弊誌で4月23日に報じられた「海外ブランドクレカの成人コンテンツ決済停止、長期化の様相 サービス継続を断念するケースも」などにみられるように、ここ最近になり海外のクレジットカードブランドによる成人向けコンテンツへの締め付け強化が目立つようになり、大きな話題になっている。

【クリックで表示】アダルトコンテンツを一律禁止しているPayPal

 例えば2024年3月末から4月上旬だけでも下記のような話題が出ており、その前後やニュースで報じられなかったものまでを含めれば、水面下でかなりの動きがあるとみている。

- 突如「ひよこババア」トレンド入り──クレカブランドの要請で「DLsite」が案内した表現変更が話題に

- DLsiteAmerican Expressも取り扱い一時停止 利用できるクレカはJCBのみに

- Visa/Masterカードの決済停止、成人アニメ老舗ブランドの公式サイトも

 筆者は主にクレジットカードを含む金融関係やECなどの小売サービスを普段執筆のフィールドとしているが、その視点も含め、過去数年間で見てきた周辺の事情をまとめつつ、今後を考察したい。

●表に出ないだけで、水面下ではより厳しい規制の動き

 編集部側からの執筆リクエストにもあったが、「前から締め付けの流れはあったが、ここ最近になってアダルトの締付けがさらに強くなってきたのはなぜか?」という疑問を抱いている方が多くいるかと思うので、まずこの点に触れておきたい。

 誤解がないように言えば、締め付けが厳しくなったのは「ここ最近」の話ではなく、少なくとも6~7年前、おそらくはそれより前から動きとしては続いており、事象が表面化して報道が相次いだのがここ2~3年の出来事というのが事実だ。つまり、水面下での動きは長年にわたって続いており、その結果が「ここ最近」になって出てきたにすぎない。

 「ここ最近」の動きについて、表面化した部分をざっくりまとめた記事が文春オンラインで山本一郎氏にまとめられていたのでざっと紹介するが、ポイントとしては2点あり、22年7月に米カリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所によって出された児童ポルノ判決によって「Pornhub」を運営していたMindGeekのみならず、決済プラットフォームを提供していたVisaが訴訟に巻き込まれたこと、そしてプラットフォーム運営側ではコンテンツを制御しきれない「UGC(User Generated Content)」の分野で自粛やカードブランドによる取引停止が相次いだことが挙げられる。

 前者について、自身の知見に基づいて兼光ダニエル真氏がX(旧Twitter)上でコメントしているが、米国側の動きはともかく、少なくとも“日本”に対する規制としては22年より前から同じような形でコンテンツ配信業者、主に出版社を対象にした規制を伴うカードブランドによる圧力が続いており、22年の判決がそれを助した可能性はあるものの、動きとしてはそれ以前と現在で違いがないというのが筆者の見解だ。

 後述するが、この判決が出る1年半前のタイミングですでに現在問題になっているのと同じような規制キーワードを含むリストが出回っており、カードブランドによる出版社への圧力そのものは同様に何年にもわたって続いている。

 現在、このタイミングで一気に問題が浮上し、多くのメディアなどに取り上げられるようになった理由は、この手の交渉が秘密裏に行われている性質上不明だが、継続して行われていたアダルトコンテンツを持つ各社への交渉のタイミングが一致し、たまたま同じタイミングで出てきたのだと推測している。そのため、カリフォルニア州連邦地裁の判決による影響は「可能性として考えられる」レベルのものだと加えておく。

●前から存在していた「規制リスト」

 「ひよこババア」で話題となったDLsiteによる規制リストの提示だが、実はこの手のリストは筆者も21年初頭の段階で確認している。情報の出所は明かせないが、アダルトのみならず、さまざまな(電子を含む)出版コンテンツを扱う出版社らに対し、“シンガポール”を拠点とする国際カードブランドから一方的に特定の語句を含むリストが送りつけられ、「当該の語句を含むコンテンツを一律削除し、従えない場合はブランドの取り扱い契約を解除する」と通告が行われている。

