電王戦に出るにあたって
 「面将棋した上で勝つ、というのが棋士の理想だと思いますが、それを両立するには物凄い実が必要で、まだ自分にはどちらも足りないと思います」
阿久津

AWAKEの持ち味は?
 「終盤での際どいぎで逆転もできるのが魅です。長引いてりのあるし手には自信があります」「勝敗には特にこだわっていません」
AWAKE開発者・巨瀬さん)

 阿久津とはここ10年ほど毎年数回、棋士仲間達でスノーボードに行っていたが、対局に専念したいという理由から、今年のは行かなかった。

衝撃の結末
 2勝2敗で迎えた電王戦FINAL第5局、東京将棋会館の大広間で行われた本局は、総手数21手、各5時間の持ち時間ながら対局終了時間は開始から僅か49分後の10時49分という衝撃的な結末で終局を迎えることとなった。(図1)

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 観戦記と言っても、対局についてれることは少ないので、対局までのサイドストーリーなどを交えながらお伝えしたい。
 私自身は第2回で佐藤慎一五段対Pоnanza、第3回では豊島将之七段YSSの対局で解説を務めさせていただいた。また8年前に行われた、棋士コンピューター戦の先駆けと言われる渡辺明竜王(当時)対Bоnanzaの一戦でも将棋連盟映像班として撮影用ビデオカメラの横で対局を見守らせていただいた。
 コンピューター将棋の実は年々覚ましい進歩を遂げていて、今やトップ棋士でも苦戦を強いられる状況となっている。

2八の位置付け】
 電王戦レギレーションの1つとして、対戦するソフト棋士に貸し出す、貸し出してから開発者はソフトに強化などの手を入れないという条件が定められている。終局後の会見ではこのレギレーションについて様々な意見が出て議論の対となったが、定められたルールなのでここではひとまず触れないでおく。
 阿久津ソフトが貸し出されたのは、対戦する棋士が発表されてから4回に渡って行われた勉強会の2回の日。12月12日のことである。
 ちなみにこの日の勉強会は対局者へソフトを貸し出した上で、コンピューター将棋に精通している西尾明六段により、ソフトの使い方などのレクチャーが行われた。西尾六段は電王戦を通して、棋士達へのアドバイザー兼分析係を担当した。分析については第4局の観戦記でも触れられている。

 阿久津ソフトを受け取ってから、様々な戦で対戦し、AWAKEの特徴を掴んでいった。AWAKEコンピューター同士の対戦では居飛車オンリーだったが、電王戦用に振り飛車も解禁するプログラムに修正をしていた。巨瀬さんにそのことを聞くと「的を絞られない様にするというよりは、せっかくなので色々な戦で戦ってみたいと考えた」とコメントをしてくれた。
**巨瀬さんのコメントは全て終局から会見までの合間に聞いた話を元にしている。**
 阿久津は得意戦法である相掛かりや換わりをメインに対戦を重ねていったが、同時にコンピューターの弱点と言われる形も試していった。貸し出しから3、4日くらいに、本局でも登場した2八と打つことに気づいたという。
 この2八戦法は「将棋ウォーズ」というスマートフォンメインとした対戦アプリで搭載されているPоnanza対策として、ユーザー達が編み出したコンピューターの弱点を突いた対策の1つだ。

 阿久津2八戦法を最終手段として視野にいれつつも、相掛かりや換わりの戦練習を重ねていく。しかし勝率は上がらず、コンピューターの強さを実感させられる事が多かったと言う。
 特に換わりでは圧倒的に負かされ続けた。2月24日郷田真隆九段対阿久津八段(王座戦)の観戦記を担当した際、局後に二人で打ち上げと称して軽く一杯飲みに行ったのだが、その時に普通すと勝率が悪い事と、2八が通用する可性がある事を教えてくれた。その週末にニコ生で「電王AWAKEに勝てたら100万円!」という企画が行われたが、「実行する人が出たら、100万円取られちゃいますよ」と予言していて、その通りになったので驚いた。その時は採用するかまだ決めかねているようだった。3月17日は二人とも対局だったので、食休憩にご飯を食べに行ったが、その時も作戦を決めかねていた。

 結局、本局の2週間前、稲葉陽七段が函館・五稜で敗れて対戦成績が2勝1敗となった時に2八戦法を採用することを正式に決めたという。
 そして本番1週間前に分析係の西尾六段に伝えて、阿久津が組み立てた対策を元に二人で相談していった。

