日本の公的年金制度には、夫に先立たれた妻のため「遺族年金」が整備している。だが、サラリーマンの妻と自営業の妻では、その手厚さがまったく違う。二人三脚で自営業を営む、子のない夫婦のケースを追うと、自営業の夫に先立たれた妻の厳しすぎる状況があらわになった。実情を見ていく。

50歳女性、夫婦二人三脚で店を経営してきたが…

夫とともにそば店を営んでいたAさん、50歳。夫の父親から商売を引き継ぎ、地道に働いてきた。ところが先日、厨房に立つ夫が突然脳梗塞で倒れ、帰らぬ人に…。53歳の若さだった。

「小さな店ですが、1人では経営が難しいため畳むことにしました。子どもはなく、頼れる親族もいません。これからどうやって生きていけばいいのか…」

夫婦2人で自営業を営んでいた場合、妻が夫に先立たれると、仕事の継続が難しくなり、収入が絶たれるケースが多い。しかし、さらに問題なのは「老後の年金額も大きく減少してしまう」という点だ。

公的年金の制度として、老後に受取る「老齢年金」意外に、一家の働き手が亡くなったときに家族が受取る「遺族年金」という制度がある。

だが、この遺族年金、国民年金のみに加入している自営業世帯は受給要件が厳しいため要注意なのだ。

遺族年金は「誰が・いくら」受取れるのか?

遺族年金の制度だが、「遺族基礎年金」(国民年金加入者向け)と、「遺族厚生年金」(厚生年金加入者向け)の2種類がある。

上記の事例のように、亡くなった人が自営業者等の場合(第1号被保険者)は「遺族基礎年金」が、会社員・公務員等の場合(第2号被保険者)は、「遺族基礎年金」+「遺族厚生年金」を受取ることができる。

遺族年金だが、誰がいくら受取れるのだろうか。

図表の通り、国民年金のみに加入している自営業者が受取れる「遺族基礎年金」は、子どもがいないと支給されない。つまり、本記事の事例として取り上げた、50歳女性の場合は、夫が亡くなっても遺族年金は受け取れない。

50歳の妻、今後の年金収入で不足する「驚きの金額」

夫婦2人で店を経営していたものの、夫亡きあと、妻1人での経営がかなわない場合、遺族年金を受取れないなら、妻の生活費はどうすればいいのか。預貯金や生命保険の死亡保険金が充分あれば心配ないが、今後生きていくための必要額を見ていかなければならない。

総務省による2022年の家計調査では、単身世帯女性の月間の平均支出金額は16万407円だった。年間では192万4,884円となる。そして令和3年簡易生命表(女)では、50歳女性の平均余命は約89歳だ。そこから計算すると、

1,924,884円 × 39年 = 75,070,476円

50歳から89歳まで、約7,500万円の生活費が必要だとわかる。

一方の収入だが、65歳から満額の国民年金を受取るとすると、

約78万円 × 24年 = 18,720,000円

となり、国民年金の受給額は約1,900万円となる。

さらに、亡くなった夫が国民年金の保険料を10年以上納付しており、夫との婚姻期間が10年以上…といった複数の条件を満たした場合、妻は「寡婦年金」を60歳から65歳まで受取れる。事例の女性が「寡婦年金」を約45万円程度受取ると仮定すると、

45万円 × 5年 = 2,250,000円

となり、寡婦年金は約225万円受け取ることになる。

必要な生活費から収入を差し引いていくと、

約7,500万円 - 約1,900万円 - 約225万円 = 約5,375万円

今後見込まれる年金収入では、約5,375万円の生活費が不足することになる。

この計算式では、妻が国民年金を満額受給できると仮定したものであり、また、支払う社会保険料等も含まれていない。また、病気の治療費や要介護状態になるといった状況での支出も考慮していない。

生活を切り詰めるにも限界が…

預貯金や生命保険がない場合、この不足額をどうすればいいのか。その答えは明確であり、生涯働いて収入を得続けるか、もしくは支出を極限まで切り詰めるしかない。

とはいえ、毎月16万円の生活費は、そもそも切り詰めるのにも限界があるだろう。つまり、働いて収入を得るというのが第一選択肢となるわけだが、長らく自営業だった50歳女性がつける仕事というのも、そこまで幅があるわけではあるまい。

この女性が、スーパーのレジ打ちのパートをすると仮定しよう。時給が1,100円だった場合、年金受取開始の65歳まで週5日、毎日8時間おこなったとすると、

5時間 × 5日 × 4週 × 12カ月 × 15年 × 1,100円 = 1,980万円

となる。しかし、これでは不足金額に遠く及ばない。

子どものいない自営業世帯は遺族年金を受取れない。たとえ子どもがいても、その子が高校を卒業する年齢になると、遺族基礎年金は支給が停止される。

夫に先立たれた自営業妻は、文字通り「生きている限り働く」しか、選択肢がないのかもしれない。

(※写真はイメージです/PIXTA)