先日、東京地裁で前代未聞な事件の判決が言い渡された。事件の現場は、警視庁新宿署の留置場の一室で、被告人と被害者は約10畳の中に収容された同房の仲間。勾留中の身にして、詐欺に手を染めたというものだった。

◆留置場で「このレクサス、100万円でいいから」

 事件は2年前の2022年7月中旬の出来事。新宿署に別件で勾留中であった被告人A(27歳)が、同じ部屋に収容されていた被害者B(当時56歳)に対して「このレクサス、100万円でいいから」などとウソを言って、一部の50万円を振込ませた詐欺事件である。さらに驚くべきことに、Aは騙し取った50万円を自身の保釈金の一部に充てたというのだ。

 初公判は4月17日、東京地裁(寺尾亮裁判官)で開かれた。法廷のドアから姿を現したAは、マスクをしていて顔をうかがい知ることはできない。検察官が述べた起訴内容について、裁判官に間違えはあるかと問われ、「いいえ、間違えありません」とはっきとした声で答えた。

◆被害者は「利益があるだろうと思った」

 検察官の冒頭陳述などによると、Aは2022年11月に覚醒剤取締法違反などで懲役1年2か月の判決が言い渡されており、本件はその勾留中に起きたものだという。同年7月中旬、同室に収容されていたBに対して、A名義の車も販売する意思もないのに「このレクサス、100万円でいいから」などと騙した。

 はじめはBも断っていたものの、Aが何度も話してきたことから購入を決意。その後、Bは別の収容施設へ移送されたが、同年9月下旬に知人を介して手付金として50万円をAに差し入れた。数日後、Aに保釈の許可が下り、保釈金として250万円を振込み保釈されていたとのこと。その保釈金の支払いに騙し取った50万円を使ったのだ。

 被害者Bは当時のことについて、「『このレクサスは最新のひとつ前の型で、250万くらいで売れる』と言われたので、利益があるだろうなと思っていた」と述べていた。(被害者の調書)

 しかし、50万円の支払いから何日経っても、Aが保釈されても車が引き渡されることはなかった。

◆保釈金が動機であることは否定

 公判では被告人質問も行われた。弁護人は、被害弁償などの情状を中心に質問。

 他方、検察官からは「最初から保釈金に充てるつもりだったのか」と踏み込んだ質問も多かった。ただ終始Aは「たまたま、現金を受け取ったタイミングが保釈金と重なっただけです」と保釈金が動機であることを否定していた。さらに、Aは犯行について「雑談の延長だった」とも答えていた。その際、Aはこう語った。

「(被害者とは)同じ罪名で捕まっていることに親近感があり、自分は薬物で捕まったのは今回が初めてだったので、色々とアドバイスしてくれました。その時に、お金を結構持っていると話していたので、(嘘を)話してしまいました」

 さらに、検察官からは「罪を犯して留置場に入っていることが分かっているのに、なぜその状況下で犯行をしたのか」という問いに対して、「経済的に困っていた。身勝手な犯行でした」とも振り返っていた。

◆裁判官も「たまたまタイミングが…」という言葉が腑に落ちず

 最後に裁判官から、数点だけ質問があった。ほとんどの質問が保釈金と詐欺の関係について。裁判官もAの「たまたま、タイミングが重なった」という回答に腑に落ちていないようだった。一方で、Aは「個人的に金銭トラブルがあって、(被害者にも)助けてやれたらやるよと言っていたので、甘えて騙してしまいました」と説明。やはり保釈金に充てる目的の犯行を否定していた。

◆検察官は「保釈金制度を蔑ろにするもの」と断罪

 被告人質問に続き、論告・弁論が行われた。

 論告で検察官は、「本件は前刑で勾留中の犯行であり、法規範軽視の甚だしいもの」で「留置場という密室空間で行われた卑劣な犯行」と指摘。さらに詐欺で得た金銭を保釈金に充てたことについて、「保釈金制度を蔑ろにするもの」と断罪。Aに対して懲役1年6か月を求刑した。

 一方で弁護人は、「本件は前刑の判決が確定する前の犯行である」と主張。前回の判決後、刑務所に服役したことを挙げ、「反省の態度を示しており、服役後には内定を受けていた会社へ就労する意向を述べている」として、寛大な処分を求め、結審した。

 被告人は最終陳述で「このことを忘れずに更生していきたいと思います」と更生の意欲を語っていた。留置場内での前代未聞な犯行。4月26日の判決公判で、懲役1年4か月の実刑判決が言い渡された。

取材・文/学生傍聴人

【学生傍聴人】
2002年生まれ、都内某私立大の法学部に在籍中の現役大学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、傍聴歴6年、傍聴総数900件以上。有名事件から万引き事件、民事裁判など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。

写真はイメージです