2023年10月に施行が予定されている消費税の「インボイス制度」について、中小事業者にとって実質的に「増税」となるとの根強い批判があります。これに対し一部に、「これまで中小事業者が『益税』の特権を受けていたのを是正する制度であり正当」との意見があります。しかし、それは正当でしょうか。本記事では、「益税」の実態について、事実上巨大企業の利権となっていると噂される「ある制度」にも触れながら解説します。
消費税の「インボイス制度」とは
まず、消費税のインボイス制度の概要について解説します。なお、消費税のしくみについてのより詳細な情報は1月18日の記事「どうするインボイス制度!事業主の8割が総スカンで制度崩壊の足音迫る!?」をご覧ください。
◆消費税の「価格転嫁」のしくみ
消費税は、「事業者」が直接の納税義務を負います。一般消費者は、事業者が「消費税相当額」を価格に転嫁している場合に、価格の一部として支払っているにすぎません。すなわち、一般消費者は、消費税相当額を負担している「ことがある」にすぎないのです。
なお、税法理論上、消費税のような、「納税義務者」と「税負担者」が一致しない税金を「間接税」といいます。
ただし、消費税の「納税義務者」である事業者は、消費税相当額を価格に転嫁することを法的に義務付けられてはいません。
すなわち、事業者は商品・サービスの「価格の一部」として消費税相当額を転嫁するかどうかを自己責任により「決めさせられている」という実情があります。
そして、価格は需要と供給のバランスで決まります。特に大企業と中小事業者の力関係においては、中小企業は価格交渉において不利な立場にあります。そのような交渉の結果として決まった価格が「税込み価格」か「税抜価格」かという形式論はあまり意味を持ちません。
◆消費税の「本則課税」の計算方法
次に、消費税の計算方法のうち「本則課税」である「仕入税額控除」について解説します。インボイス制度はこの「仕入税額控除」にかかわるものだからです。
「仕入税額控除」においては、事業者が国に納税する「商品・サービスを販売した際に受け取った消費税相当額」から、「仕入れの際に支払った消費税相当額」を控除して算出します。
商品・サービスを販売して「売上」として受け取ったお金に含まれる「消費税相当額」から、仕入れ等で「経費」として支払ったお金に含まれる「消費税相当額」を差し引いて、納税するということです。
◆インボイス制度が機能する場面とは
インボイス制度は、上記「仕入税額控除」の際に、「仕入の際に支払った消費税相当額」を証明する資料について「適格請求書」(インボイス)しか認めないという制度です。
事業者は、「仕入れの際に支払った消費税額」を証明するために、取引先から決まった様式の「適格請求書」(インボイス)の発行を受けなければならないというものです。
「実質的な増税だ」と批判されているのは、インボイスは「課税事業者」でなければ発行できないからです。
年間売上1,000万円以下の「免税事業者」はインボイスを発行できないのです。
インボイス制度の本質は「弱いものいじめ」
免税事業者はインボイスを発行できません。その結果、免税事業者と取引する相手方の事業者は、インボイスを受け取れず、みずからが納税すべき消費税額の計算において「仕入税額控除」を行うことができないのです。
そうなると、免税事業者の相手方で「仕入税額控除」を行っている事業者は、以下のいずれかを選ぶ可能性が高いといえます。
・免税事業者との取引をやめる
・免税事業者に対して消費税相当額の値引きを要求する
これにより、免税事業者は大きな不利益を被ることになります。回避するには、あえて「課税事業者」になるしかありません。その結果、以下の3重の不利益を被ることになります。
【課税事業者に転換することによる3つの不利益】
・消費税の納税義務を負う
・消費税の計算の手間・コストがかかる
・インボイス発行の手間・コストがかかる
免税事業者の多くを占めるのは零細の個人事業主・フリーランスです。これらの事業者に特に大きな不利益を与えるため、「弱いものいじめ」だとされているのです。
「益税」叩きの理不尽
この点について、「インボイス制度は、これまで中小事業者が『益税』の特権を受けていたのを是正する制度であり正当」という論調がみられます。
しかし、この「益税叩き」は理不尽かつ不公正なものです。
既に述べた通り、事業者が商品・サービスの価格を決める際に消費税相当額を転嫁するかどうかは、自己責任により「決めさせられている」というものにすぎません。
また、中小事業者のなかでも零細事業者は、価格交渉において不利な立場にあり、「本来の適正な商品・サービスの価格」に「消費税相当額」を「上乗せする」という価格の決め方がどこまで可能なのか、大いに疑問があります。
ましてや、免税事業者はそもそも消費税の納税義務を負っていないため、価格に転嫁しないのはごく自然なことです(形式上「転嫁」しているケースもあるであろうことは当然の前提です)。
なお、この点について、「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」という法律が一応は存在します。
しかし、上述したような実情の下では、「税込み価格」か「税抜価格」かという形式論・建前はあまり意味を持ちません。