 「アダルトなら別にいいんじゃないか」と思われる層もいるかもしれないが、送付の対象となったのはアダルト専業や同人コンテンツを扱う事業者のみならず、日本の大手出版社らも含まれており、しかも規制リストには「殺人」など推理小説が全滅する勢いのキーワードまで含まれている状態で、出版社側としても寝耳に水の話で到底看過できる通達ではなかった。筆者が当該のリストを確認したのは、対応に困り果てた出版社が持ち寄ったもので、2021年より前、おそらくはその数年前から業界内で共通の問題として認識されていたものだと考えている。

 加えて厄介なのは、前述の“通告”手段だ。PayPalのように規約でアダルト一律禁止をうたう業者はまだいいが、国際カードブランドなどは“犯罪”での利用について禁止する一方で、アダルト関連の規制について明確にしていない。実際、国内外含めて風俗関連店舗やサービスでMastercardやVisaが使えたりするのが一例だ(アクワイアラによっては取り扱いを拒否しているが、ブランド単位ではない)。

 そのため、“通告”は各社に対して(口外しないことを条件に)個別に行われることになる。しかも、この“通告”は国際カードブランドの“日本”の拠点を通じてではなく、アジア太平洋地域の本社である“シンガポール”から直接行われている。確認したところ、“シンガポール”本社として全体で動いているわけではなく、同本社内の特定の部署が個別に交渉を行っているようだ。そのため、通常の窓口で日本やシンガポールの拠点に問い合わせても、どの会社に対して、どのような規制の“通告”が行われているのか、同社内の人間ですら把握しておらず、報道が行われて初めて事情を把握したという状況が生まれる。

 もう1つが「規制のキーワードリスト」の存在だ。前述のように筆者は当該のリストを直に確認したが、DLsiteで話題になった言い換えのみならず、「よくもまぁ、これだけのマニアックな単語を並べたものだ」と感心したほどだ。DLsiteで示されたキーワードはごく一部にすぎず、実際のリストに並べられたキーワードはその倍では済まない数が存在している。おそらくは、交渉の過程で規制となるキーワードの数を絞りつつ、頻出するキーワードについては言い換えで対応しようと判断したものの、結果として交渉が決裂したというのが一連の流れだと考える。

 なぜキーワードが規制対象となるのかといえば、「個別にコンテンツを指定していたら数が多すぎるので、対象とするコンテンツを一網打尽にできるキーワードをひたすら並べた」のが真実だと考えられる(前述の推理小説でも使われそうな一般的な語句が含まれているのが物語っている)。キーワード一覧のチョイスを見る限り、この分野にある程度精通した日本人が関与しているのは確実で、規制を推進する主体こそ不明なものの、その主体が想定するコンテンツを根こそぎ排除しようという意図は感じられる。

アダルトとクレカを分離する動きは20年前から

 前半部分で触れたように、近年の規制はインターネット上で利用可能なECサイトやコンテンツ配信サイトがその主な対象となっている。インターネット経由であれば距離や国境を越えての取引が可能で、支払い手段としてのクレジットカードやデビットカードがそれを容易にするというわけだ。

 「児童失踪・児童虐待国際センター(ICMEC:International Centre for Missing & Exploited Children)」の報告にもあるが、同センターは姉妹機関との連携で06年にFCACSE(Financial Coalition Against Child Sexual Exploitation)を設立しており、当該のコンテンツを販売するサイトとクレジットカード取引を引き離し、サイト側がより複雑な決済手段を模索することで、潜在的な購入者にその行為を思いとどまらせようという流れを進めている。

 過去20年間にわたってクレジットカードと性的(虐待)コンテンツの分離が進められてきたわけだが、対象となるコンテンツの線引きが“曖昧な”なか、前述のカリフォルニア州連邦地裁の判決のようにレッドゾーンを大幅に動かしてグレーゾーンをあぶり出す行為が目立ち始め、昨今の状況が生まれつつある。

