ネット通販の普及により宅配荷物が急増し、宅配業界では人手不足が深刻化している。最も手間のかかるのがマンションなどへの再配達だ。
その課題に対し、インターネットに接続可能なインターフォンと、居住者の不在時に荷物を保管できる宅配ボックスをつなぐことにより「再配達ゼロ」にしようという野心的サービスが発表された。売り出したのは、海外ブランドのインターフォンの総代理店などを手掛けるDOORCOM(ドアコム、東京都港区)。この革新的なDXの取り組みについて松井伊織社長に聞いた。
●顔認証技術を活用 売り上げは毎年2倍増
松井社長は海外留学を経て、建設設備会社の3代目として建築設備設計・施工の経験を積み、資格を取得した。8年前にIPインターフォンと出会い、日本のマンションにIPインターフォンが使われていないことから、この将来性に着目。海外ブランドのIPインターフォンの総代理店となり、代理店網を使って全国向けに販売を開始した。
多くのマンションでは、オートロックによって住人の部屋の開閉がされている状況だ。そこで松井社長は「当社のインターフォンでは、顔認証によって部屋の開閉ができます。鍵を忘れたり紛失したりして部屋に入れなくなるリスクもなくなります」と、自社のインターフォンに顔認証を採用しているメリットを強調する。
「当初は、指紋認証を使っていました。その後、北海道地区で経験した冬に手袋を取って認証する不便さや、コロナ禍によって非接触が求められたため、顔認証を採用しました。現在、同じ顔認証によって宅配ボックスを開けられるなど、他の機能とも連携させる予定です。そうすることによって物理的な鍵をなくせるため、入居者の利便性だけでなく、管理会社の鍵管理の負担も軽減できると思います」
住人だけでなく、マンションの管理会社にも重宝されているという。
「管理しているマンションにわざわざ行かなくても、管理会社は居住者の入退去をクラウドサービスによって確認できるので、鍵の回収の手間が要りません。インターフォンを操作した人物の履歴が全て記録されますから、セキュリティ上の安心感も高まりました。結果この3年間で、IPインターフォンの売れ行きは毎年倍増しています。以前は既存のインターフォンを交換することが多かったのですが、いまは新築で導入するのと半分ずつになり、現在は全国のマンションやオフィスなど約1800棟、2万室に導入されています」
●「人手不足倒産」が増加
宅配業界では人手不足という課題がある。特にトラック運送業は国民生活と経済活動を支える重要な産業だ。いわゆる「2024年問題」を受けて4月、ドライバーの時間外労働の上限規制が適用された。働く時間が規制されたため、ますます人手不足が深刻化している。鉄道貨物協会によると、2028年には27.8万人のドライバーが不足するという。
運送業のドライバーは高齢化が進む。女性や外国人労働者で賄うのが難しい職種だけに人手の確保が難しい。この人手不足によって会社経営にも、すでに厳しい影響が出ている。帝国データバンクによると、2024年上期(1~6月)までで、運送業界の倒産件数は186件。前年同期より39.8%も増えていて「人手不足倒産」が増えている状況だ。
中でも宅配業界は、ネット通販でショッピングをする人が増えているため、荷物の取り扱いも増え続けている。2022年度で年間取扱個数が50億個を突破。増加傾向が続く。
●国交省も再配達で対策
国土交通省は、トラック運送業のドライバーの上限労働時間規制に踏み切った。しかし、これだけでは人手不足問題が解消されず、将来的にはドライバー不足により宅配の荷物が届かなくなる状況も懸念されている。特に再配達問題は解決する決め手がなく、宅配業界の非効率性の「代表格」となっている。
再配達の割合は共働き世帯が多い都市部が高く、国交省によると2023年10月時点で11.1%と、前年同期と比較して0.8ポイント下がったという。政府は2023年6月の関係閣僚会議「物流革新に向けた政策パッケージ」で、2024年度までに再配達率を6%に下げる目標を掲げた。コンビニ受け取りや宅配ボックスを使うなど多様な受け取り方を推奨することにより再配達率をさらに下げて、宅配ドライバーの負担を軽減しようとしている。
宅配会社側でも、取り組みは進む。ヤマト運輸は合弁会社運営の宅配ロッカー「PUDO(プドー)ステーション」を、駅や商業施設に約7000台設置した。日本郵便は、ローソンなどコンビニ約3万カ所で荷物を受け取れるようにしている。
●解決策にならない置き配
面倒な再配達を少しでも減らそうと、受け取り主の住人がいなくても、マンションの部屋の前などに配達物を置いておく「置き配」に踏み切る大手の配達業者が増えている。ヤマトは6月から開始。佐川急便も9月から実施すると発表した。
ただ部屋の前に置くと、盗難されるリスクがあるほか、荷物の伝票に書いてある電話番号など個人情報を他人に見られてしまう恐れもある。このため、特に若年層の女性などには拒否反応もみられるという。
消費者庁も置き配によるトラブルが増加しているとして注意を呼び掛けている。ネット通販で商品を注文する際には、初期設定が置き配の設定になっている場合があることに加え、誤配や盗難にあった場合の連絡先や損害の補償がどうなっているかを事前に確認しておく必要があるという。このため、置き配は再配達を減らす解決策にはならないという見方もあり、抜本的なソリューションが求められていた。
●インターフォンと宅配ボックスを連携
そんな中、松井社長は再配達で困っている宅配業者のソリューションになるのではないかと、IPインターフォンと宅配ボックスをつなぐ必要性に気付いた。
