働き方や価値観が多様化する現在、リーダーのあり方が問い直されている。そんな中、アップルやナイキアウディといったグローバル企業で導入されているのが「牧場研修」だ。世界のビジネスエリートは、なぜ自然に学ぶのか? そこで培われるリーダーシップやビジネススキルとは? 本連載は、各国の牧場研修に参加し、スタンフォード大学で斯界の世界的権威に学んだ小日向素子氏の著作『ナチュラル・リーダーシップの教科書』(小日向素子著/あさ出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。 

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 第2回は、欧米で積極的に研究・導入されてきた「牧場研修」が、日本でも注目され始めた背景を解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 馬の群れが教えてくれる、多様性時代のしなやかな「リーダーシップ」とは?
■第2回 女性リーダー比率30%超の資生堂は、なぜ「牧場研修」を導入したのか?(本稿)
第3回 50代経営者が猛省、牧場研修で気づかされた「指示出し」の問題点とは?
第4回 なぜリーダーは「自分以外の存在を感じられる力」を身に付けるべきなのか?
■第5回 何をやっても無反応、馬を操れない研修参加者はどう窮地を乗り越えたか?(5月22日公開)

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世界のビジネスエリートが積極的に自然から学びを得る背景

 自然からの学びを重視するというスタンスは、欧米で積極的に研究・導入されてきました。

 スタンフォード大学医学部もその1つです。

 アメリカの医療機関では、「医師がカルテばかりを見て目の前の患者を見ない」といった問題が頻発しています。

 本来であれば、医師は目の前の患者を観察し、言語化されない内面を瞬時に汲み取って、適切に対応することが求められます。しかし、それが行われていないために、求められるケアができていないのです。

 そこでスタンフォード大学医学部は、「患者を機械的に扱わない」「医師としての感覚を研ぎ澄ます」「ストレス低減」といった目的で、2005年に牧場研修を導入しました。

 馬と感覚でやりとりをする体験を通じて、自らの感覚を研ぎ澄ましていくのです。同時に、集中力の強化も図るそうです。救急患者を受け入れた時は、医師の1分1秒の判断が生死を分けるため、「10秒を10分と感じるような集中力」が求められます。馬と対峙する経験を重ねることで、このような集中力を身につけるというわけです。

 世界の名だたるトップ企業、アップル、フェイスブック(現メタ)、ナイキアウディヒューレット・パッカード、セールスフォースなどでも、研修として取り入れた実績があります。

 経営者個人で利用したり、企業が役員研修や幹部候補生育成に利用するなど、様々な形で活用されているといえます。

 私が行っているナチュラル・リーダーシップを身につけるための牧場研修も、ここ数年、参加者が増えてきています。

 激動の時代において、多種多様な環境に対応できるリーダーシップは、組織、個人問わず必要とされており、自然から学びを得ることの大切さに気づき始めたのでしょう。

 最初に牧場研修を本格導入してくださった企業は、資生堂でした。

 幹部候補の女性社員がマネジメントや経営のスキルを学ぶ、育成塾の企画運営を担当していた田岡大介さんは、牧場研修を導入した理由を次のように語ってくださいました。

 社員の8割が女性であり、国内における女性リーダー比率が30%以上(2017年当時)であった資生堂も、女性リーダーの多くに「女性がリーダーをやるのは大変。男性のようにはできない。偉人でなければできない」といった「意識(思い込み)」 があったそうです。

「彼女たちのある種の思い込みを解きほぐし、意識変容していくには、決まりきった正解を真似ていくような研修ではなく、自分の個性や強みに自分自身で気づく、あるいは自分を縛っている価値観や思い込みに気づくことで、自分らしさをコアに据えたリーダーシップを発見、体現する必要があると考え、探していました。馬とのアクティビティを通じて、自分の思考だけでなく、身体感覚、感情に全身全霊で向き合う牧場研修こそが、ふさわしいと思ったのです」

 実際、研修を終えた幹部候補生たちの姿を見て、当時の社長はたいへん驚かれたそうです。ひと目でわかるほど、表情が変わっていたとのことでした。

 資生堂での導入を皮切りに、誰もが知る世界的大企業の日本支社がマネージャー昇格試験の要件として採用くださったほか、メガバンクの役員、日本最大規模の企業のグループの役員候補、起業家、戦略コンサルタントといったビジネスエリートの方々が、数多くいらっしゃるようになりました。

 才能はあるけれども型にはまりがちな「優等生タイプ」の幹部候補生の成長を促したり、若手との価値観のギャップに悩む50代役員メンバーの学び直しの場として、牧場研修が活用されることもあります。

 牧場研修で何を学び、何を得るかは、人それぞれですが、役員や幹部候補生の場合、それまでとは違った働き方ができるようになったケースが多々報告されています。

 組織としてチームビルドがうまくいったという事例もあります。オフィスとはまったく異なる環境で、仲間と共に感覚のやりとりをすることで、感情やプライドが原因で起きていた対立構造を解きほぐせるからです。

 最近は、俳優や漫画家、音楽家など、アーティスティックな仕事をしている方々も、牧場研修にいらっしゃいます。牧場研修を横展開し、ご自身と組織の成長のために活用されるケースもあります。『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』等の作品を世に出した著名な編集者佐渡島庸平さんは、非常に存在感のあるリーダーでした。

 起業家仲間と初めて牧場にいらした時は、強い態度で馬と接するシーンが目立ち、ほかのメンバーから、圧の強さをフィードバックされていました。この経験を通じて、佐渡島さんは、自分が無意識のうちに周囲にプレッシャーを与えていることに気づき、「 いかにして自分の存在感を消すか」「 どうすれば“いる”だけで相手の力を引き出せるか」を追求されるようになりました。

 その後も、年に数回のペースで牧場にいらしては、自身の状況を確認し、コントロールされているほか、牧場を自分一人の学びの場に留めず、会社の役員といらしたり、息子さんといらして親子関係の構築の場としても活用されています。

 自然は様々なことを気づかせてくれるのです。

<連載ラインアップ>
第1回 馬の群れが教えてくれる、多様性時代のしなやかな「リーダーシップ」とは?
■第2回 女性リーダー比率30%超の資生堂は、なぜ「牧場研修」を導入したのか?(本稿)
第3回 50代経営者が猛省、牧場研修で気づかされた「指示出し」の問題点とは?
第4回 なぜリーダーは「自分以外の存在を感じられる力」を身に付けるべきなのか?
■第5回 何をやっても無反応、馬を操れない研修参加者はどう窮地を乗り越えたか?(5月22日公開)

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