最愛の伴侶を失うことによるダメージは、思っているよりも非常に根深いものです。さらに、そのような人たちの悲しみに、日本の年金制度が追い打ちをかけているという声も。一体なにが問題なのでしょうか? 本記事では、Aさんの事例とともに遺族年金の仕組みとその対策方法について、合同会社エミタメの代表を務めるFPの三原由紀氏が解説します。
ある日突然、妻に余命宣告…自暴自棄から体重120キロへ
51歳のAさんは県庁勤めの公務員、年収1,100万円の安定した生活を送っていました。ただし、2年前に最愛の妻B代さんを失ったことで、Aさんの人生は一変してしまいます。
暴飲暴食と薬の影響で、現在の体重は120キロまで増えてしまい、うつ病で休職中です。いまの姿からは見る影もありませんが、学生時代のAさんは山岳部に所属していました。就職してからは、業務に明け暮れる日々でしたが、それなりに充実していました。
そんなAさんに転機が訪れたのは40歳のときです。親からの結婚攻撃に根負けし、参加したお見合いパーティーでB代さんと意気投合。きっかけはB代さんが登山初心者と聞き知り、2人で日帰り登山を楽しむ仲に発展したのです。両家の親の後押しも強く、とんとん拍子で結婚へゴールインしました。
B代さんは2つ年下で結婚時は38歳、いわゆる妊活で「38歳の壁」などともいわれる年頃でしたが、2人で話し合いを重ね、子供を持たない人生をともに歩もうと決断したのです。共働きのため、平日は激務で言葉を交わす間もないほどでしたが、休みのときは、趣味の登山を一緒に楽しみ、リタイアしたら山の近くで暮らしたいね、と将来の夢を語り合っていました。
ある日のこと「疲れがなかなかとれない」B代さんがたびたび口にするようになり、Aさんは医療機関の受診を勧めました。予期せぬ妻のがん罹患と余命1ヵ月の宣告でAさんの人生は冒頭のとおり一変してしまったのです。
3回忌が終わってもAさんは喪失感から抜け出すことができませんでした。仕事のパフォーマンスも低下、ストレスからの暴飲暴食で暮らしも荒れていきました。職場でもAさんの体重増加が話題となり、同僚からの心配の声が増える一方。当然趣味の登山もいけなくなりました。なんとかしなければとメンタルクリニックに通うようになったものの、自身の体型に対するコンプレックスも深まっていき、ますます外に出るのも億劫に……。
遺族厚生年金の男女差に憤然するも…後の祭り
実はAさんの絶望感を深めた要因のひとつには遺族年金制度の理不尽ともいえる仕組みもあったようです。
B代さん亡きあとの手続きで、Aさんは遺族年金の請求を行うため年金事務所に足を運びました。B代さんは、就職してから26年間に渡り厚生年金保険料を納め続けてきたのですから、遺族になんらかの給付があるはずと思っていました。しかし、Aさんに遺族年金を受け取る権利はないと聞かされ「そんな……。これでは払い損じゃないか」と憤りを感じたのです。
ここで現在の遺族年金制度の仕組みを簡単に説明しておきましょう。遺族年金は公的年金の加入者が死亡したときに、死亡者と生計維持関係がある遺族が受け取ることができる年金です。生計維持関係とは、生計を同じくしていること、収入要件を満たしていること(前年の収入が850万円未満、または、所得が655万5,000円未満である)です。
つまりAさんの年収1,100万円では収入要件を満たさないため、遺族年金を一銭も受け取れないのです。では、Aさんの年収が下がった場合、遺族年金を受け取れるようになるのでしょうか?
仮にAさんが無収入になった場合でも遺族年金を受け取ることはできません。正確にいうと、遺族年金には2つの年金、遺族基礎年金と遺族厚生年金があります。厚生年金に加入していた妻が亡くなり、かつ、子ども(18歳未満、あるいは20歳未満で障害年金を受け取っている)がいない場合、夫が受け取る年金は遺族厚生年金のみになります。
特筆すべきことは、遺族厚生年金を受け取る条件の男女差です。Aさん、つまり妻を亡くした夫の場合、対象は夫の年齢が55歳以上、60歳からの受給開始になります。Aさんは妻死亡時に49歳でしたから遺族厚生年金の対象外となり一銭も受け取れなかったのです。
これは、年金制度の設計が「夫が働き、妻を扶養する」といった昭和的な社会経済状況のもとで行われているため、実情に合わなくなっているといわざるを得ません。
共働き夫婦は「妻亡きあと」も対策を
2024年7月3日に5年に一度の公的年金制度の財政検証結果が公表されました。前述の遺族厚生年金の男女差については見直しの方向で進んでいます。ただし、現行の制度の仕組みは次期改正が施行されるまで続きます。
今回のAさんのケースを踏まえて、共働き夫婦において、妻が万が一死亡したときのリスク対策をしておく必要は明らかです。具体的には妻死亡時の収入喪失に対して、死亡保障を定期保険などの加入で対応するのです。
なお、今回のAさんのケースでいうならば、経済的リスク以上に精神的ダメージが深刻です。「痩せなきゃいけないのはわかっている、でも、必要以上に食べて、飲んでしまう、勤務先でも痩せるようにいわれてるのに……。こんな歳になっても自分を律せないなんて。ああ、あの頃に戻れたら……」と生来の生真面目さや自分に厳しい性格が仇となっているようです。
大きな喪失体験に伴う深い悲しみや空虚感などさまざまな感情は人間にとって自然な反応です。特にAさんは、妻の体調の変化にもっと早く気づいてあげていたらと自責の念が強いようです。Aさんのように悲しみが強すぎて日常生活に支障が出ている場合は専門家のサポートを検討すべきでしょう。
グリーフケアという言葉を聞いたことはあるでしょうか。グリーフとは日本語で「悲嘆」を意味します。グリーフケアは遺族ケアともいえます。診療科でいえば、精神科で遺族ケア、家族ケアなどと掲げているのが目安になります。死別から立ち直りまでの期間は人それぞれです。Aさんの心身が健やかになることを願ってやみません。
三原 由紀
合同会社エミタメ
代表
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