2026年より予定される司法試験および司法試験予備試験のデジタル化。その概要が8月2日法務省のWebサイトで発表された。受験者や採点者の負担を減らすことが期待される今回の改革だが、実際に公表された内容を見た学生および教育者からは「こんな謎仕様で大丈夫?」などと、不安の声も上がっている。(ライター・遠野詢)

司法試験のデジタル化 受験生への影響は必至か

現行の司法試験は、短答式試験(マークシート方式)と論文試験で構成される。そのうち論文試験は数万字の文章を手書きで書かせる過酷な試験だ。そのため受験生への負担はもちろん、手書きの答案を大量に読む採点者側の負担も大きいと問題視されていた。

今回の司法試験のデジタル化では出願手続などのオンライン化とともに、試験の実施方法をパソコンを使用したCBT方式に変えることが予定されている。これにより、受験生・採点官双方の負担軽減、さらにコスト削減が期待されるという。

今回、法務省がリリースした「デジタル化による概要」および「CBT方式による試験導入に関するQ&A」では、、現時点で予定される試験の仕様等も発表されている。

その中には、以下のような内容が含まれる。

・短答・論文ともにCBT方式を採用する
・試験委員会側で用意した16インチノートパソコンを使って試験を行う
・解答用紙のみならず従来紙で配布していた六法をパソコンの画面上で表示する
ショートカットキーは使えない仕様にする

これまで司法試験では紙の六法・問題文・構成用紙が配布され、受験生はそれらの仕様を前提とした試験対策を行ってきた。現時点で問題文・構成用紙の扱いについては明らかになっていないものの、現場の受験生にとっては既にかなりの影響があることが予想される。

●期待はあるが、謎仕様に不安……? 現役ロー生からは厳しい指摘が

今回発表されたCBT試験の概要を、現場の受験生はどう捉えているのだろうか。

「要件を速やかに決定・周知の上、予定どおりのスケジュールで実施してほしい」

そう話すのは都内のロースクールに通う飯沼さん(20代男性・未修1年・仮名)だ。

飯沼さんは未修者コースの1年生。民間企業で働きながら、最短2年後の司法試験合格を狙う。在学中受験制度によりロー3年次に司法試験を受験した場合、ちょうどPC受験第1期生にあたる世代だ。

「自分のような社会人学生にとって、PC受験はチャンスだと思っている。PCスキルについては社会人経験が活かせるし、社会人学生にとって最大の脅威は十分な勉強時間が確保できる専業のロー生だ。特に制度初期はイレギュラーな事態が起きやすいため、自分のような社会人受験生にとっては有利に働く部分もあると思う」と、変化に対して前向きな姿勢を見せる。

もっとも、不満もあるという。

「今回発表されたCBT試験の仕様だが、仮に六法・問題文・解答用紙を1つの画面で表示させるとなると画面のサイズ的に無理があると思う。他にも、入力時にショートカットキーが使えないなど謎仕様の部分があるのは否定できない。どうしてその仕様にすると決めたのか、理由を説明してくれないと試験制度そのものに対する不安が募る」

●「現場の声を吸い上げる仕組みを作ってほしい」という意見も

「出願のオンライン化のように今すぐ実施してほしい施策もあるが、PC受験自体は回避したい」と話すのは、別の都内ロースクールに在籍する田村さん(20代男性/既修2年/仮名)だ。

2024年3月に私大法学部を卒業し、既修者コースに入学した田村さん。在学中受験の場合は手書き、既卒で受験する場合はPC受験と、ちょうど制度の切り替え時期に試験本番を迎える世代にあたる。

田村さんの通うロースクールでは、在学中受験で合格を目指すのが主流だ。そのため、「今のところ、同期の中ではあまりPC受験は自分事になっていない」という。

「ただ、PC受験を回避するためにも在学中受験で決めたいという雰囲気は、ロー内にある。PCで答案を書く機会もあるのでデジタルツール自体への抵抗感はないが、試験のデジタル化は心配だ。試験の傾向や採点基準が変わるかもしれない」

さらに、今回発表されたCBT試験の仕様についても不安が拭えない。

「16インチノートパソコンで複数のタブを操作するのは、パソコンスキルに自信がない学生にとっては不安。しかも短答試験もCBTになるため、解答欄のズレなどによるミスも心配だ。もしも在学中受験で合格できなかった場合、対応が大変だと思う」

これに加え、田村さんが心配しているのは、受験生間での格差だ。

「ローによってPC受験に向けたサポート体制に格差が出るかもしれない。また、予備試験を受ける学部生たちも心配だ。学校のサポートが期待できない受験生はより負担が増えるのではないか」と話す。

「とにかく早く情報のリリースをしてほしい。また、今回に限っては現場の受験生から意見を吸い上げる目安箱のような仕組みも必要だと思う」

●弁護士「受験生に不利益がないように十分な配慮を」

今回のデジタル化に伴い、答案の作成方法や答案そのものの質に影響が出るのでは、と指摘する声もある。

「答案作成で長い文章を書けるようになる分、答案のレベルが上がるのではないか」

そう期待するのは、長年慶應大学法学部や同法科大学院等で教鞭を取り、『民法でみる法律学習法』などの著書のある金井高志弁護士(フランテック法律事務所、現・江戸川区議会議員)だ。

「手書きより書ける文章量が多くなることから、詳しい論理構造まで記述することが可能になる。これまで以上に論点への深い理解、また、論理的な文章力が求められる試験になるのではないか」

一方、試験の仕様や機器トラブルによる受験生への不利益は心配だという。

「英語とは違い、日本語は漢字変換が必須だ。それだけに欧米圏に比べてCBT化へのハードルは高く、変換機能の不具合によるトラブルも想定される。また、パソコンの画面の大きさを考えると、解答文、問題文、六法のファイル等を同時表示させると文字が小さくなり、特に高齢の受験生など視力の弱い受験生にとっては不利益に働きかねない。

コスト面や資源ロスをなくすSDGsの観点から六法のデジタル化はやむを得ないとしても、問題文や構成用紙は紙で配ってもいいはずだ。今回のデジタル化の趣旨を考えても、問題文や構成用紙までデジタル化するのは論理の飛躍があるのではないか」

さに、金井弁護士が危惧しているのは、機器のトラブルや当日の受験環境による受験生への悪影響だ。

東京都の中学生の英語スピーキングテストで発生したように、デジタル機器を使った試験では一定の割合で機器のトラブルが発生する。こうしたトラブルは完全に運の問題で、受験生に落ち度はない。これで合否が左右されるとしたら、受験生が可哀想だ。法務省でもリスクの想定は十分にしていると思うが、運が関係する試験にするべきではない」と、試験委員会側に合理的な配慮を期待する。

「たとえばタイピングに伴う騒音問題に対応するため、耳栓の持ち込みを認めるなどの措置があってもいい。また、機器のトラブルに見舞われた場合の代替措置の準備も不可欠だ。制度そのものが変わる以上、試験委員会には柔軟な対応をしてほしい」

今後プレテスト等も予定される司法試験CBT試験。本番環境を想定した体験版は遅くとも25年度中には公開される予定だ。

参考資料: 法務省司法試験及び司法試験予備試験のデジタル化について (moj.go.jp)