 普通に対戦しても勝率が悪い。AWAKEの強さを認めて、貸し出しも含めて与えられた条件で勝ちをすことが一番重要、との考えのもとに遂行された作戦である。 棋士側の総大将という重大な責任を全うするために取った苦の策だ。
 弱点があると知っているのに普通に戦って負けたとすると、最善を尽くしていないと言われるかもしれないし、コンピューターの弱点を突いて勝つのがプロらしい戦い方なのか?と責められるかもしれない。結局、何をしても議論を呼ぶ事になるのであれば「勝つための最善」を尽くそうという結論に至った。

【巨瀬さんのAWAKE開発】
 巨瀬さんは仕事が終わって、22時から深夜1時までの約3時間をコンピューター将棋開発に費やしている。毎日コツコツと地にだ。
 プログラムを組んで、対戦学習をさせながら強くしていっている。前述の「際どいぎで終盤に逆転できる」という魅的な持ち味も、学習の成果で最初から意図した物ではないという。
 ただ、この持ち味は非常に気に入っていて、今後も強化していきたいとのこと。それ以外にも攻めを磨いて、PоnanzaやNDF(NineDayFever)の様に攻めで積極性を持たせたいともっていた。
 ただし強くしたいと考える部分が簡単に強化できないのも開発に苦労する部分。千局単位で統計を採ってみても、その度に誤差も大きくて、なかなか強くならないどころか、弱くなっている場合の方が多いと言う。これはどの開発者も抱える悩みなのだろう。限られた時間の中から、コツコツと強化する現状なので、まとまった時間は中々取れずに、大幅な強化、良をする事ができない。対コンピューターコンピューター選手権と、対棋士電王戦では開発の軸が違うのだが、時間の関係上で両方を万全にする事は難しい。どちらかというと本分である対コンピューター用に照準を合わせた開発を重視せざるを得ない現状となっている。そこに評価値関数などの問題から、コンピューター同士の戦いでは出現しない弱点(2八戦法や意味を持たない不成など)が露呈してしまうのではないだろうか?
 痛し痒しかなと感じた。

【作戦遂行の裏側】
 阿久津は採用を決める前からも2八戦法の事について、色々と試していた。100%遂行できる形は見つからなかった事を考えると、作戦面でかなり工夫が必要となる。
作戦実行の条件として、
2八を打ってこない対策を万全にする
②手順中に悪手や疑問手はさない
2八を打たせる局面になったら、手待ちをして2八の判定回数を増やすが、攻められそうになったら、待機策はやめて3九玉~3八から玉を囲って戦いに備える。
 という事が挙げられる。

 最初の課題は、7六歩3四歩6八飛の時に3二飛(参考1図)と相振り飛車にしてくる可性が2025ある点。

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 出だしからこんな確率では2八戦法だけに頼る事はできない。特に相振り飛車阿久津にとってし慣れていない戦法なので、構想が破たんしてボコボコにされる確率が高い。ただし相振り飛車について研究を進めていくと、AWAKEは序盤の手得を重視する傾向にあるので、参考1図以下2二同飛)6五5四同歩5三(参考2図)とを作れる展開が多かったそうだ。

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 経験値の低い相振り飛車ながら、序盤々にを作れて十分に勝機の高い戦いができる事が本作戦を選択する決定的な決め手となった。ここが本局に置いて、見えない部分だが最も重要な位置を占めていると感じた。
 私は隣の建物の中にある取材本部の最前列で西尾六段と並んで観戦していたが、6八飛を観た時に二人で「ギャンブルだね」と話していた。実はそれほど実現性が高くないからだ。

 実戦では25確率を回避して、8四歩と突いてきた。しかし2八までの程はまだまだ遠い。次の課題はどちらから交換をするか。
 本譜は後手から交換をしてきたが、練習では交換をして来ずに先手からする場合も多かった。先手から2二成と交換をする場合は、同玉と取らせて1二香から穴熊す形でないといけない。だと2八を打って来ない場合がほとんど。AWAKEは7~8筋から攻勢を取ってくる。本局のタイミングで後手から交換をしてきたのは、練習では1回もなかったという。先手は一手でもく形を作っていきたいので、後手から手損での交換は大歓迎だ。
 しかも2二ではなく、2二玉を選択してくれた。ここでも確率阿久津の味方をした。