「最近は高級ブランドの靴をECショッピングで購入するなど、高価な品物をネットで購入する時代になってきました。マンションにある宅配ボックスにきちんと品物が届けられるシステムを作りたかったのです」
行政の推奨もあって宅配ボックスの設置は増加しているものの、その効率的な利用という面では課題がある。この利用率を上げようと、居住者のスマホと宅配業者をつなぐ取り組みには多くの企業が注力している。DOORCOMでは宅配ボックスと自社のシステムを一気通貫で結ぶ効率的なシステムを開発した。
このシステムは、マンションの住人であればスマホにアプリやLINEの公式アカウントに登録するだけで簡単に利用できるようにしている。配達業者がボックスに荷物を入れると住人に通知が届く。荷物の取り出しが完了した際にも通知が入る。ボックスに荷物が届いている時、帰宅時にマンションの玄関で認証をした際に、玄関の画面に通知が表示される。
こうすることにより、送り先の住人に確実に荷物が届けられて、不在表を届けて再配達になる可能性がゼロになるのだ。置き配のように荷物が他人に見られることもないので、安心感が高いという。
●宅配ボックスの“事前占拠”はびこる グレーゾーンの争奪戦
マンションの戸数に対して宅配ボックスの数が足りていないため、いま多くのマンションで起きているのが、宅配業者による宅配ボックスの“奪い合い”だという。実際に東京都中央区のマンションの住民は「ある宅配業者は、配達する前に許可なくカラの宅配ボックスを確保しようとして、複数の空きボックスを“事前占拠”していた」と話す。
松井社長は「DOORCOMのシステムでは、箱の中にセンサーを内蔵しているため、荷物が入っていない状態ではボックスを確保できない仕組みになっています。こうした悪用を防ぐことができます」と説明する。
今後の展開について松井社長は「IPインターフォンと宅配ボックスをつなぐことにより、インターフォンとボックスの価格をこれまでのものより3割程度安くできます。宅配業者だけでなくマンション住民の利便性、セキュリティの向上にもつながるので、全国のマンションに3年で3000棟ほど導入したい。各住戸専用の宅配ボックスを設置することも検討しています」と意欲的だ。
●自治体が宅配ボックスを推奨
東京都江東区は1月、全国で初めて3階建て以上の新築マンション(10戸以上)に宅配ボックスの設置を義務づける条例(住戸数の1割以上)を制定した。宅配ボックスを設けることは、宅配車の駐車時間が減って道路の混雑解消などにもつながるとしている。
篠原徹江東区住宅課長は「条例を設けたきっかけは、コロナ禍での接触機会の減少と、配達車のCO2削減です。『2024年問題』ではなかったのですが、施行してみると1割以上ボックスを作るケースが多く、住民からは好意的に受け止めていただいています」と話す。このほか川口市も新築ワンルームマンションに宅配ボックスの設置を義務付けている。
国交省は宅配ボックスの設置を促すため、設置には補助をする政策を展開。これを受けて都内の板橋、荒川、渋谷、大田、足立、葛飾の6区で宅配ボックス設置を助成する制度を開始した。板橋区では2022年9月に、戸建てや集合住宅向けに宅配ボックスの値段と設置工事費用の半分を助成する(戸建ての場合は最大5万円、集合住宅の場合は最大15万円)。ただし、居住者らのスマホに荷物の到着を通知するなどIoTに対応した場合は3分の2(戸建てや事業所は上限15万円、集合住宅は25万円)までに引き上げた。2024年は過去2年と同様、応募期間終了前に予算が上限に達して締め切ったという。
●業界の垣根を超える
インターフォン業界は、パナソニックとアイホンによる商品が市場を寡占している状況だ。現状はアナログ式が多いという。一方、宅配ボックスのメーカーは、フルタイムシステムと日本宅配サービスの2社が多数を占めている。
宅配ボックスには機械式と、ネットワークでつなげる電気式がある。機械式の方が安いため、大半は機械式が設置されている。松井社長は「機械式はマンションの住人でなくても使えますが、電気式は部屋とひもづいているため住人でないと使えません」と話し、同社は電気式でインターフォンとつなぐシステムにしている。
これまでインターフォンのメーカーは、インターフォンだけを販売し、宅配ボックスは箱だけを売ってきた。そのため、両方が連携することはなく、結果的にマンション居住者の利便性の向上につながる宅配サービスは生まれてこなかった背景がある。インターフォンと宅配ボックスをつないで、セキュリティを確保した仕組みを作ろうとする企業がなぜ現れなかったのか。
日本独特の縦割りシステムの限界がここにもあり、インターフォンと宅配ボックスの垣根を越えられなかったのだ。それを越える仕組みを編み出したのは、業界にとらわれないDOORCOMならではのアイデアだった。
松井社長によると「宅配業者からは『このシステムを使ってみたい』という声が多く寄せられているそうで、宅配業者も再配達を効率化できるこのシステムに強い関心を持ち始めているようだ」と指摘する。
年商3億円、従業員10人の小さな企業から、こうした難題の解決につながるサービスが生まれるのは、応援したくなる。業界の垣根にこだわってきたインターフォンと宅配ボックス業界は、こうした新しいアイデアを参考にして、より便利で効率的なシステムを開発して、宅配業界の人手不足の解消に貢献してもらいたい。
(経済ジャーナリスト中西享、アイティメディア今野大一)
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