東京の池袋といえば、ご存じのとおり「大都会」である。駅の乗降者数(国土交通省調べ)を見ると、池袋駅は3位で、1日に約265万人が利用している。駅の中も外も人・人・人、ちょっと歩いてもビル・ビル・ビル。そんな街に魚・魚・魚の施設がある。「サンシャイン水族館」だ。

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 水族館は1978年にオープン。高層ビル(10~11階)の屋上に誕生したこともあって、当時は「初めての都市型水族館」として話題を集めた。来館者数は、累計5318万人(2023年度現在)。年に100万人以上が訪れている施設になるが、気になることがひとつある。周囲に海はないのに、水槽で使う海水はどこから運んできているのか、である。

 筆者の周囲に聞いたところ「そんなこと考えたこともないなあ。知らん、知らん」と相手にされなかったり、「海水を人工的につくるプラントがあるよね。他の水族館でも使っているので、サンシャインもそうなんじゃないの?」と知的な答えが返ってきたり。気になったので、施設の担当者に尋ねたところ「300キロほど離れた伊豆諸島の八丈島の近海から運んでいます」とのこと。

 ん? わざわざなぜそんな遠いところから? ものすごくコストがかかるのでは? などいくつかの疑問が浮かんできたので、サンシャイン水族館で設備担当をしている安田賢史さんに話を聞いてみた。

 取材をしている中で、安田さんは何度も「バラスト水」という言葉を口にした。バラスト水とは、大きな船が航行中にバランスをとるために船内にためておく海水のこと。簡単に言えば、「おもし」である。

 海運会社の貨物船は、毎日のように八丈島を行ったり来たりしている。東京湾を出航するときには、そこの海水をくみあげて、船内の専用タンク内にためる。八丈島に到着したときにはその水を放出して、再び出航するときには現地の水をくみあげる。

 そして、船は東京湾に到着。となれば、その海水は東京湾に放出するわけだが、水族館側としては「それはもったいない」と考えたようである。どうせ捨てるのであれば、「ウチの水族館で使うからチョーダイな」といったことを伝え、話は前に進む。オープン当初から海水を運んでいて、いまに至るといった歴史があるのだ。

●地下に巨大な貯水槽あり

 バラスト水を搭載した貨物船が到着するのは、東京・港区の「芝浦ふ頭」である。そこからどのようなタイムスケジュールで、水族館に海水を運んでいるのか。

 例えば、芝浦ふ頭に、貨物船が朝の6時00分に到着したとしよう。海水は専用のトラックで運ぶので、そこに移し替えるのに20分ほどかかる。トラックの荷台に海水がたっぷりたまるのは、6時20分ごろ。その後、水族館に向けて出発し、7時00分ごろに到着。トラックから地下の貯水槽へ移すのに、20分ほどかかる。

 一連の作業は1時間20分ほどかかって、7時20分に終了。こうした作業を1日に1~4回行っていて、複数回の場合は、芝浦ふ頭に戻って、貨物船から海水を移し替える……といった繰り返しである。

 貯水槽に蓄えられた海水は、ポンプを使って約60メートル上の水族館に。いったん大きな水槽にためて、そこから各水槽にワケワケしていくといった流れである。

 ちなみに、地下にある貯水槽はどんなところなのか。トラック1台で17トンの海水を運び、それをためる水槽内の容量は300トンほど。数字を出されてもイメージできない人も多いかもしれないが、25メートルプール(幅10メートル、深さ2メートルの場合)で使う水の量とほぼ同じといえば、頭の中で大きさが浮かぶかもしれない。

 ところで貯水槽とはどんなモノなのか、ちょっと気になったので見せてもらった。詳しい場所はお伝えできないが、とある場所にマンホールがあって、そこを開けると巨大な水槽がどーんと姿を現す。海水をくみあげる際、たまにクラゲなどが含まれていることがあって、水槽の中でフラフラ泳いでいることもあるそうだが、取材時には見られなかった(残念)。

 貯水槽を満タンにすることはほぼなく、一定の基準を意識しているそうだ。台風など海が荒れたときには船が出航できないので、海水が入ってこなくなる。となれば、基準を下回る日が続くわけだが、どのように対応しているのか。「水槽で使う海水の量を調節しています。普段よりも少なくても大丈夫な水槽は節水して……といった感じですね」。地下の海水が枯渇しないようにうまくやりくりするのも、担当者の重要な仕事のようだ。

