仕事のストレスに苦しんだ20代の男性は、2回の転職を経て非正規の立場で働いています。プレッシャーから解放され、満足しているといいますが、気になるのは、正規と非正規で大きく違う給与額でしょう。実際のところ、どの程度の差が開くのでしょうか。厚生労働省の数字から試算してみます。

20代男性…「正社員→正社員→非正規」となったワケ

「あまりにブラック過ぎて…」

川崎市在住の28歳男性は、電話口の向こうで話し始めました。

新卒で入社した中堅企業では営業部へ配属され、やる気をもって臨んだものの、厳しいノルマに追われて心身のバランスを崩し、2年で退職したといいます。その後、転職サイトで同じ業界の別企業へ。しかし、そこは以前の企業を上回る厳しさで、「いわゆるブラック企業といえるところでした」と語ります。

「深夜・休日の連絡は当たり前。上司や先輩から連絡があれば即時対応を求められ、取引先からの連絡もひっきりなしです。コロナで一時期はリモートワーク中心になりましたが、ただでさえ神経を使うWeb面談を次々とスケジューリングされ、息つく暇もありません。しかも、会社からは仕事内容の詳細な報告を逐一求められるのです。重箱の隅をつつきまわすような指摘が入り、自宅にこもりきりでもヘトヘトでした」

「数字をあげられないと、上司から執拗に詰問されます。でも、数字はクライアント次第で、どこを担当するのかは運でしかない。僕のように、面倒くさいうえに売り上げがイマイチなところを続けて担当すると悲惨です。それなのに、根性論だけで追い詰められて…。あるとき、みんなの前で僕を叱責している上司が、笑いをかみ殺しているように見えたんです。〈この人、僕を追い込むのを面白がっているんじゃないか〉と思ったら、もう駄目でした。アパートから出られなくなり、退職を決めました。上司と対面するのがイヤ過ぎて、罵倒されましたが、ラインとメールだけでなんとか退職にこぎつけました。在籍期間は1年でした…」

いまは非正規として、いくつかの仕事先を掛け持ちして働いています。

「もちろん、収入は減りました。でも、以前も20万円を少し超えるぐらいでしたから。いまは20万円に届きませんが、精神的な負担を考えたらずっとマシです。心身を壊してしまったら、どうしようもありませんよね」

確かに、心身の健康を損なってしまったら元も子もないでしょう。パワハラ根性論は昭和時代の負の遺産であり、決してこの時代に引き継いでいくべきものではありません。

「正規」と「非正規」、将来を分ける給与額

厚生労働省令和3年賃金構造基本統計調査』によると、大卒サラリーマンの給与は20代前半・正社員で月25万5,100円、手取りにすると20万円程度。20代前半・非正規は21万1,100円、手取りにすると16万円程度。給与では月に4万円程度の差ですが、年収になると、正社員341万5,500円、非正規259万0,500円で、100万円ほどの差が生じます。

苦難に耐えて正社員か、給与は少なくてもストレスの少ない非正規か――。100万円程度の違いなら「ストレスのないほう」を選ぶ気持ちもわかります。

では、正社員と非正規について、この先はどのような差が生じていくのでしょうか。

正社員は、30代後半で月収は40万円、50代で月50万円を突破。ピーク時の年収は800万円に到達し、定年退職時は平均2,000万円の退職金を得ます。正社員の給与は、スタートとピークで2~2.5倍程度に増加します。

一方の非正規は、ピークこそ同じ50代前半ですが、月収はわずか27万3,500円、年収では344万6,700円。給与は1.3倍に過ぎません。

60歳までのトータルで比較すると、正社員の賃金は2億4,615万円。しかし、大学卒業から3年以降から非正規になれば1億2,308万円。およそ2倍の差です。差額となる1億円は快適さの対価といえそうですが、これをどうとらえるかは「人それぞれ」といったところでしょうか。

高齢になったとき、住宅や医療費はどうする?

「年齢を重ねても低収入」という将来図については、これから先の人生を踏まえたうえで、十分検討しておく必要があるでしょう。

まず、定年退職後は公的年金が生活原資となりますが、正規と非正規それぞれ、実際に手にする年金額の目安は下記のようになっています。

国民年金

年金額×(保険料の納付月数÷480ヵ月)

厚生年金

■加入期間が2003年3月まで

平均標準報酬月額(≒平均月収)×7.125/1000×2003年3月までの加入月数

■加入期間2003年4月以降

平均標準報酬額(≒平均月収+賞与)×5.481/1000×2003年4月以降の加入月数

大学卒業後から定年まで正社員として働く場合、厚生年金部分が「53万×5.481/1000×456」でおおよそ月11万円となり、国民年金が満額なら、合計で月17万4,000円ほどを受給できます。

一方、途中で非正規社員となったら「26万×5.481/1000×456」で、厚生年金部分は月5.4万円ほど。国民年金が満額もらえたとして、月々12万円を下回る結果となります。

月に5万〜6万円ほどの収入差が生涯にわたって継続する現実――。高齢になれば医療費もかさみ、そのうち介護が必要になるかもしれません。収入が低ければ生涯にわたって賃貸生活となる可能性が高いわけですが、もしそうなれば、アパートを借りるのもひと苦労となりそうです。

「人生、お金がすべてではない」

「心身を壊してしまっては、おしまい」

確かにその通りです。しかし「プレッシャーがかかる正規」から「低収入だけれども気楽な非正規」になり、いまの快適さに甘んじていると、自分が年齢を重ねたときに、大きな後悔となる可能性もあります。

60歳近くなってから慌てることがないように、心身のための休養は取りつつも、人生設計をしっかり行うことが大切ではないでしょうか。