戦後、復興事業の一環として歌舞伎の劇場誘致を図り「歌舞伎町」と命名された新宿・歌舞伎町。当時それは実現しなかったものの、この地は現在、劇場や映画館が立ち並ぶ日本有数のエンターテインメント発信地として賑わいを見せている。そしてついに、歌舞伎町歌舞伎がやってきた。東急歌舞伎町タワーのTHEATER MILANO-Zaにて「歌舞伎町歌舞伎」が5月3日に開幕したのである。出演は中村勘九郎、中村七之助を中心とする面々。父である十八世中村勘三郎のチャレンジ精神を受け継ぐ中村屋兄弟は、庶民の生活に根付いていた江戸時代歌舞伎の良さを現代に蘇らそうと、古典を大事にしながら現代的なアプローチで様々な挑戦を続けている。「歌舞伎町歌舞伎」の宣伝として歌舞伎町ホストクラブのようなアドトラックが東京の街を走ったのも話題になったが、この“傾いた(かぶいた)”奇抜なアピールは、現代の歌舞伎役者のイメージ=古典芸能の従事者というより、本来の“傾奇者(かぶきもの)”歌舞伎役者の面目躍如といったところだろう。

『正札附根元草摺』より、左から)中村鶴松、中村虎之介

さて、「歌舞伎町歌舞伎」は、『正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり)』と『流星(りゅうせい)』という古典舞踊2演目と、この公演のために作られた新作歌舞伎『福叶神恋噺(ふくかなうかみのこいばな)』という3本立て。幕開きは『正札附根元草摺』。初春芝居として上演されることの多い“曽我物”(曽我兄弟の仇討を題材にしたもの)の一種だが、新しい場所での歌舞伎公演ということで縁起を担いでの演目であろう。中村屋の「黒・白・柿」の定式幕があくと、曽我物らしく富士山の描かれた油障子が目に飛び込み、たしかにおめでたい気分。その中で、今にも父の仇を討たんといきりたつ曽我五郎(中村虎之介)と、「今はその時ではない」と止める美しい女性・舞鶴(中村鶴松)の丁々発止のやり取りが、荒々しくも華やかな舞踊で展開していく。

『正札附根元草摺』より、左から)中村鶴松、中村虎之介
『正札附根元草摺』より、左から)中村鶴松、中村虎之介

共にまだ20代の虎之介と鶴松が、エネルギッシュでフレッシュな華やかさを見せながら、古典らしい重厚感もしっかりと表現し、魅せた。またこの劇場には花道がないため、通常は花道を使う場面で客席通路を使う演出も。客席のただ中で彼らが見得をきる臨場感は、離れた席から見ても一種独特の高揚感がある。

『流星』より、左から)中村長三郎、中村勘太郎

続いての『流星』は、前半と後半で趣がガラリと変わる面白い一作。前半は七夕の夜、年に一度の逢瀬を楽しむ牽牛と織女のロマンチックな恋模様が描かれる。パステルカラーの雲が舞台いっぱいに広がるファンタジックな世界の中、牽牛と織女に扮するのは、勘九郎の息子たち、中村勘太郎と中村長三郎。しっとりした恋の舞踊だが、まだ13歳と10歳のふたりが踊るとなんとも可愛らしく、微笑ましい。そこに飛び込んでくるのが、勘九郎扮する流星。彼は長屋に住む雷夫婦がケンカを始めたと牽牛と織女に注進する。

『流星』より、中村勘九郎

カミナリ様が長屋に住んでいるという設定自体が面白いが、夫婦の嫉妬に幼い子ども雷の仲裁、隣家の雷ばあさんまで登場する大騒ぎ。これを舞踊の名手・勘九郎がひとりで、コミカルにテンポよく演じ分けていく。4役をお面を取り換えつつ演じ分ける場合もあるが、勘九郎は手に持つ小道具のみで演じ分けるのが見事。中華テイストな神様の世界から、江戸の下町へと飛躍する大胆さも歌舞伎らしく、また親子三人の共演もほっこりとする、楽しい舞踊劇だ。

『流星』より、左から)中村長三郎、中村勘九郎、中村勘太郎

七之助と虎之介の相性ピッタリ! 人情と、笑いと、幸せな余韻が揃った名作が誕生

休憩をはさみ、最後は『福叶神恋噺』。上方落語貧乏神」をもとにした世話狂言の新作歌舞伎で、「貧乏神」を作った落語作家・小佐田定雄がこの歌舞伎版の脚本も手掛ける。主要キャラ・貧乏神のびんちゃんは落語のみならず、TVドラマフランキー堺が演じたほか、宝塚歌劇でも『くらわんか』『ANOTHER WORLD』と2作にわたり登場したことのある人気キャラクターだ。

『福叶神恋噺』より、左から)中村虎之介、中村七之助

物語は仕事嫌いの根っからの怠け者、大工の辰五郎が主人公。お金がないのに働かないため家はボロボロ、食べ物にも困るありさま。妹のおみつの婚約者にまで借金をして、おみつは怒って家を出ていってしまったが本人はどこ吹く風。そこへ忽然と現れた貧乏神のおびん。貧乏神は人間から養分を吸い取るものなのに、おまえには吸い取るものすらないから少しは働けと小言を言う。しかし「働かなくても貧乏、働いても貧乏神に吸い取られて貧乏になるのなら、働かない方がいい」と屁理屈を言う辰五郎。しまいにはおびんにまで借金をねだる始末。みかねたおびんは内職をし、辰五郎の世話を焼き……。

『福叶神恋噺』より、左から)中村七之助、中村虎之介

辰五郎を演じるのは虎之介。勇壮な曽我五郎から一転、言い訳ばかりなのにどこか憎めないダメ男を、愛嬌たっぷり、水を得た魚のように演じている。大きな目で上目遣いに借金をねだるさまは可愛らしく、まわりの人々がついほだされてしまうのも無理はないと思わせる説得力。落語では男である貧乏神は、本作では女性となり七之助が演じる。ボサボサの髪を嘆きながらも派手な着物を着けるユニークな貧乏神は七之助の華やかさが相まって可笑しみがあるし、年下の男に振り回されながらせっせと世話を焼く姉さん女房のような一面も可愛らしい。何より七之助と虎之介の相性がピッタリだ。途中、歌舞伎町ならではのお遊びも挟みつつ、気付けば大団円。辰五郎がどう心を入れ替えるのかは舞台を観ていただくとして、世話物らしい人情と、笑いと、幸せな余韻が揃った名作が誕生したことは断言しよう。

『福叶神恋噺』より、左から)中村鶴松、(中村かなめ)、中村虎之介、中村七之助

歌舞伎が初進出する新たな劇場での第一回公演にふさわしく、賑々しい門出となった「歌舞伎町歌舞伎」。歌舞伎本来の華麗さ、勇壮さ、楽しさの詰まった舞踊2作と、テンポよく楽しめる新作歌舞伎は、ご通家が観ても納得で、歌舞伎を見慣れない人が観ても楽しめるものになっている。縁起が良いとされる初物、しかも極上の初物だ。ぜひお見逃しなく。上演時間は休憩を含め2時間30分。公演は5月26日(日)まで。

取材・文:平野祥恵 写真提供:松竹

<公演情報>
歌舞伎町歌舞伎

2024年5月3日(金・祝) ~5月26日(日)
会場:東京・THEATER MILANO-Za

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2449437

公式サイト:
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/849

『福叶神恋噺』より、左から)中村勘九郎、中村七之助