税務調査というと、個人事業主や法人のイメージが強く、会社員や主婦など個人にはあまり関係がないと思っている人も多いのではないでしょうか。しかし、そんなことはありません。税務署は個人に対しても目を光らせているのです。専業主婦ながら多額の追徴税を課されてしまったAさんの事例をみていきましょう。多賀谷会計事務所の宮路幸人税理士が解説します。

ある日、税務署から届いた1通のお尋ね

昨年、長年連れ添った夫を亡くした専業主婦のAさん。夫が亡くなって半年ほど経ったある日、Aさんのもとに、税務署から「相続についてのお尋ね“相続税申告の簡易判定シート”(以下、お尋ねという)」が届きました。

市町村は死亡届を受け取った場合、相続税法58条によりその事実を税務署に通知しなければならない

相続が発生した場合、税務署は相続税が発生しそうな人へこの「お尋ね」を送るようにしています。お尋ねには故人の財産や債務、そして相続人の数などを記入する欄があります。その正味財産が基礎控除以上の人は、相続税の申告の提出が必要となるのです。また、基礎控除以下であればこの文書に回答して相続税の申告は不要となります。

Aさんの夫は開業医で、相続財産は自宅建物と有価証券と現預金をあわせると2億円ほどありました。Aさんはその旨を記入したのち、相続税の申告期限内に相続税を申告納付していました。

「お尋ね」を返送。その後、税務署から1本の電話が…

Aさんがお尋ねを返送してしばらく経ったある日、税務署から1本の電話がかかってきました。聞くと、「相続税調査を行いたい」とのこと。Aさんは相続税の申告も済ませたのにどうしてだろう? と困惑。しかし、とくにやましいこともないため、「拒否して面倒なことになるくらいなら」と、しぶしぶ税務調査の日時を打ち合わせました。

そして税務調査当日、Aさんの自宅に2人の税務調査館が尋ねてきました。身構えていたAさんでしたが、和やかな雑談で始まり一安心。亡くなった夫の人となりや趣味などを聞かれました。そしてAさん夫婦は子供が3人生まれたことにより、Aさんは育児に専念するため、長年専業主婦であったことなどを話しました。

調査官「Aさんの預金口座にある5,000万円はどのように貯められたのですか?」

Aさん「ああ、それは私が長年生活費をやりくりして貯めてきたへそくりです。結婚して40年ぐらいいましたので。やりくり上手ないい妻でしょ(笑)」

調査官「Aさんはずっと専業主婦だってんですよね?」

Aさん「ええ、そうですよ」

調査官「となると、こちらの預金はAさんの名義預金に該当してしまいます。残念ですが、こちらも相続税の課税対象ですね」

Aさん「えっ、そんな……」

Aさんが税務署に“狙われた”ワケ

夫から受け取っていた生活費の一部を“へそくり”として貯めていた口座が「名義預金」と判断され、追徴課税を受けることとなってしまったAさん。ではそもそも、専業主婦であるAさんが税務調査の対象になったのはなぜなのでしょうか?

まず、Aさんの夫は開業医であり、毎年所得税の申告書を提出していました。このため、税務署としても長年このぐらいの所得であるのであれば、このぐらいの財産があるのではないかと想定します。

しかし、提出された相続財産について過去の申告所得と照らし合わせた際、所得と比べて財産が少ないと判断され、調査対象とされてしまった可能性が高いです。

税務署は相続税の調査の場合、事前に亡くなった人とその家族の通帳を10年ほどさかのぼって調査することが一般的です。その結果、Aさんの預金がこんなに多いのはなぜだろう? 名義預金ではないか? などと疑われ、調査に入られてしまったと考えられます。

また、一般的に相続財産額が多いほど調査の対象とされる傾向にあり、相続財産が2億円以上ある場合は、税務調査の対象に選ばれる可能性は大きくなります。

名義預金が税務調査で発覚した場合、仮想隠ぺいであると判断されると重加算税を課されるケ-スが増えています。また、その場合配偶者の税額軽減の対象からも除外されてしまうため、注意が必要です。

Aさんの場合、本税のほか重加算税を含めて約2,000万円もの追徴税額を課されることとなってしまいました。

「Aさんの預金」と認められなかったワケ

Aさん名義で預金通帳を作り、その預金通帳にお金を積み立てていたとしても、そのお金の出どころが夫であった場合、「Aさんの預金」とは認められません。Aさんは専業主婦であるため、自身の収入はゼロです。

そのため、税務署からすると預金名義はAさんであっても、この預金はあくまでこのお金を得るために働いた夫の資産とであるという認定を受けることとなってしまったのです。

Aさんが追徴税を課されずに済む方法はなかったのか

今回はこのようなやり方をしたことによって、多額の贈与税を支払うこととなってしまいましたが、どのような方法をとっていれば追徴税を課されずに済んだのでしょうか?

先述のとおり、税務署は相続税の調査を行う場合、故人とその家族の預金通帳を調べことができるため、相続税の申告をする際は、その家族の預金通帳もよく確認しておく必要があります。そして明らかに名義預金であると判断されそうなものは、あらかじめ相続税の申告に含めておくとよいでしょう。申告をせずに税務調査で指摘された場合、重いペナルティを課されます。

また、暦年贈与を利用するのもひとつの方法でしょう。毎年贈与契約書を作成し、たとえば毎年100万円を妻の通帳に振り込むなど、客観的に贈与と認められる方法により贈与を行う方法も検討するとよいでしょう。

いかがだったでしょうか? たとえば、日々の生活に必要な生活費などについては、贈与税は課されません。しかし、今回のケースのように、本来収入のない専業主婦の預金残高が異様に多い場合などは、名義預金が疑われてしまうこととなります。

相続があった場合、今回のように税務署からのお尋ねが届くケ-スは少なくありません。本人に自覚がなかったとしても、今回のように税務署から指摘され、多額の追徴税を課されてしまう可能性もあるため、相続税を申告する際は専門家などにも相談しながら、慎重に対応することをおすすめします。

宮路 幸人

多賀谷会計事務所

税理士/CFP

(※写真はイメージです/PIXTA)