美しい装丁に大きめの活字、手軽なボリューム――角川文庫から新たに誕生した「100分で楽しむ名作小説」シリーズが注目を集めています。

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 同シリーズは3月に創刊され、第1期として10作品が刊行されました。ラインアップは芥川龍之介蜘蛛の糸』、江戸川乱歩人間椅子』、恒川光太郎『夜市』など(各660円)。ページ数は128ページから208ページで、中編や短編数作を収録しています。

 読みやすさに注力したシリーズで、文字を従来より大きくし、行間をゆったり取った本文組。SNSでは装丁の美しさや読みやすさを評価する声が見られます。

 「常に時間の余裕を求めている現代人に、手軽に名作に親しむひとときを楽しんでほしい」「小説を1冊読み切りたい、文庫を初めて手に取る層へのファーストブックとしてもおすすめ」と、1冊読み終わる満足感も重視したシリーズ。誕生の経緯やこだわりや角川文庫編集部に聞きました。

●「読みやすさ追求」が出発点

 「100分で楽しむ名作小説」誕生のきっかけとなったのは、角川文庫75周年を機に社内で高まった「これまでの文庫に対する固定観念で見直すべき点はないか」という議論。その中で、本文の読みやすさが議題のひとつに挙がったことから、サブシリーズで読みやすさを追求することが提案されました。

 「文字が大きい」だけでは必ずしも購買意欲に直結しないのではないかと考えて、「『読書からさまざまな理由で離れてしまったみなさんにあらためて1冊、小説に没頭して読み終える満足感』を得ていただければと思い、ページ数を絞って企画しました」と角川文庫編集部は説明しています。

 「100分」という数字を打ち出したのは、「タイパ」が重視される昨今、時間を明確に区切ると手を伸ばしやすくなるのではという思いがあったといいます。

 平均的な読書のスピードは一般的に1分間で400~800文字程度と言われていること、また近年100分授業に移行する大学が増えていることから「100分」という時間なら集中力を保ちやすいのではないかと考えたとのこと。

 ただ「小説を読むスピードはそれぞれ」と同シリーズの帯にあるとおり、「味わいながらじっくり読むのも、物語の先が気になって急ぐのも読者のみなさん次第で、100分はあくまで目安と思っています」(角川文庫編集部)

●装丁のこだわり

 SNSでは装丁の美しさも好評。カバーにはウィーンと京都で活躍したデザイナー、上野リチさんの作品を起用しています。

 角川文庫編集部ではこれまで、てぬぐいブランド「かまわぬ」や、マスキングテープ「mt」とコラボしたカバー、漫画『文豪ストレイドッグス』コラボカバーを採用した名作も刊行しており、「普段はあまり名作に手が伸びない層にも届けられているという実感」があるとしています。

 こういったことから、新シリーズは統一感のある、コレクションしたくなるようなものにしたいという思いがあったといいます。同編集部が装丁デザイナーの大武久貴さんと鈴木久美さんに相談したところ、上野リチさんの作品が提案されたとのこと。

 「男女、年齢問わず手に取りやすく、親しみやすいシリーズになったと思います。タイトル回りの囲みが描く曲線にはクラシックな感じもあり、金のつや消し箔押しと相まって非常に美しい装丁になりました」(角川文庫編集部)

 また読みやすさを追求するため、本文の文字や行間以外にも工夫が。注釈のある作品の場合、ページ数の都合もあり注釈の文字は小さくなりがちでした。今回のシリーズでは本文と同じ文字の大きさになっており、地味ながらも読みやすくなったポイントとして挙げられています。

●特に人気は『黒猫亭事件』

 ラインアップは角川文庫のなかから定番の古典名作から現代の作家まで、10冊バラエティ豊かに選定。まんべんなく売れており、中でも横溝正史の『黒猫亭事件』は「これまでの横溝作品のイメージから離れた意外性のある見た目が印象的だったのか、10冊のなかでもよく売れています」(角川文庫編集部)とのこと。購入者は男女比がほぼ半々、男性は40代、女性は20代が多いと同編集部は述べています。

 最後に、今後の展開について聞きました。

 「今後は24年の秋以降の刊行を目指して企画しておりますので、どうぞご期待ください!」(角川文庫編集部)

横溝正史『100分間で楽しむ名作小説 黒猫亭事件』