 次は5四歩を突くかどうか。例えば5四歩を突かずに1二香2七と進むと5四(参考3図)と打って取り&六角を狙う場合が多い。後手もを手放すので、形勢的には互の展開だが懸念材料の1つだ。

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 2七と上がった局面でセット了。後は2八と打てる状態を維持して、判定回数を増やしていく事が重要だ。不思議なことに7七と上がると打たない率が上がるらしい。しかも線がに行くので、8五歩~7四歩~7三6四と7~8筋を攻める体勢を取ってくる。
 7~8筋を攻められる形での2八は、例え打たせたとしても分が悪いとの分析が阿久津西尾六段の間でされていた。また巨瀬さんの談話でも7~8筋を攻める形であれば投了はしないし、十分に戦えると話してくれた。

 果たして、9六歩と突いたタイミング2八(図2)と打ってきた。

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 実はこの2八は短い持ち時間の将棋であれば80くらい打ってきたが、長い持ち時間だと4~5分は2八を考えているが、そこから先の探索では2八をやめて穴熊に囲ったり、7~8筋を攻める体勢を作ってくる事の方が圧倒的に多い、と分析されていた。本局は先手にとって、後手は穴熊に組んでいないし、7~8筋の攻撃態勢も全く進んでいないという、最高の条件で2八が出現する事になった。

 振り返って初手から作戦遂行について考えると、2八を打つ形になる可性は10ないくらいで、本局のような先手にとって最高の条件でとなると、1もない確率だったのではないだろうか?
 論理立てて分析していくと、2八戦法を標に対策を組み立てつつも、メインは別の形になる事を中心に考えていることが分かる。

 開発者の巨瀬さんも勝ちが全くないと考えて投了という選択をした。後日、阿久津に聞いてみたところ「投了図からはほぼ100%、いや98勝てると思います」と言っていたし、彼の実を考えるとその通りだろう。

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 投了図以降は分かりやすく進めると1九3八玉1二香5八1一玉4六歩2二1七3一4八5二6九飛(参考4図)と進んで、条件でが取れる。

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 手順中の4六歩は3五歩から3六歩と暴れてくる順に対して4七で防ぐ意味がある。
 投了後にコンピューターの思考を見ると、1九成に3九玉から3八と読んでいたので、を取られることには全く気付いていない事になる。まあ投了を入したのが15し手の探索は1221パターンなので、あまりに探索時間が短く、どこまであてになるのかは分からないが。
 玉の近くにを作る事の評価が高いのと、少し先に決定的な手があるのを読む事が難しいという理由による弱点だ。評価関数をいじれば2八の問題は解決できるが、他のところでマイナスの影が出ることになるのかもしれない。

【終局後、全体の考察
 バグ、ハメ手、をつく、弱点をつく等々、2八戦法を色々な表現でにしたが、評価関数特有の問題なのでバグではない。にした方が感じた感想なので、とやかく言うつもりはないが。
コンピューターは強いというところから始まった2八戦法を視野に入れた対策は、稲庭戦法の様に人間相手には悪手になるがコンピューターには滅法強いという、純なハメ手やアンチコンピューター対策とは一味違う。
 貸し出し有りという条件の元で弱点を視野に入れながらの、想定から外れた場合でも通用する事を意識した作戦はプロ棋士ならではだと思う。ただし、この様に裏側で当日の8時半まで西尾六段と作戦遂行の準備でメールのやり取りをしていたという、阿久津の準備が万全だった事を賞賛したい。
 もしも2八を打ってこなかったとしても、午後からのエキシビションマッチで永瀬六段と戦ったように、ほぼ互の展開で戦える明も果たしている。「千日手を視野に入れると、先手としては互だけど少し不満があるくらい。AWAKE千日手を選ばずに、穴熊を崩して攻めてきたり、自を打って攻めてくるので、先手としてもまずまずな展開で戦える」とのこと。

