではないビデオ編集・制作の需要も、すでに2021年頃には増加傾向にあった。

 ChatGPT公開後にビデオ編集・制作需要が伸びている部分は、AIによって省力化や業務拡大した部分の営業や広告宣伝のため、Webコンテンツの制作需要が増えたことに引っぱられた結果かもしれない。大抵新規のWebページには、プロモーションなどの動画コンテンツが埋め込まれている。

●買いたたかれる「ビデオ編集」スキル

 映像業界にとって、仕事が増えるのはいいことだといえる。ただしそれが、利益と比例しているならの話だ。

 先の調査で、各カテゴリーの時給単価を比較したグラフを見ると、賃金が低下したトップは「翻訳」だが、それに継いで低下しているのが、「ビデオ編集・制作」となっている。つまり仕事が増えたが単価は下がっているので、フリーランスのビデオ編集・制作者は、忙しくなったが収入は変わらず、といった状況になっている。つまり、買いたたかれているわけである。

 一方でグラフィックデザインやWebデザインは、仕事量も増え、時給単価も上昇している。つまり、価値が認められてきているのだ。この差は一体なんなのか。

 買いたたかれる理由はいくつか考えられる。1つは、需要に対して供給が多すぎることだ。日本でもここ2~3年で広告を見かけるようになってきているが、ビデオ編集ができます、Premiere Proが使えます的な人材を集めて仕事をあっせんする事業者が増えている。これは動画編集であっても、Webライター同様にアウトソーシング可能と考えられるようになったからだろう。

 従来フリーランスのビデオ編集者は、仕事のネットワークの中で、映像制作会社から直接発注を受けて仕事するのが普通であった。だが発注元が一般企業である場合、映像制作のネットワークの中に居ないので、あっせん会社に頼る事になる。

 あっせん会社は仕事単価の価格を提示し、その金額でやるという人が仕事を取っていくわけで、高い仕事から売れていくわけだが、必ずしも優秀な順にスロットが埋まっていくわけでもない。出遅れれば安い仕事しか残らないし、あっせん会社が中間マージンを取るので、編集者の手取額もそれだけ下がる。発注する側にとっては便利な仕組みだが、これは基本的に買い手市場の方法論である。

 もう1つの理由は、ビデオ編集の手腕が、デザイン的な評価に乗らないからだ。例えばグラフィックデザインやWebデザインといった行為は、専門職という意識が強い。クライアントは、デザインに対して好みや変えてほしいところは指示できるが、じゃああんた自分でやれば、といわれてできるものではない。それはAIが取って代われる可能性という話ではなく、最終的にそれを目にする人間のために、人間が責任を取らなければならないパートだからである。

 一方でビデオ編集は、20世紀まではまだ専門職という認識もあったが、映像がファイル化されてデータとなったあたりから、一種のデータ処理になってしまった。つまり、訓練すれば誰でもできる、ある種の「要約作業」という認識である。そうでなければ、自分の大事なコンテンツを、実力も分からない、ある意味誰でもいいフリーランスにアウトソースする流れなどあり得ないはずだ。

●「ビデオ編集」は大きく2つある

 先の調査の意味するところは、AIの登場により、うまいこと生き残れる職業と、生き残れない職業が本当に出てきたということだ。

 デザインは、良い/悪い、好き/嫌いが分かりやすいが、ビデオ編集はよい編集/悪い編集という評価の俎上(そじょう)にのぼりにくい。つまり今はまだできないだけで、将来的にはAIに取って代わられる可能性が高い事を示している。

 ビデオ編集というスキルは、今やWebライター並みにちょこっと有料セミナーとかに参加すれば、誰でも身につけられると思われているようだ。数日で、あるいは数時間であなたも副業ビデオ編集者みたいなスクールの広告を目にするたび、一体何をどう教えればそれほど短時間のうちに編集ができるようになるのか、40年前にテレビ番組の編集者として社会人人生をスタートしたオジサンは考え込んでしまう。

 そうした短期の学習でやれる仕事もそこそこあるのかもしれないが、もうかる話ではないだろう。映画のようにコンテンツそのもので客が呼べるものを作る人達の下には、セールスやコミュニケーションのために、作業としてビデオ編集を行うという裾野が広大に拡がるという図式である。

 こうした「要約作業」としてのビデオ編集であれば、専門職やフリーランスに依頼するというケースは縮小するだろう。会社としては、「そこにお金がかかるなら、もう自分でやれば?」 という話になるからだ。実際AIの助けがあれば、動画からスピーチやインタビューの内容をテキストに起こしてサマリー化し、それ通りに編集するところまで行けるようになっている。まだ一般の人が、そのやり方を知らないだけだ。

 一方でお金が取れる映像作品を作るという意味でのビデオ編集は、同じワードで表現していいのかというほどに、作業内容が違っている。そちらの名前を変えるか、あるいは作業としてのビデオ編集の方の名前を変えるかして、区別していく必要があるだろう。

 コミュニケーション手法としてのビデオ編集は、今後メールやテキストチャットでのマナーやリテラシーと同じ文脈で、教育の中に組み込んでいく必要がある。それが社会の要請である以上、教育機関としては避けて通れない。大学でもレポートの動画提出というのは、今後コミュニケーション系の学部・学科では起こりうる変化だろう。WordやPowerPointと同じ土俵で、Premiere Proが語られる日もそう遠くない。

 さすがに資格のようなものまではいらないと個人的には思っているが、もうすでに動画編集に関しての検定や資格試験は複数あるようだ。社会側がスキル判定として必要とするなら、こうした資格も質を変えて、就職時に注目される時が来るかもしれない。