今夏、我が国に「BEVの黒船」第2波がやってきます。そのスポーツモデルはやけどするほど熱く、BEVの可能性と方向性のひとつを示していました。ご紹介しましょう、ヒョンデ「IONIQ 5N」です。価格は約900万円と高級車クラスですが、なぜこの価格になったのでしょうか。
韓国生まれドイツ育ち、速そうなヤツはだいたい友達「IONIQ 5N」
「IONIQ 5Nって、デカいSUVでしょ? そのスポーツモデルって何?」。誰もが最初そう思うことでしょう。筆者も最初「どうせ大して変わらないでしょ?」とタカをくくって、メディア試乗会の会場へ。
試乗会場では、この日のために来日したヒョンデのNブランドグループのトップであるJooN Parkさんがお出迎え。クルマのレビューの前に、「Nブランドとは何か?」というところから話を進めましょう。
ヒョンデの高性能モデルとして、Nブランドが誕生したのは2012年頃のこと。グローバルR&Dセンターがある「ナムヤン(南陽)」と、Nモデルの走行性能を評価する技術研究所があるドイツのニュルブルクリンク(Nürburgring)の頭文字が由来になります。「N」のロゴは、道路やサーキットのS字カーブをモチーフにされているのだとか。
N部門は、モータースポーツ参戦と高性能車の開発がメイン。モータースポーツはWRCのトップカテゴリー、Rally 1に参戦中で、昨年愛知県で行われたラリージャパン2023でも、トヨタスタジアムの入り口に大きなブースを展開していたのは記憶に新しいところです。
世界的にスポーツモデルの開発やモータースポーツ活動は、メルセデスならAMG、BMWならBMW Mモータースポーツ、ルノーならアルピーヌというようにグループ子会社が行なうのがトレンド。ヒョンデの場合も似たように、子会社のヒョンデ・モータースポーツ有限会社(Hyundai Motorsport GmbH)がモータースポーツ活動を行ない、そこで得た知見と技術をNブランドに注いでいるのです。
Nブランドの商品構成は、モータースポーツをトップとして、その技術を市販車に落とし込むためのローリングラボというコンセプトカー作成、次にハイパフォーマンスのNグレード、Nグレードの入り口といえるNライン、そして一般車というピラミッドになっています。今回紹介するIONIQ 5Nは、Nグレードに属します。
まずはIONIQ 5Nの概要について。四輪駆動で最高出力は650PS、0-100加速は3.4秒、最高速度は260km/hが公称値。日本で販売している市販のIONIQ 5の最高出力はフロントモーター95PS、リアモーター210PSなので、まったくの別物! 「どうせ大して変わらないでしょ?」とタカをくくっていたことを猛省したのでした。
IONIQ 5Nは、モータースポーツ(WRC)由来の四輪駆動技術によるコーナーリング性能、サーキットで長時間走行できるというバッテリー技術、日常での扱いやすさがセールスポイントです。
驚いたのは、IONIQ 5Nのカップカーを製造し、ワンメイクのEVレースを開催していること! BEVのモータースポーツというとフォーミュラEが思い浮かびますが、市販車で行なうのは聞いたことがありません。
「バッテリーの熱対策は?」とか「モーターが熱ダレしないの?」とか色々と課題が頭をよぎるわけですが、Nの技術チームはこれを解決しているとのこと。さらに予選用といえる「スプリントモード」と、レース用の「エンデュランスモード」を用意し、細かく調整をしているのだそうです。IONIQ 5Nは真の「サーキット走行もできるBEV」と語気を強めにアピールしていました。
「BEVでモータースポーツ走行をする」にあたり、ヒョンデはワンペダル動作を提案。強烈な回生ブレーキをかけるとともに荷重移動をするというから驚きです。その制動量は一般道で急ブレーキをかけた状態に近い0.6G! もちろん回生量を任意で設定できます。
サーキット走行を視野に入れていることから、車体の強化をはじめ、ほぼすべての領域で再設計。サスペンションの取り付け方法を変え、可変ダンパーを最適化。最低地上高をダウンさせるなど、その範囲は留まるところを知りません。
バッテリーにも手が加えられ、エネルギー密度を上げたほか、冷却システムも刷新。安全性も高められているとのことで、「ココまでやるのか?」と、いい意味で呆れます。
いい意味で呆れたのは、これだけではありません。「単なる速さ」ではなく「クルマとしての楽しさ」も併せて追及しているのです。それは何かというと「音」と「振動」。車両の内外にスピーカーを取り付けて、アクセル開度に合わせてエンジン車のような音、EVレーシングカーのような音、戦闘機のような音の3種類を用意。
さらにシフトチェンジ時のショックを、回生ブレーキを使って疑似的にシミュレート。よってドライバーは普通のクルマっぽい感覚で運転が楽しめるのです。
単なるSUVのスポーツグレードとどまらない改変が行なわれたIONIQ 5N。JooN Parkさんは「単なる速いクルマだけでなく、運転の楽しさを提供したいんです」と、その目的を語ります。そして「電気自動車はツマラナイ、という声を払拭したいんです。電気だからこそできる、新しいクルマの楽しみを提案したい」とも。その想いは熱く、大きな声と身振りを交えながら「運転の楽しさに国境も言葉も関係ありません。クルマ好きなら、楽しいという共通の言葉で伝わるハズです」というではありませんか。
その想いは日本法人にもいえるようで、日本国内で何度もテストを重ねて日本向けに調整をしたのだそう。日本独自の路面に合わせたと自信をみせていました。
車高が下がってド迫力のデザインに
それではIONIQ 5Nを、かいつまんで見てみましょう。
車高が下がったこともあってか、かなり迫力のあるスタイリング。さらに専用のエアロパーツがおごられ迫力はさらにアップ。「これ、ホントにもともとSUVなの?」と誰もが思うことでしょう。