しかも、免税事業者も仕入れの段階では消費税を支払っています。これについては「仕入税額控除」のような制度がありません。したがって、以下の実態が浮かび上がります。
・消費税相当額を価格転嫁できているか疑わしい
・仕入れにかかる消費税相当額の負担を負っている
これのどこが「益税」なのか、大いに疑問があります。
また、現行制度上、「益税」は「免税事業者の相手方」にも観念できます(なお、あくまでも制度の構造上観念できるということであり、「善悪」の問題とは一応区別して考える必要があります)。
どういうことかというと、まず、免税事業者の取引先が「仕入税額控除」を行うケースについて指摘します。
免税事業者が事実上消費税相当額を価格転嫁できていないのに形式上は「税込み価格」となっている場合、取引先が行う「仕入税額控除」は実質的に「益税」といわざるをえません。
次に、免税事業者の取引先が消費税の計算上「簡易課税制度」を利用する場合について指摘します。
「簡易課税制度」は年間売上高5,000万円以下の事業者に認められている簡便な計算方法です。売上に係る消費税相当額のうち一定割合を納税するという方法です。
この「簡易課税制度」を用いる場合、「消費税相当額を価格転嫁していない免税事業者」との取引についても自動的に一定額が控除されることになります。これも実質的には「益税」といわざるをえません。
このように、消費税の制度の構造上、他の場面でも「益税」が観念できます。そうであるにもかかわらず、免税事業者の実態すら疑わしい「益税」だけをことさら取り上げて「益税」と批判することは、きわめて悪質な印象操作であり、「弱いものいじめ」であることが明白です。
巨大企業の「益税」も?その真偽は?
同様に実質的に考えると、もう一つ、消費税についてはさらに大きな「益税」が観念できる可能性があります。それは、海外に輸出する企業に対し一定の要件の下認められる「輸出取引の免税」というものです。俗に「輸出戻し税」とよばれることがあります。
これは、商品等を海外に輸出した場合の売上について消費税を非課税とするものです。その理由は、最終的に消費される場合は、「国内での消費」ではなく、消費税の課税対象にあたらないからです。
「輸出取引の免税」を受けている企業は、輸出して「売上」を得る際に消費税相当額を受け取ることがありません。これに対し、「仕入れ」の際には消費税相当額を支払っています。
これだと、理論上、仕入の際に支払った消費税相当額は「払い損」になってしまいます。そこで、その分について、「輸出許可証」等の書類の保管等、一定の厳格な要件をみたした場合に「還付」を受けられることが認められています。
しかし、この計算の際に、その企業が下請け(特に免税事業者を含む中小企業)との取引において、もし消費税相当額を支払っていない(あるいは、名目上「税込価格」であっても実質上は消費税相当額が価格転嫁されていない)のであれば、その分の還付額は「益税」ということになります。
上述したように、免税事業者を含めた中小企業は、特に大企業との価格交渉において、実質的な意味で消費税相当額を価格転嫁するのが困難であるという実態があります。
そうだとすれば、ここにも制度の構造上「益税」の可能性を観念することができます。その意味でも、零細な事業者である従来の免税事業者の、実態すら疑わしい「益税」のみをことさら取り上げて叩くことは、きわめて不公正・理不尽であるといえます。
なお、「輸出取引の免税」の制度自体は何らおかしいことではなく、正当なものです。あくまでも、「輸出取引の免税」の制度下において上述のような実質的な意味での「益税」の可能性が観念できるということにすぎません。
また、さらに付言しておくと、「輸出取引の免税」の制度自体について、一部で「政府・財務省が将来消費税をさらに引き上げることによって、輸出大企業が還付を受けられる額を大きくするためのもの」という一種の「陰謀論」のようなものがまことしやかに喧伝されることがあります。
しかし、これはあくまでも憶測ないしは「感想」の域を出ません。また、「輸出取引の免税」はすべての企業が条件さえみたせば等しく適用を受けられる制度であり、悪ではありません。輸出大企業のみを優遇する制度ではありません。本質とかけ離れた議論といわざるを得ません。
繰り返しますが、「輸出取引の免税」も含め、制度上「益税」を観念できる場面が他にも複数あるにもかかわらず、法律上認められた免税事業者のみを狙い撃ちすることこそが、「弱いものいじめ」であるということです。
また、「益税」の問題は、インボイス制度の問題にとどまらず、「益税」の状態が上述のように様々な局面で制度の構造上不可避に発生する消費税という税制自体の問題です。
インボイス制度が「弱いものいじめ」の欠陥ある制度であることは明らかであり、強行されると、従来の免税事業者にとどまらず、国民に対し物心両面で取り返しのつかない荒廃と禍根をもたらすおそれがあります。そうなれば、免税事業者自身だけでなく、大企業にとっても不利益となるのは論をまちません。その意味でも上述のような「陰謀論」に安易に与することは厳に慎まなければなりません。
政府・国会には制度の延期・見直しを含めた再検討が求められるのはいうまでもありませんが、私たち国民も、有権者・納税者として、問題の本質を正確かつ的確に把握することに努めなければなりません。
コメント