
中国で、亡くなった愛人男性の精子と自分の卵子から作成した凍結受精卵を使って息子を出産したと主張する女性が、恋人の家族を相手取り、息子への遺産相続を求める訴えを起こしたのが2023年8月。
当時現地では大きな話題となり、判決の行方が注目されていたが、最近その判決が出た。広東省清遠市の裁判所は女性の訴えを棄却した。
女性は、凍結された受精卵に亡くなった男性の精子のものが使用されたという証拠、また男性が自身の精子を使って子供を作る許可を彼女に与えた証拠を提示できなかったのだ。
【画像】 男性の死後、愛人が凍結胚を使って子供を出産し財産を要求
2021年1月、中国で既婚男性のウェンさんが、交通事故で亡くなった。
その年の4月、広東省出身の女性、レンが、保存していた凍結受精卵(胚)を使い妊娠に成功し、同年12月に無事男児を出産し、シャオウェンと名付けた。
レンは、この受精卵が、ウェンさんの精子と自分の卵子によるものだと主張した。
そしてウェンさんの遺族に対し、子供には彼の財産の一部を相続する権利があるとして、2023年8月に裁判所に訴えを起こした。
レンは生まれた子供に対し、ウェンさんの生命保険や不動産、会社の株式を含む財産を相続させるよう主張したのだ。
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レンによると、男性が生きていた頃、2人はそれぞれ卵子と精子を採取し、受精卵を作成して私立のクリニックで冷凍保存していたという。
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男性の同意の有無が証明できず訴えは棄却された
女性の訴えを受けた広東省の青城市裁判所は、相続権を主張するには、男児が男性の法定相続人であることを証明する必要があると判断。
だが、レンはこの受精卵に使用されたのがウォンさんのものであること、受精卵を使って子供を作ることにウォンさんが合意したかを示す証拠を提示することができなかった。
また、ウォンさんの遺志を伝える遺言書なども一切残されていなかった。
さらに裁判所では、ウォンさんは既婚者であり、レンとは単なる愛人関係にあったと判断した。
ウォンさんの法律上の妻と息子の同意を得ずに、子供を作ったことは公序良俗にも反し、法律でも認められていないとの理由で、今回の棄却となったようだ。
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中国の現行の民法では、母親の胎内にいる胎児にも相続や贈与を受ける権利はあるとされている。だが、凍結受精卵については何も触れられていない。
認可を受けたクリニックでの体外受精は合法だが、その手続きには両親となる男女双方の同意が必要であり、今回のケースではその点が不明確とされたようだ。
冷凍保存した精子・卵子をめぐる世界各国の事例あれこれ
現在、不妊治療においては、配偶者以外の第三者から提供された卵子や精子を用いた体外受精も行われているわけだが、法整備がどれだけ進んでいるかというと、まだまだ不十分な国の方が多い。
ましてや提供者の死後、それも愛人が懐胎・出産したとなると、想定されていないケースがほとんどではないだろうか。

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2013年、中国の江蘇省で、凍結受精卵を保存していた夫婦が、交通事故で共に死亡する事件があった。その際、残された双方の親同士が、凍結受精卵の「相続」を巡って裁判で争うという事態になった。
翌年、無錫市の中級人民法院(地裁)では、将来「ヒト」となる可能性のある凍結受精卵は、物や不動産のように相続の対象にはならないとし、双方が共に凍結受精卵を管理し処置を行うようにという判決を下した。
これは、現行法では凍結受精卵の扱いに対する法整備が不十分なため、将来両親の死後における受精卵の位置づけが明確になるときまで、結論を先送りにした判決だとも言える。

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日本でも2006年、冷凍保存してあった夫の精子を、夫の死後に用いて体外受精を行い、その結果生まれた子供の死後認知を求めた訴訟が行われた。
このケースでも「夫の同意」が問題となったが、結局最高裁まで争われた結果、「現行法上では死後に懐胎した子供と法律的な親子関係が生じる余地がない」として、親子関係は認められないとの判断が下された。
一応「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」なるものがあるのだが、当然ながらこれは不妊治療を前提とした内容となっている。
今回のように不倫関係にあった愛人が、死後に凍結受精卵を使って妊娠した、などというケースは想定の範囲外だろう。

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最近では先月に行われた裁判で、出生時には生物学的男性・性自認は女性という人が、性別適合手術を受ける前に自分の精子を凍結保存。
この精子を使って生まれた子供が、生物学上の父親が女性になってしまったため、「父として認められない」という事例まで出てきているようだ。
また、アメリカでは今年の4月、アラバマ州の最高裁判所が、凍結受精卵を「子供」とみなすという判断を下した。
これにより、未使用の凍結受精卵の廃棄や破壊が罪に問われる可能性が出てきたため、リスクを回避するために、クリニックによっては不妊治療を取りやめる動きも出ているという。
法整備が急がれているものの……
今回の事件も含め、胎児になる前の受精卵に関する法整備は、「いのち」を定義づける必要もあり、倫理や宗教まで含む難しい問題だ。
同じ国・同じ文化圏の中でさえ、意思統一を図るのは至難だろうし、かといってこのまま問題を先送りにし続けていくわけにもいかないだろう。
なお、中国では今回の訴訟を起こした女性に対し、「お金のためなら何でもするのか」「子供がかわいそうだ。交渉材料として生まれてきたなんて」といった批判の声が殺到しているそうだ。
References:Chinese mistress uses frozen embryos to conceive son after lover’s death, sparks controversy over battle for inheritance / Frozen embryo inheritance court case dismissed / written by ruichan/ edited by parumo

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