 インターネット取引が国境を越える以上、国際カードブランド側が極度に警戒するという理屈も分かる。いつ自身に火の粉が降りかかるか分からないからだ。一方で、これに乗じて“自身の気に入らない”と判断したコンテンツを世間から排除しようと暗躍する層も存在しており、両者がせめぎ合っているのが現状となる。

 ただ、筆者の意見としては「(規制を伴う)線引きは明確に示されるべきである」であり、昨今行われているような「秘密裏に各社に個別に圧力をかけてレッドゾーンを指定する」という行為はもっての外で、国際カードブランド各社による表現規制、あるいは特定個人による表現規定に他ならないという考えだ。

 モバイルプラットフォームのアプリストアなどに対し、最近になり欧州を中心に開放圧力が強まっているが、その一端は独占禁止法的な視点のみならず、ストアの審査基準を含めた不透明な運営体制にあると考える。安心して使えるプラットフォームとは、その運営の透明性と健全性によって示されるべきで、極度に特定団体や個人に依存する形態は望ましくない。

●「業界でクレカを止めれば企業も思い直すのでは?」は望み薄

 もちろん、決済プラットフォームを利用するコンテンツ提供者側も自衛を考慮すべきだ。プラットフォームを提供するのが私企業である以上、前述のような線引きを明確にして取引を厳格化した場合、一気にクレジットカードの利用が難しくなる。

 「JCBはなぜいまだにこの手のサービスで利用できるの?」という質問をもらうことがあるが、筆者は現時点でこの情報を持ち合わせていない。推測する範囲で、前述のような「規制を介在させやすい侵入ルートがなかったこと」がその一因にあるのではないかと考える。

 一方で、JCBは加盟店申請に対して財務状況を含めた比較的厳しい審査が行われていることが知られており、経営状況が不安定な小規模なアダルト事業者が加盟店になりにくいという事情がある。「JCBは大手では使えるのに、それ以外では見かけない」という状況は、こうした流れによるものとみられる。

 「業者が一斉にクレジットカードの取り扱いを止めれば国際カードブランドも思い直すのでは?」「政府は介入しないの?」といった声も聞く。まず前者に関しては望み薄だと指摘しておく。

 例えばStatistaのデータだが、米国におけるオンライン向けアダルトコンテンツの市場規模は2023年に11億ドル(約1718億円)規模としている。

 他方で、年度はずれるがNilson Reportのデータを引用した報道で米国における2022年のクレジットカードならびにデビットカードの取扱高は10.4兆ドル(約1625兆円)となっている。

 つまり、概算ではあるがオンライン向けアダルトコンテンツの市場はカード取扱高全体の0.011%程度でしかない。はっきり言って完全に無視できる水準だ。後者の政府による介入だが、前半でも触れた「大手出版社への規制」が表面化するまでは表立って動けないのが実情だと思われる。実際、筆者が取材の過程で「政府として直接動けず、どう対応していいか検討している段階」という声が聞こえてきており、まだ踏み込む段階には至っていないようだ。

 最終手段としては、独自の決済手段を持つことによる自衛が考えられる。24年5月にZaifでの取引が可能になる「Skeb Coin」が知られているが、Bitcoinをはじめブロックチェーンを活用した暗号資産はこの手の取引には有用とみられ、一部地域での規制や取引における制限はあるものの、今後国境を越えた取引でクレジットカード以外の有力な支払い手段として機能する可能性がある。

 これ以外にも、クレジットカードを使わずともトークン等の取引でオンライン上での取引を可能にする決済プラットフォームがいくつか出現すると考えられ、代替手段の提供による取引の多様化に寄与するだろう。

 注意点としては、やはり小規模な事業者が運営する電子マネー的な取引手段であったり、値動きの激しい暗号資産や取引リスクを伴うステーブルコインの取り扱いについて、ユーザー側がきちんとリスクを認識しておくということがある。また、あまりに野放図なアダルトコンテンツの流通は逆に(日本の)政府機関の介入を招く可能性があり、業界としてある程度の自主規制によるルール運用を行ったうえで、こうした権力の介入を未然に防ぐ必要があると考える。重要なのは、何事も「やりすぎはよくない」ということだ。