私たちがよく見る飛行機の形態とは逆の、主翼の前に先翼を配置したユニークな形態を特徴とする「前翼機」というスタイルの機体も存在します。なぜこのような形状なのでしょうか。

実は「ライト・フライヤー」も…?

私たちがよく見る飛行機の形態は、胴体の中ほどに主翼を配置して胴体後端に尾翼を配置した姿です。しかし、それとは逆に、主翼の前に「カナード」と呼ばれる先翼を配置したユニークな形態を特徴とする「前翼機」というスタイルの機体も存在します。なぜこのような形状なのでしょうか。

前翼機は、2024年7月22日からの29日までの一週間にわたって行われた、小型機の祭典とも呼ばれる航空ショー「EAAエア・ヴェンチャー」でもその姿を見ることができました。ここには、全米はもとより周辺諸国からも小型機やホームビルド機が集まりましたが、その中で前翼機は、ひときわ目を引くもののひとつだったのです。

メーカー製の前翼機といえば、先翼、そして胴体後部に2発のプロペラ・エンジンが並んで設置されている形状が特徴のビーチクラフト「スターシップ」が有名です。一方、単発機の前翼機は全てが自作機もしくはキットを組み立てたホームビルド機になります。

しかし、メーカー製の航空機においては、前翼機は珍しいスタイルではあるものの、実は前翼機の歴史は非常に長いのです。ライト兄弟が最初に動力飛行を成功させたフライヤー号も前翼機でした。

では、なぜ前翼構成とするのでしょうか。

飛行機が重力に抗って空を飛ぶことができるのは、主翼が発生させる揚力のおかげです。揚力は主翼の上を流れる気流と下を流れる気流の速度差により気圧差が生まれることで発生する上向きの力です。

ところが、このとき発生するのは揚力だけではありません。揚力の副産物として、主翼の前縁を押し下げ後縁を押し上げる方向の力「ピッチモーメント」も生まれます。

ライト兄弟は、このピッチモーメントを打ち消すため、そして機首の上げ下げの制御を行うために、迎え角が可変式の先翼を配置しました。

通常形態の飛行機は、それとは逆に主翼の後ろに尾翼を配置することでこのピッチモーメントを打ち消しているのですが、主翼は機体の重量に加え尾翼が発生させる下向きの力を負担せざるを得ないという欠点も抱えています。

ホームビルド機では「先翼機」=珍しくないよ? になった経緯

この欠点は大きな引き起こしが必要な離着陸時に最も顕著になるため、スウェーデン生まれの戦闘機ビゲン」では離着陸性能を重視し、開発元のサーブ社が先翼を採用することで解決を図っています。前翼機は、前翼も主翼も上向きの揚力を発生するため良好な離着陸性能に加え飛行抵抗が少なくなるほか、燃料消費の低減も見込めるメリットがあります。これが、とくにホームビルド機で、先翼機が好まれる理由と言えるでしょう。

今回の航空ショーでも展示された先翼ビジネス機、ビーチクラフト「スターシップ」の生みの親である航空機設計者バート・ルータン氏は、世界初の宇宙往還機「スペースシップ・ワン」の開発と製造を行ったスケールドコンポジット社の創始者であり、それ以外にも数々のユニークな形状を持つ前翼機を生み出したことでも知られています。

同氏が設計した最初の前翼機が1972年に初飛行した「バリー・ビゲン(Vari Viggen)」です。

「バリー・ビゲン」は同氏がカリフォルニア・ポリテクニック州立大学の学生時代にスウェーデンの「ビゲン戦闘機から着想を得て設計したもので、2人乗りで200馬力エンジンを搭載し、240km/hで巡航します。そして、本家の「ビゲン戦闘機にあやかって、離陸距離350m・着陸距離260mと、高い短距離離着陸性能を備えているのも特長でした。

その後、バート・ルータン氏はホームビルド機「ベリーイージー(Vari Eze)」を開発し、1974年に初飛行に成功させました。「ベリーイージー」は組み立てキットとして販売され、1985年までにおよそ2000機の売上を記録。ホームビルド機の代表的な機種としておよそ半世紀の実績があります。

なお、今回の航空ショーには、これらの影響を受けて開発され、キットで販売されている4人乗り前翼機の「ベロシティー」なども揃いました。同氏が現代の飛行機における、前翼機の発展に大きな役割を果たしたことが、今回の航空ショーでも示されたわけです。

また、現代世界で開発競争が行われている、電動・ハイブリッド航空機分野においても、前翼のスタイルを採用しているものもあります。もしかすると、来年あたりからは前翼構成の電動・ハイブリッド航空機も登場するのでは、と筆者(細谷泰正:航空評論家/元AOPA JAPAN理事))は予想しています。

「バリー・ビゲン」(細谷泰正撮影)。