「妻ががんになったから離婚する」
そんな男性が少なくないと、医師を名乗るアカウントがXに投稿し、最近注目を集めました。投稿によると、「健康体でないと魅力が感じられなくなるのか、怖くなって逃げるのか、理由はさまざまだろうけどちょっとひどくないかと思うことも…」と驚いた様子で厳しい現実を伝えていました。
実際に、アメリカの研究では、既婚者のがん患者515人を調査したところ、女性患者の離婚率は男性患者の6倍にもなるという統計もあるそうです。
弁護士ドットコムにも、末期がんという女性が「夫から離婚を迫られました」という相談が寄せられています。相手の病気を理由にした離婚請求は認められてしまうのでしょうか。澤藤亮介弁護士に聞きました。
●体調悪く働けない妻に「働かざるもの食うべからず」という夫「3年前に大腸がんを患い、肝臓に移転が見つかり、抗がん剤で治療中です」
ある女性は弁護士ドットコムにつらい心境を寄せました。病気が進行するにつれ、夫に離婚を求められるようになったといいます。夫は体調が悪く寝込む女性に「働かざるもの食うべからず」「早く死ね」などの暴言を吐いてくるそうです。
女性は夫の実家が経営する会社で働いていましたが、抗がん剤の副作用で、働くことが難しい状態です。しかし、雇用保険が支払われておらず、失業保険もないといい、離婚したとしても暮らしていけるかわからない不安を抱えています。女性は離婚に応じるならば、生活できるだけの慰謝料をもらえるのか、悩んでいるとのことです。
配偶者の病気を理由に、離婚することは可能なのでしょうか。澤藤弁護士は次のように説明します。
「離婚については、夫婦間での離婚についての合意の存在が原則であり、かかる合意があれば離婚の原因の内容にかかわらず離婚ができることになります。よって、本件でも夫からの離婚の申し出に対し妻側が離婚に承諾する場合には、妻が末期がんであったとしても離婚自体は当然有効に成立します」
●「末期がん」は離婚事由になるか?では、離婚の合意がない場合はどうなるのでしょうか。
「夫婦の片方が離婚に応じない場合、通常は、(1)裁判外での協議、(2)裁判所での調停を経た上で、(3)裁判所での裁判(離婚訴訟)で離婚についての認容判決を得ることが必要があり、その際にいわゆる『離婚事由』(民法770条1項)の存在が必要となってきます。
『離婚事由』には、(1)配偶者に不貞な行為があったとき、(2)配偶者から悪意で遺棄されたとき、(3)配偶者の生死が3年以上明らかでないとき、(4)その他婚姻を継続し難い重大な事由があるときがあります。
本件では、妻が末期がんであることが『その他婚姻を継続し難い重大な事由』にあたるか否かの問題になり得ます。
この点、裁判所は、その判断にあたり、婚姻中における両当事者の行為や態度、婚姻継続の意思の有無、子の有無、子の状態、双方の年齢、健康状態、性格、経歴、職業、資産収入等、当該婚姻関係に表れた一切の事情を考慮することになりますが、離婚を請求される側となる妻が末期がんであることをもって裁判所が『その他婚姻を継続し難い重大な事由』があると判断することはまずないと言え、夫からの離婚請求は認められることは難しいでしょう」
●離婚事由「回復の見込みがない精神疾患」は民法改正で削除そもそも、病気が離婚事由になるようなケースはあるのでしょうか。
「離婚を請求される側の病気という事情によって離婚事由が認められて離婚も認められるということはまずないでしょう。
この点、本件のようながんではなく身体的な疾患ではなく、精神疾患にはなりますが従前離婚事由として規定されていた「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」(民法770条1項4号)は、今年5月に公布された民法改正で削除され、2年以内に施行予定となっています。
このような法改正があったという時流や、そもそも、夫婦には相手が病気になったら看病するなどお互いに協力し合う義務(協力義務。民法752条)があることから致しますと、他の特殊な事情でもない限り、相手方の病気が離婚事由として認められるということはまずないと言えるでしょう」
●モラハラパワハラ夫に慰謝料請求したいでは、夫が妻の病気を理由に離婚したいと言ってきた場合、妻は夫に慰謝料を請求できるのでしょうか。
「慰謝料の法的な根拠は不法行為(民法709条、710条)であり、本件でも夫に不法行為が成立しなければ、慰謝料の請求自体はできたとしても裁判所でその請求が認められないことになります。
本件では、末期がんである妻に対し夫が離婚を求めるという酷いことをしているかと思われますが、単に離婚を求めてきたというのみでは不法行為の成立は難しいと思われます」
澤藤弁護士は指摘しながら、次のように説明します。
「他方、それに加え、体調が悪く寝込んでいる妻に対して『働かざるもの食うべからず』、『早く死ね』などの暴言を述べるなどする場合には、回数、頻度、行為態様、妻側が被った損害結果などにもよりますが、夫婦間でのモラルハラスメントやパワーハラスメントとして不法行為が成立する可能性がある程度高いと言えます。
また、先程のとおり、本件では妻が離婚に承諾しない限り夫の離婚請求が裁判で認められることはかなり難しいといえることから、それを前提とした上で離婚協議を行い、その中で、満足できるの慰謝料(実務的には解決金や和解金と表現することが多いと言えます)を夫が支払うことを条件に離婚に応じるという方向で交渉をすることも有効な手法と言えるでしょう」
【取材協力弁護士】
澤藤 亮介(さわふじ・りょうすけ)弁護士
東京弁護士会所属。2003年弁護士登録。2010年に新宿(東京)キーウェスト法律事務所を設立後、離婚、男女問題、相続などを中心に取り扱い、2024年2月から現在の法律事務所でパートナー弁護士として勤務。自身がApple製品全般を好きなこともあり、ITをフル活用し業務の効率化を図っている。日経BP社『iPadで行こう!』などにも寄稿。ご相談のご予約は、web上のカレンダーで空き状況をご確認いただきつつweb上で完結することができます。
事務所名:向陽法律事務所
事務所URL:https://www.keywest-law.com
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