 巨瀬さんはAWAKEが傷ついていく事を分かっていたので、いたたまれない気持ちで投了を選んだのではないか。際どいぎ、終盤の破壊りのあるし手、AWAKEの持ち味が全く出ない展開に、開発者としての悲痛な想いはひしひしと伝わってくる。また奨励会経験者として、プロ棋士を志した者として「プロ棋士とはこうあるべき」と、っ向勝負で戦ってほしいし、知っていたとしても2八戦法はやってこないのではないか?と考えていた。巨瀬さんが描く棋士の理想像とは違う勝負だった事が、あの会見に繋がったと思う。

 私が話をした時に受けた印は、将棋に対する情が溢れていて、ただただ純な気持ちでコンピューター棋士将棋真理に一歩でも近づいて欲しいと心の底から思っているようだった。
 奨励会という場所は、ひたすら純将棋の事だけを考える場所だ。プロになって初めて、観る人が居て成り立つ事、信念を持って戦わなくてはいけない事、将棋って楽しい!と思わせるような魅せる将棋さなくてはいけない事、勝たないと注されない事、等々が付随してくる。矛盾する事も多く、葛しながらの対局となる。
 冒頭のコメントもそうだが、阿久津プロ棋士人生を通しての電王戦と、巨瀬さんの奨励会経験者で開発者としての想いは噛み合わなかったが、異種格闘技戦と考えると全うな事ではないだろうか?
 あんなに注される会見は、棋士にとっては慣れた物だが、巨瀬さんにとっては初めての経験。
 巨瀬さんの開発者としての成長を温かく見守っていきたいと感じた。純さを大切にしてほしい。

【まとめ】
 会見が終了した後にツイッター豊島七段が「強くなければ何も選べませんし、圧倒的に強ければ複数の要素を両立できるので、やはり実をつけたいと思いました」と投稿していた。冒頭の阿久津の言葉とほぼ同じ意味なのだろう。どちらも心にく。魅せて勝つ事の意味と難しさを棋士は常に考えている。

 聞き手やリポーターとして関わることの多かった藤田綾女流初段と山口恵梨子女流初段にも話を聞いてみた。
電王戦をきっかけに将棋興味を持ったというを良くにします。観てくださった皆様は色々な感想をお持ちだと思いますが、対局者の棋士、そして開発者の一局に懸ける想いが画面越しに伝わったと思います。コンピューターとの「共栄共存」はどうなっていくのか、引き続き興味を持って、そして将棋界に注していただけたら嬉しいです。」(藤田さん)
「今回感じたことは各々の地方で対局を行うという事で、現地解説会はどこも盛り上がっていました。特に高知県では年齢層が高めの人達が、コンピューターとの対戦というよりも将棋の対局そのものを楽しんでいる姿が印的でした。コメントを書く視聴者層は若年層が多く、将棋を楽しみにするだけではなく、コンピューター線で進化を楽しみにする方も多いように感じました。また将棋の強さを競う面に加えて、開発者と棋士職業による価値観の戦いでもあり、既存の将棋界の価値観と新しい価値観がぶつかり合っていると思いました。」(山口さん)

 彼女達はこの電王戦に関われたことが嬉しいと口をえて言っている。また電王戦を担当した職員は「苦労話や裏話で一冊の本が書けるくらい。今回の(将棋連盟側の)MVPは分析を担当した西尾六段だと思います」と言っていた。
 本、ぜひ出してほしいですね。

 全てうまく行って、賞賛だけの電王戦FINALだと、ドワンゴの「ニコ生」で行う意義はいように思う。様々な議論や課題を残してこそ、電王戦を行う意義ではないだろうか。ドワンゴ川上会長の「ルール今日の結果も含めて大成功だったと思う」の発言に繋がるのではないだろうか。
 また視聴者の皆さんもコンピューター、開発者、棋士将棋ニコ生に対して想いを持って観ている、一緒に戦っているのだなとめて感じた。まさに参加

 今回、運営や設営に関わってくださった皆様、スポンサーの皆さま、対局者、興味を持って観て&来ていただいた皆さま、そして何よりもエンドロールでも最後に出てくる「コメントしてくれた皆さま」に感謝して観戦記の筆を置きたいと思います。
 会見では発表に至りませんでしたが、今後もドワンゴ将棋連盟での企画は続いていくはずなので、そちらも楽しみにしてください。

 書き始めると思わぬ長文になりましたが、お付き合いいただきありがとうございました

関連サイト
・[ニコニコ生放送]将棋電王戦FINAL 第5局 阿久津主税八段 vs AWAKE - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv199947253?po=news&ref=news