モラハラを理由に夫に不倫されたのですが、夫は離婚を望んでいます──。こんな女性からの相談が弁護士ドットコムに寄せられています。
相談者が夫の不倫に気づいたのは結婚して十数年目のこと。夫を問い詰めると、「(相談者の)長年のモラハラに耐えきれなかった」と不倫の“言い訳”をしたうえで、離婚したい旨を伝えてきました。
夫は、相談者が怒鳴った声の録音データや、LINEで罵倒してきたメッセージ記録をスマホに保存しているといいます。相談者は暴言を吐いた事実を認めつつも、「売り言葉に買い言葉で、夫婦喧嘩の範囲ではないか」と反論します。
夫は相談者のモラハラを理由に離婚請求していますが、相談者としては離婚は断固拒否で、「どちらが有責配偶者かといえば不倫した夫なのに、夫の要求が認められるのはおかしい」と考えています。このような場合、不倫した夫からの離婚要求が認められる可能性はあるのでしょうか。今泉圭介弁護士に聞きました。
●最高裁「有責側からの離婚は認めない」→「場合によっては認めます」──不倫した側からの離婚請求は認められるものなのでしょうか。
民法は、離婚原因として「その他婚姻を継続し難い重大な自由」を挙げていることから(770条1項5号)、離婚を請求されている側の有責性の有無を問わず、婚姻関係が客観的に破綻しているのであれば離婚を認める「破綻主義」を採用しているといわれます。
この考え方からすると、客観的に見て婚姻関係が破綻しているのであれば、不倫をした側からの離婚請求も認められるかのように思われます。
しかし、最高裁は当初、ほかの女性と関係を持ち家を出た夫が妻に対して離婚請求した事案で、有責配偶者からの離婚請求を認めないとの判断を行いました(最高裁昭和27年2月19日判決)。
この判決は、消極的破綻主義(婚姻関係が客観的に破綻していれば離婚を認めるが、有責配偶者からの離婚請求は認めない)を採用したといわれ、当時の社会情勢のもと、立場の弱い妻を守るという観点から支持を受けました。
ところが、その後、この最高裁判決は、実際別居しているのに離婚できないとなると、法律婚が形骸化する、離婚を請求された側の経済的苦境は離婚給付により解決するべき、などといった批判を受けるようになりました。
これらを受けて、最高裁は、(1)夫婦の別居期間が両者の年齢や同居期間との対比において相当長期間に及んでいる、(2)未成熟子がいない、(3)相手方配偶者が離婚によって精神的・経済的・社会的に過酷な状態に置かれるといった事情がない、という場合には有責配偶者からの離婚を容認するとの判例変更を行いました(昭和62年9月2日判決)。
現在の実務では、有責配偶者からの離婚請求であっても、特定の要件を満たす場合には離婚請求が認められる可能性があるといえます。
●夫婦双方に有責性のある場合はどうなる?──今回のケースで、不倫した夫の離婚請求が認められる可能性はあるのでしょうか。
まず、今回のケースで夫が有責配偶者といえるかについて、夫には不倫という有責性、妻には暴言を吐いたという有責性があると思われます。夫婦双方に有責性がある場合には、どちらかの有責性が大きいのか、それとも同程度なのかという点が問題となります。
妻の言動は具体的には不明ですが、妻の反論のように夫婦喧嘩の範囲内であり、妻の暴言に対し、夫も暴言を言い返しているような状況であれば、妻の有責性は大きくなく、逆に不倫を行った夫の方が有責性は大きいのではないかと考えられます。
したがって、夫からの離婚請求が認められるかどうかは、別居期間がどの程度長いのか、未成熟子がいるのかどうか、妻が離婚により経済的に苦しい環境に置かれないかどうかという点がポイントになります。
これまでの裁判例では、おおよそ10年程度の別居期間が必要ともいわれておりましたが、離婚給付(離婚時に支払う金銭)の金額などによっては別居期間が短くても離婚が認められるケースも見受けられます。近年の裁判例では、上記のポイントに加えて、離婚給付の有無・金額といった事情も含めて総合的に考慮しているように思われます。
──「妻の言動が不貞の理由だった」という夫の主張が、慰謝料請求などに繋がることはあり得るのでしょうか。
夫から妻に対して、暴言を理由として慰謝料請求を行うことは考えられます。
暴言の内容、発言時の状況などにより判断されますが、お互いに暴言を吐いていたり、夫婦喧嘩といえるような状況であったりする場合には、慰謝料請求が認められる可能性は高くないと思われます。
●本当に「夫は独身」と思っていた相手には慰謝料請求できず…──相談者は、慰謝料を夫の浮気相手に請求することができるのでしょうか。
相談者は、夫だけではなく、夫の浮気相手に対しても慰謝料を請求することができます。不貞行為とは肉体関係のことを指しますので、1人で行うことはできず、2人の連帯責任と考えられているためです。
もっとも、浮気相手が夫の婚姻関係を知らなかった、つまり夫が独身であると考えていた場合には、浮気相手に対する慰謝料請求は認められない点は注意が必要です。
夫が「自分は独身である」という虚偽の内容を浮気相手に伝えており、浮気相手がこれを信じていた場合も同様です。
慰謝料を請求するためには、民法上の不法行為に該当する必要がありますが、不法行為といえるためには故意・過失が必要であり、不貞行為では相手方の婚姻関係を傷つけるという意思が必要とされるためです。
もちろん、浮気相手が「独身だと思っていた」と主張すればなんでも通るものではなく、「夫が指輪を左手の薬指に嵌めているところを見ていた」「同じ職場であり、婚姻関係についても話を聞いていた」「夫が浮気相手に家族のことを話していた」などの事情がある場合には、浮気相手も婚姻関係を認識していたとして慰謝料請求は認められることとなります。
【取材協力弁護士】
今泉 圭介(いまいずみ・けいすけ)弁護士
法政大学法学部法律学科、首都大学東京法科大学院(現・東京都立大学)卒業。弁護士として、2016年より茨城県にて活動。離婚問題をはじめとして、交通事故・相続・債務整理など広く扱っている。弁護士会としては市民のための法教育委員会、子どもの権利委員会等に所属。
事務所名:弁護士法人みらい中央法律事務所
事務所URL:https://miraichuo-law.com/
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