今、住宅系のYouTube界隈を騒がせている男がいる。動画チャンネル『ジュータクギャング』の押村知也だ。設計から建築、インテリアコーディネイトに至るまで住宅に関するすべてをこなす住宅のスペシャリスト「住空間クリエイター」である。歯に衣着せぬ彼の発言は、わかりやすくて痛快。『ジュータクギャング』は、更新のたびに視聴者の心をつかみまくっている。そんな押村は5月2日、自身の考えや思いを綴った初の書籍『美しい家のつくりかた』を発売する。

押村が家づくりにおいて最後まで決めかねて、迷い続ける箇所があるという。それが室内ドア。押して入るか、引いて入るか、はたまた右開きか左開きか。 毎日の生活動線にも影響するからこそ手を抜けないという。ドアの位置を熟考しない設計者には注意が必要だ。

◆「開き勝手」と「吊元」の組み合わせが、暮らしやすさを生む

住宅に関係する質問ならば、常に答えがあり、即答する押村。図面を引きながら迷う部分はほとんどない。しかし唯一、「室内ドアは難しいのでよく悩む」という。そのわけとは?

「まず、住宅の室内ドアには引き戸と開き戸の二種あります。引き戸は開き戸とは異なり、前後の収まりを考慮する必要がなく、一見便利なので狭小住宅ではよく使われます。しかし、下側にレールを設けて戸車で滑らすタイプのものはホコリが溜まりやすく、上側のレールで吊る上吊り戸は、通常の引き戸ほどではないにせよ美観を損なうケースがあります。また、壁のなかにすっぽり収める引き込み戸もありますが、掃除をしにくく壁厚が必要なので居住空間がそのぶん減るという弱点があります。また、ドアを開閉する際に音が伝わりやすく、2階で開け閉めすると1階に響くということもあります」

よって、開き戸を基本に考えるが、一律に同じものを採用すればいいというわけには、もちろんいかない。

「ドアには『開き勝手』と『吊元』という2つのポイントがあり、その組み合わせがもっとも頭を働かせる部分になります」

開き勝手とは、押して入るか引いて入るかという使い勝手のこと。吊元は、左右どちらを壁に付けるかという施工の問題。右開きか左開きかが決まってくる。

「つまり、押して入る右開きと左開き、引いて入る右開きと左開きの4パターンがあるわけですが、これを家のなかでどう組み合わせていくかによって、住み心地は大きく変わります。例えば、ドアを押して開いたとして、部屋の明かりのスイッチはどこに配置すべきか。また、リビングのドアはホール側に引いて入る形を採用することが多いのですが、それは、リビングにいる人に干渉しないようにするためです。当然、ドアストッパーはホール側に配置します。ドアを開くという動作は、日常のなかで繰り返すものなので、少しの使いにくさが大きなストレスにつながる。細心の注意が必要になるわけです。しかし、現状では適当につけられたドアをたくさん見かけます。押して入ったドアの裏側にスイッチがあるとか。ドアすらなくロールスクリーンで代用するとか。これはもう設計を放棄しているように思えますね」

◆ドアノブと鍵穴、蝶番のデザインにまでこだわり抜け

「住空間デザイナー」を名乗る押村は、室内ドアの見た目にも、こだわりを持つ。

「美しさは細部に宿ります。室内ドアでも同様で、僕はドアノブひとつを取っても、色合いや光沢感を大事にしてほしいと思っています。インテリアとの調和を図ったドアノブは、いわばご自身の好みの象徴。鍵穴とのバランスまで見極めながら選んでください。ちなみに、僕が好きなドアノブはマットブラック。猫の尻尾のような曲線を描いたデザインになっている、お気に入りのものがあります。メーカー仕様は尻尾が上向きになるよう取り付けるのですが、袖口に引っかかりかねないので、尾が下を向くよう逆向きに取り付けています」

蝶番も忘れてはならない、と押村は念を押す。ドアの開閉部分にある金具のことだ。

「おそらく一般に思われているよりも、色もデザインも数が多くあります。シルバーかステレンスかだけでも、印象は結構変わります。僕はピボット蝶番というものを重用しています。普通の蝶番はドアの天地から離れた箇所に2~3個付くの対して、ピボット蝶番は天地の上と下にひとつずつピタっと付く。これがじつに美しい」

もうひとつ押村が挙げたこだわりの例が「枠」。みなさんは、自分の家にあるドアがどんな枠に付いているかを思い出せるだろうか。

「通常は施工が簡単な『固定枠』というものが使われています。三方に平べったい部材を付けただけの、シンプルなデザインのものなので安価で済む。僕はこれを『調整枠』というものに変えます。固定枠の上にケーシング枠というものを付いており、ドアの衝撃や振動などが周囲のクロスに与える影響を少なくするという効果があります。ただ、それ以上に見た目が素晴らしいんですよ。高級感が一気に増します。またドアはなるべく凹凸のあるもののほうがかっこよく見えます。固定枠やシンプルな扉がモダンでいいと言う人もいますが、単にコストカットのいいぶんの可能性もあるので、よくよく検討してみてください」

室内ドア一枚にも、見るべきポイントは数多いことがおわかりいただけただろう。

〈取材・文/ツクイヨシヒサ〉

【押村知也】
(おしむらともや)スタイラス所属。20代で建築、都市計画、インテリア、暮らしについてカナダ、アメリカで学び、輸入住宅などを手掛けるも挫折、住宅とは何かを見失う。大手ハウスメーカーや大手デベロッパーにコンサルティングして感じた「業界の嘘」と「都合の良い慣習」に納得できず、悪しき慣習にまみれた日本の住宅づくりからの逸脱が始まり、住宅業界の異端児となり、1000棟以上の建築設計を手掛ける。2022年7月にYoutubeチャンネル『ジュータクギャング』を開設。近著『美しい家のつくりかた