●300キロ離れたところから運ぶワケ

 安田さんの話を聞いていて、2つの疑問が浮かんできた。1つは、なぜ300キロも離れたところの海水を運んでいるのか、である。同じ海水であれば、東京湾の水でもいいのではないか。芝浦ふ頭の海水をトラックに搭載して、水族館まで運ぶといったフローにすれば、手間は大幅に削減できる。

 この質問に対して、安田さんは「魚の負荷を考えれば、東京湾の海水を使うのは難しいですね」と答えた。どういう意味か。東京湾の海水は以前に比べてずいぶんきれいになったと言われているものの、水槽の中で魚を飼育していくには「不純物」が多い。不純物が多ければ多いほど、魚に負荷がかかって、病気にかかるリスクが高まる。というわけで、手間はかかってしまうが、「東京湾<<<八丈島の近海」なのである。

 もう1つの疑問は、海水プラントの導入である。長い歴史の中で「そろそろ海水プラントを設置してもいいんじゃね」といった会話は出てこなかったのか。古い話になるので記録が残っていない部分もあるが、水族館をオープンするにあたって「海水を運んでくるか、プラントを設置するか」といった議論があった。しかし、いまのプラントと比べて、当時のモノは性能面で劣っていたので、海水を運ぶことにしたそうだ。

 ふむふむ、それはなんとなく理解できる。水槽の中で生きている魚のことを考えれば、「本物の海水のほうがいいよね」といった会話があったことは想像できる。しかし、だ。水族館がオープンしてから、46年の月日がたっている。プラントの性能も向上しているはずなのに、なぜいまも海水を運んでいるのか。

 「これまでもプラントを設置してはどうかといった議論がありました。ただ、スペースの問題がありまして。水族館を運営するにはさまざまな設備が必要なんですよね。アレも置いて、コレも置いてといった状態なので、プラントを設置するスペースがなくて、実現に至っていません」

 物理的に「狭い」という問題を抱えながら運営を続けているわけだが、サンシャイン水族館にはもうひとつの課題がある。「重さ」だ。

●水槽を大きく見せる

 サンシャイン水族館より下の階には、レストランがあったり、ショップがあったり、アミューズメント施設があったり。そんな建物の最上階に、水たっぷりの水族館がのっかっている構造だ。

 水槽内の水量は約655トン。ちなみに、日本一の水量を誇る名古屋港水族館は約2万4600トンである。水量が少ないのには理由があって、それはビルの加重制限があるため。貴重な海水を最小限に抑えなければいけないという問題がある中で、水族館はどのような手を打っているのか。「水槽」の工夫である。

 例えば、大きな水槽「サンシャインラグーン」を紹介しよう。この水槽の幅は13メートルで、奥行きは9メートルある。水槽の明るさを調整するためにLEDを23台設置しているが、どこに照明を当てているのか。来館者がいるエリアには白い光を当てて、奥は薄暗い青い光を当てている。

 なぜこのようなことをしているのかというと、「奥行き感」を出すためである。実際、9メートル先の“壁”を見つけるために、じーっと観察していたが、どこにあるのかよく分からなかった。

 また、水槽のカタチはおにぎり型。幅13メートル、奥行き9メートルであれば、水槽は長方形にしたいところ。しかし、長方形にすればそのぶんたくさんの水を使うことになってしまうので、あえておにぎり型としているのだ。

 さらに、奥に行けば行くほど狭くなっていて、床は高くしている。傾斜をつけることによって「奥行き感」が出るだけでなく、水量も抑えられるのでこのような設計となっているのだ。

●「制約」の中で運営

 節水の工夫は、まだまだある。クラゲの水槽は幅14メートル、高さ1.8メートルなので、かなり大きい。狭いスペースでも来館者により大きく感じてもらうために、水槽は大きな弧を描くカタチになっているのだ。

 「ん? 大きな水槽だと、たくさんの水を使うのでは?」と思われたかもしれないが、これにもカラクリがある。「薄い」のだ。厚さは1メートルしかないので、見た目よりもかなり節約できる設計となっている。

 バックヤードも見せてもらったが、印象としては「とにかく狭い」。場所によっては前を向くことができず、カニのように横になりながら歩かなければいけない。ふむ、ここにプラントを設置するのは難しいなあ、と納得した次第である。

 海水は無制限に使えないし、スペースに余裕がない――。さまざまな制約の中で、サンシャイン水族館はどのようなことを企んでいるのか。2017年にリニューアルを実施したところ、来館者数は過去最高の197万人を記録した。タイミング的にはそろそろといった感じもするので、お客が「ぎょぎょ」とする何かを、“運んで”くるかもしれない。

(土肥義則)

サンシャイン水族館の海水って、どこから運んでいるの?