一般に結婚は「幸せの絶頂」などといわれる。愛した人と結ばれた瞬間は、なるほど絶頂と呼ぶにふさわしい高揚に違いない。頂点の行く末は下落と決まっている。夢に見たキラキラの生活とまではいかなくとも、日常生活もそれなりに楽しく、不満も少ない――せめて「絶頂」からの落下は緩やかにと人は願うはずだ。

 だが世の中には、見事な急降下を描く結婚生活も存在する。埼玉県在住の美術教師・鹿賀とも子さん(仮名・26歳)は「旦那やその家族にはいい感情しか持っていないんですが」と首を傾げながら、唯一困っているという“お金の問題”を話し始めた。

◆結婚して1ヶ月で夫が逮捕…

「結婚して1ヶ月もしないある早朝、家宅捜索に入られました。理由は旦那の薬物所持・使用です。テレビではよく見るガサ入れを、私はなすすべなく見ているしかありませんでした」

 鹿賀氏の夫は逮捕、起訴され、刑務所へ収監されることになった。夫は美術用品を扱うメーカーの従業員で、若い頃に何度か警察の世話になっていることは認識していたが、薬物使用については寝耳に水だったという。だが突然の夫の収監以上に鹿賀さんを苦しめたのは、もっと現実的な話だ。

旦那は働いていましたが、住民税を滞納しており、消費者金融からも借金をしていました。旦那がいなくなったあと、私は独りでこれらの納付や返済をしなければなりませんでした」

 夫には、夫が幼いころに離婚した両親がいる。だが結婚の際に顔合わせを行わなかった鹿賀さんは、これまであまり義理の両親について深く知らなかったのだという。今回、夫の逮捕およびお金のことが明るみになり、彼らの生活力について知ることになる。

「義母はチャーミングで、男性の気を引く天性の何かがある人です。今は身体を壊したので出歩きませんが、少し前までは朝まで飲み歩いて酔っ払って大怪我をしたり、周囲の話題の渦中に必ずいました。それでも愛想を尽かされないところがすごいですよね。

 でも、お金に関しては頼りになりません。義兄(旦那の兄)に新築戸建てを建ててもらったうえに、そこに住んでいない義兄に固定資産税まで支払わせちゃう人です。おんぶにだっこが染み付いているというか、とにかく甘え上手なんです」

◆優しいけど、「全身に入れ墨が入った」義父

 義父も義父で厄介な背景を抱えている。

かなりやんちゃをしていた過去があるらしく、全身入れ墨が入っています。私には優しく接してくれるお義父さんなんですが、街でそのへんの車を蹴り上げているのを見たことがあるし、粗暴性がある人なんだろうなと感じました。旦那が捕まったことなどを話せば義父の“昔の仲間”が出てきて利用されかねないので、下手に話せないんです。旦那には更生してほしいと思っているので、あまり近づけたくないなと思っています

◆自己中心的な義母の呆れた言動

 現在、面会のため刑務所に足を運んでいる鹿賀さんは、義母に旦那の様子を報告に行っている。

「義母は穏やかな口調で『苦労をかけてごめんねぇ』と労ってくれます。ただ、気がつくと話題はいつの間にか彼女の体調が悪いという話にすり替わっていて。家を出るときはいつも『あれ、私、何を話に行ったんだっけ?』と思います

 息子の更生よりも、自分のことが一番大事なのではないか。そう思わせる義母の“自分本位”はその後も猛威を奮い続けた。

「最近、大病ではないものの、義母が持病の悪化を理由に『入院する』と言い出して、親戚界隈はちょっとした騒ぎになりました。というのも、義母は義兄が買った戸建てに犬や猫総勢10匹以上と暮らしています。その動物たちの面倒を誰がみるのか? という問題があるわけです。

 結局、そこは長男である義兄が仕事を休んででも見に行くということで決着しました。正直、『息子(夫)が独身時代に滞納した住民税は門前払いなのに、動物の餌代はふんだんに使うんだな』と思っています。こんな感情にはなりたくないのですが」

◆誰にも頼れず、話を聞いてくれるのは…

 鹿賀さんが夫と離婚しない理由は極めてシンプルだ。

「嫌なところがないので、離婚は考えたことがないですね。義実家に対して思うところは少しありますが、結論を急ぐ必要もないと思っています

 そう話す鹿賀さんだが、税金の納付や借金返済に追われていたころの精神状態は「かなり追い詰められていた」という。

「先ほども言ったように親族の誰にも頼れないなかで、しかも旦那の逮捕というセンシティブな話を真剣に聞いてくれるのは、ネットの向こう側にいる人だけでした。ある男性と掲示板で知り合って、『住民税や借金返済について相談に乗る』というので会うことになりました。

 最初はアドバイスをいろいろ頂いていたのですが、そのうち『とにかく金を稼がないといけないから、二人でビジネスをしないか』と持ちかけられました」

◆“個人撮影モノ”を製作・配信してみるものの…

 男性が持ちかけてきた“ビジネス”は鹿賀さんのスレンダーな体型を利用したものだった。

いわゆる“個撮”(個人撮影)と呼ばれる、インディーズアダルトビデオを配信して稼ごうというものです。しかしうまくいくはずもなく、そのまま流れで何度も性的関係を結ぶ日々が続きました。週の半分はお互いの自宅を行き来して、完全に私は彼に依存していたと思います

 夫の突然の逮捕、非協力的で真剣に捉えようとしない義実家――寄る辺ない鹿賀さんがすがりついた藁は、孤独な人を待ち構える嗅覚を持っていた。

だんだん私の服装や言葉遣いなどに干渉してきて、行為中にも『演技指導』が入りました。冷静になって考えればおかしいのですが、当時の私は彼と離れるのが不安でした。彼は突き放すような言い方をしてはまた何らかの口実を作って連絡してきて、私にとって忘れることのできない人になっていきました。私から別れを切り出したこともありますが、『挙動不審さがなくなれば同居人としてはほしい人材』と言い出して、結局もとに戻ってしまったり……」

◆義実家について話したがらない夫に「もやもやする」

 だが別れは存外すぐに訪れた。夫の出所が近づくと、男性は自然に連絡が途絶えたのだ。現在は杳として行方は知れないという。

「渦中にいるとき、自分では冷静なつもりでいるんです。でもどこか普通ではない判断を下していますよね。旦那は私に対していろいろなことを話してくれるのに、義実家のことはあまり話したがりませんでした。『アンフェアだな』と思う気持ちと、『話してくれたら支えたのに』という気持ちが混在しています。旦那の逮捕以降、心がもやもやして、すっきりしなかったんです。満たされない気持ちを抱えながらもがくと、人生って前進できないようになっているんだと思います

 裏切られてどんなに傷ついても、時間は平等に過ぎる。本人さえ気づかないネガティブな感情を成仏させないまま突っ走れば、狡猾な人間に足をすくわれる。この春、刑期を終えた夫を迎えに行く鹿賀さんの胸にはそんな教訓が刻まれている。

<取材・文/ 黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

鹿賀とも子さん(仮名・26歳)