「自由と秩序」の両立によって機能不全から蘇り、飛躍の途へ――。そんな理想を体現した企業が世界には存在する。ルールによる抑圧的な管理を放棄し、人と組織を解き放った革新的なリーダーたちは、何を憂い、何を断行したのか? 本連載では、組織変革に成功したイノベーターたちの試行錯誤と経営哲学に迫った『フリーダム・インク――「自由な組織」成功と失敗の本質』(アイザーク・ゲッツブライアン・M・カーニー著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。

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 第5回は、高利益率を誇るフィンランド第2位の清掃サービス会社SOLに注目。メンバーの自主性を引き出す、常識にとらわれない自由なマネジメントを明らかにする。

<連載ラインアップ>
第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?
第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?(本稿)
第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?
【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(前編)
■【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(後編)(5月21日公開)

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■清掃員からサービス・エージェントへ

 ヨロネンが「とんでもない場所ですが、(当時手に入ったオフィスビルとしては)一番安くて快適です」とうまく形容した本社は、現在も使われている。だがヨロネンは、本社はビジネスの現場であってはならないと常に考えてきた。SOLの事業は清掃であり、自分のオフィスを掃除してもたいした商売にはならず、ましてやオフィスに座っていては一銭にもならない。社員には、現場に出て「決定する自由」を行使し、顧客と直接取引することを望んでいた。

 その第一段階は、清掃業者が平等な存在として扱われる環境づくりだった。そこで、ヨロネンもビル・ゴアのように、社員の肩書を「清掃員」から「サービス・エージェント」に変えることから始めた。社員からは、制服を明るい黄色と赤色という非常に目立つ色に変えてほしいとの要望があった。通常のオフィス清掃員は地味な格好をしているので、顧客企業で家具以上に目立つことはほとんどないのだが、制服を着たSOLのサービス・エージェントを一度見かけたら、その後は見失うことも見間違えることもない。

 また、清掃員と言えばたいてい夜に働くので、顧客からはその存在すらほとんど忘れられている。だがSOLのサービス・エージェントたちは違う。クライアントと交渉して、清掃を夕方や夜ではなく日中に行うようにしたことがSOLのビジネスを大きく変えるきっかけとなった。これはフィンランドでは初めての試みだった。SOLが日中に清掃を行うようになったのは、明るい制服に身を包んで顧客からよく見えるようになることで、サービス・エージェントたちが自分たちの姿や仕事に誇りを持ってほしいと考えたからで、ビジネスを発展させるためではなかった(ただし、この点については後述する)。

 いったんこの土台が築かれると、ヨロネンは最初の年の大半を各地のスタジオ訪問に費やすようになった(各地営業所の内装デザインは社員自身が行い、「スタジオ」と呼ばれている)。そして、同じ応援メッセージを何度も何度も繰り返した。「私たちは最高です。皆さんは何でもできますよ」と。

 だがもちろん、社員たちは、単にCEOに優秀だと励まされただけでスキルを磨き「何でもできる」ようになったわけではない。顧客が十分満足したと感じられるサービスを提供するためにエージェント全員を対象とする徹底的なトレーニングが実施された(顧客満足度はサービス・エージェント自らが顧客に取材して回答を収集した)。財務研修も実施されるので、社員は自分の属するチームのビジネス構造、利益、価格体系までも理解できるようになり、清掃サービスのリーダーへと成長していった。

 最後に、人々は自分で方向性を決められる自律的な権限を必要としていた。サービス・エージェントは、特定の顧客を専門に担当する自主運営型のチームの一員に配属され、その中で自由に行動できた。各チームは、担当する地域の知識に基づいて、自分たちの成長率や利益予測を決定し、それを達成するための予算をつくった。

 ヨロネンは、最初の年は「非常に神経質になった」ことを認める。自主運営チームから申告される数値を集計してSOLの予算が決まるのを待たなければならなかったからだ。

 「もし積み上げた予算が非常に低かったら、どうすればよいのだろう。あるいは逆に、あまりに高かったら、と考えていました」

 ヨロネンは、銀行員だった時に経験した予算をめぐる駆け引きを思い出した。誰もが成長目標を低く置いていた。なぜなら常に上層部のほうで、申告よりも高い数値をある程度上乗せすることがわかっていたからだ。

 だからこそ、手元に来た数値を見て驚いた。ほとんどのチームが野心的な予測を立て、しかも驚くべきことに、当時の経済不況にもかかわらず、自ら立てた予算を達成していた。そして、この自主運営チームの勢いは止まらなかった。1992年から2008年までの年平均成長率は15%で、利益率は8~9%を維持したのである。

 だが平等な扱いを受け、高度なトレーニングを受けた社員たちが顧客に対して自由に振る舞えるようになると、もっと素晴らしいことが起きた。既存の清掃サービスを提供して顧客に十分な満足を与えようとしただけでなく、自分たちの他のサービスを売り始めたのだ。日中に清掃作業を行うことで生じる顧客とのやりとりや、顧客の満足度を分析している最中に、新たな顧客ニーズを発見することが多かった。例えば木の床のワックスが足りないとか、窓が汚れているので綺麗にしてほしいといったことだ。

 サービス・エージェントがそれらに気づくと顧客の購買部門を訪ね、新たに発見されたニーズを説明し、それを解決するサービスの価格を提案した。サービス・エージェント全員が会社の価格設定方針や利益率、財務状況を熟知していた事実がこうした動きの一因となったことは間違いない。しかも、追加サービスの利益率は主業務たる清掃サービスよりもはるかに高いことも知っていた(清掃は他社とのコンペで決まることが多かったからだ)。

 したがって、SOLの自由な環境(「方針を持たないことが会社の方針です」)には、矛盾はまったく存在していなかった。社員の普遍的なニーズを満たすと社員の自発性が育まれる、という一貫した論理の上に構築されていたからだ。だが、いったん自由な環境ができあがったら、その後にCEOが果たすべき役割とは何だろう。

「彼女に尋ねてみましょう」

 ヨロネンはこの質問をSOLの現在のCEO、アヌ・エロネンに振ることにした。エロネンは、ヨロネンの右腕として彼女を支え、2002年にCEO職を引き継いでいた。エロネンがミーティング用に建てられた「別荘」(前述の写真の左上にある建物)から現れると、ヨロネンは私たちが立っていたバルコニーからこの質問を尋ねた。CEOは驚く様子をまったく見せずに少し考えた後、こう答えた。

「経営とは成功を編み出すことです。言い換えればそういう物理的な環境ももちろんですが、もっと重要なのは精神的な環境をつくり上げることです。そしてそのためのツールを提供してあらゆる成功を育むのです」

 自分がCEOだった頃には、自分はアヌ・エロネンからずいぶん助けられたが、今日ではアヌが「精神的な環境をつくり上げています」とヨロネンは補足した。例えば会社は今、成長や利益などを重視していると強調した。「口に出せば、それを実現できるのです」と言い切った。これは噓かと思うほど単純に響くかもしれないが、ビジョンを全社員と常に共有している他の解放型リーダーも重視している点だ。

<連載ラインアップ>
第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?
第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?(本稿)
第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?

【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(前編)
■【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(後編)(5月21日公開)

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