福岡市発祥のラーメン店「一蘭」で働く社員には、基本的に肩書や役職がない。

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 理由は、年齢や上下関係などに気を遣うことなく、風通しの良い組織にしたい。そうした思いがあるからだという。今回インタビューした一蘭ホールディングスの山田紀彰氏は、事業統括責任者という立場だが、名刺にはHR、給与、財務などと役割だけが羅列してある。

 これだけではない。その他にも一蘭の組織運営には独自性がある。それが企業としての強さの源泉になっているのだろう。前編【ラーメン業界の革命児「一蘭」幹部に聞く 最高益をたたき出した「3つの要因」】に引き続き、具体的に見ていこう。

●100以上の項目から成る「フィロソフィル」

 同社には現在、670人ほどの社員がいるが、その多くが店舗アルバイト出身である。

 山田氏も学生だった20歳の頃、アルバイトとして働き始め、そのまま就職して社員になった。4年ほど店舗スタッフを経験した後、店長に昇格。福岡市内の店を転々とした。そして約15年前に財務・経理の担当として本社勤務となり、今に至る。

 なぜこのようなたたき上げのキャリアを重視するのか。それは「理念教育」と関係する。

 「会社の理念を理解した上で、それを接客や調理など店舗の運営に生かしていくことが求められます。(アルバイトで)長く働いてくれている方や、入社意欲がある方は会社に対してもう既にロイヤリティーが高いし、われわれとベクトルが合っているので、こちらとしても教育がしやすいのです」

 一時期は外部からも意識的に人材を採用していたこともあったが、「こんなはずではなかった」といったミスマッチも少なからず起きていた。そのような背景もあり、結果としてアルバイト出身者が大半を占めるようになっている。

 では、その理念教育とはどういうものか。

 一蘭には「Philosophy'll(フィロソフィル)」という言葉がある。これはPhilosophy(哲学)とWill(志)を掛け合わせた造語で、吉冨学社長が考案。「何のために事業を行うのか」「どのようにして仲間を導いていくのか」など、企業としてのあるべき姿を説いている。

 フィロソフィルの詳細については非公開だが、実に100以上の項目があるそうだ。社員は毎日その中から一つを選んで、日報などに書き込むことをルーティンとしている。

 また、店では始業前に「私たちの生活は一人のお客さまがわざわざ足を運び、一杯のラーメンを食べていただくことで成り立っています」というような唱和を行うそうだ。さらに同社には、「See The World」という社歌もある。

 「こうした取り組みが徐々に馴染んでくるんですよね。その上で行動に現れて、プライドに変わるんですよ。例えば、ミスをそのままにしていてはいけないとか。仕事にこだわりが生まれてきて、職人気質のようなスタッフが育っていきます」

 日常のこうした取り組みによる理念の浸透が、一蘭の組織をより強固なものにしている。さらに言えば、フィロソフィルの共有なくして、真のビジネスパートナーになることは難しいのかもしれない。これは店舗運営にも通じる話で、国内外全てフランチャイズではなく直営店である。

 また、海外店舗は日本と同じスタイルで、味も基本的には変えていない。それでも、米国、香港、台湾それぞれの国で受け入れられている。特に台湾での人気は絶大だ。

 「2017年に1店舗目をオープンしました。その当日は雨でしたが、お客さまがかなり並んでくださっていました。それどころか、この24時間営業の店には13日間、行列がいっさい途切れず、常に満席状態が続いていました」

 なお、台湾では物価高に関するニュースを報じる際、しばしば物価指数として一蘭のラーメン価格が引き合いに出されるそうだ。それだけ現地の人々の生活に深く入り込んでいるのがよく分かる例だろう。

●数字を追わない

 前編の記事で見たように、一蘭は業績好調である。経営陣はさぞかし数字目標に厳しく目を光らせているのではないかと思っていた。ところが同社には「数字を追わない」という考え方があるそうだ。具体的に言うと、利己的な欲で数字ばかりを追いかけ、もうけを優先するような考えを排除している。

 山田氏はカップ麺「一蘭 とんこつ」の商品開発を例に挙げた。

 「引き合いは強く、コンビニと組めば一気に稼ぐことができたかもしれません。でも、私たちはそれを好まなかった。だから時間をかけて自前で開発し、納得のいくものができるまでオファーを断りました。当社には食品研究所というチームがあって、そこが何年もかけてスープもタレもこだわって作りました。具材の議論も当然しましたが、フリーズドライのような中途半端な具を入れるのであれば、当社の味だけで勝負しようとなりました」

 目先の利益をとらないという考え方は、経営陣に限らず、末端の社員にまで行き届いている。

 「当社は接待禁止ですし、モノをもらうのも極力お断りします。年賀状も出しません。このスタンスはそういったところから来ているのです」

 株式上場もする予定はないと断言する。そこまで徹底するのは、自らのアイデテンティティが損なわれないようにするためだ。理念を守り、唯一無二の存在であり続けることが、会社の発展にとっても不可欠だと考えている。

 一蘭のWebサイトには、次のような一文がある。

 「幸せ満ち溢れた高い人間性を持つ人を育み、世の中に喜びや価値を提供します」

 一杯のラーメンでこれを体現する。創業以来、今までそれを愚直に続けてきた。結果、福岡から全国、そして世界中に広がって、多様な人たちに愛されるまでになった。この哲学と志は今後もブレることはない。

(フリーランス記者 伏見学)

一蘭ホールディングスの山田紀彰氏(筆者撮影)