ボンネットを開けるとカバードされたモーターが姿を現わします。IONIQ 5では収納スペースがあったのですが、それは削除されています。
IONIQ 5NはクーペスタイルのSUVなので、バックドアを開けた際に後ろをあまり気にしなくてよいのが美質。また、リアは20mmほど下がっているので、標準モデルよりも開け閉めがラクになっています。
運転席は黒で統一。シートはセミバケットで専用品が用いられています。黒に水色のステッチがカワイイですね。乗降性は良好。このあたりはSUVならではの使い勝手の良さですね。
ギョッとするのがステアリングホイール。AMGのスポーツステアリングのようにボタンが多く、覚えるのが大変そう。ホーンボタンの両サイド下に置かれたNボタンはショートカットボタンで、機能の割り当てができます。ドライブモードセレクターが左手親指ポジションにあるのは便利ですね。
メーターパネルはフルLCDで、モードによって表示は色々と変わります。ヘッドアップディスプレイも用意されているので、いちいちメーターパネルに目を落とさなくてもよいのは便利。
シフトセレクターがステアリングコラムにあるため、センターコンソールには大きな小物入れを用意。インテリアは各所にブルーステッチと加飾でシンプルながら清潔感があります。
後席は広々しており、床面もフラットですから快適性はかなり高い印象。日常使いにおいて不満を覚えることはないでしょう。
今回の試乗会に参加したタレントの新 唯(あらた・ゆい)さんは「結構良いインテリアですね。アクアブルーのステッチがオシャレです」とニッコリ。「スポーティーなのですが、スポーティーすぎないのも好感です。センスがいいですね」というわけで、試乗へ移りましょう。
「見せてもらおうか。IONIQ 5Nの実力とやらを」ということで、まずは濡れた路面でドリフト体験からスタート。被験者はドリフト競技の国内最高峰「D1グランプリ」でシバタイヤレーシングのレースクイーンを勤める唯さん。
唯さんは以前、D1選手の田中省己さんの横に座り、D1マシンのドリフト体験をしたことがあるのだそう。国内トップのドリフトを体験した彼女は、IONIQ 5Nのドリフトをどのように感じられるのでしょうか?
ご自身でドリフトできる機会でもあったのですが、「助手席で」ということで体験。一通り体験した直後に感想を伺うと「すごかった!」と放心状態。ドライバーによるとアクセル開度は半分程度でドリフトするそうで、モータートルクの太さに驚かざるを得ません。
落ち着いた唯さんは「D1マシンと違って音がしないんですよね。それがまず大きな違いです。あと一気に加速する感覚もすごかった」のだそう。
続いてサーキット走行に挑戦、の予定でしたが唯さんはひと休み。同行の担当編集Sが「1万1000回転まで、キッチリ回してくる」と、意味のわからぬ事を言ってマシンに乗り込みタイムアタック。
サーキット走行の様子は撮影申請が必要だったためイメージ映像ということでお許しいただきたく存じます。IONIQ 5Nでサーキットアタックした担当編集Sも「すごかった!」と放心状態。「コーナーでアクセルを離した瞬間、すごい勢いで回生がかかってタックインするんですよ。ホントにワンペダルで行けますね。そしてアクセルを踏んだ瞬間、怒涛の加速。モーター駆動はすごい」とホクホク笑顔。
サーキットパフォーマンスは何となくわかりました。唯さんが復活したところで、一般道を走ってみましょう。
まずはノーマルモードで。静かな室内に、少し硬さは残しながらも快適な乗り味。なるほど日本向けにチューンしているなという印象です。「視界が広くていいですね。視点位置が高いから、車幅が広くても気になりづらいですね」と唯さん。ハンドリングの良さは特筆すべきところがあり、オンザレールのひとこと。
ワインディングでスポーツモードに挑戦。ステアリングや足は硬く引き締まるとともに、エンジン車のような音が車内に響き、パドルシフトを使う度に、ガクンとシフトショックが全身を襲います。「なにこれ! 面白い!」と唯さんは大笑い。さらに音が出てきて、これにも思わず笑みが。
ポルシェのタイカンやアバルトの500eなど、疑似的に走行音を出すBEVは過去にありましたが、音はそれらとは異なり、よりエンジンサウンドに近い印象。そして疑似的シフトショックも初めてです。ガクンガクンという感触は、「イマドキDCTのクルマでも、こんなものはないぞ」と思いつつも、無駄にガクガクしたくなる面白さです。これはクルマ好きなら絶対にハマるハズ!
一方で機能が多すぎて、何が何やら……。これはBMWのMシリーズやメルセデスのAMGも同じですが、1日で理解し、好みのセッティングを見出すのは不可能です。長く付き合ってなじむ設定を見つけ出すという楽しみを与えていると理解しました。それゆえステアリングホイールにショートカットボタンとかが用意されているというわけです。
試乗を終え、JooN Parkさんに「IONIQ 5やKONAといったハイテク満載で、知性が先行するクルマを作っているヒョンデが、IONIQ 5Nのような運転の楽しさを訴求するクルマを作るとは思わなかった」と伝えると、満面の笑みで「Nブランドが誕生するまで、ヒョンデには知性先行のイメージがありました。ですが、そこに感性を与えて、より一段高いクルマを作るのがNの役割なのです」と答えてくださいました。なるほど。
速いクルマを作るのも技術ですが、さらなるエクスペリエンスを与えるのが自動車メーカーの使命だと改めて感じた次第。ヒョンデは情熱をもってクルマ好きに刺さる1台を作り上げてきました。それをうれしく思うとともに「日本メーカー、うかうかしていられないぞ」と、黒船の第2波に恐れを抱いたのでした。
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