昨年11月の来日公演から1年も経たないうちに、グレッチェン・パーラトが今年も日本に来てくれる。ハービー・ハンコックや故・ウェイン・ショーターらが熱烈な賛辞を寄せ、ロバート・グラスパーらが参加した名盤『The Lost And Found』(2011年)をはじめ、実力、人気共に現代ジャズ・ヴォーカルの第一線に立つ彼女のライブは、2009年の初来日以降、常に多くの感動とインスピレーションを残してくれた。今年もきっと、いや間違いなくそうなるはずだ。日程は、9月12日に東京・よみうり大手町ホール、そして9月15日に金沢・北國新聞赤羽ホール。どちらも共演は日本を代表するジャズの精鋭、須川崇志、林正樹、石若駿からなるBANKSIA TRIOだ。SPICEではこの公演を盛り上げるべく、公演を間近に控えたグレッチェンの来日直前インタビューを敢行。大の親日家でもあるグレッチェンの、飾らぬ穏やかな人柄と、知性と感受性に裏付けられた真摯な言葉をぜひ聞いてほしい。
――グレッチェン、また日本に来てくれてありがとうございます。もうすぐあなたに会えるのを楽しみにしています。
私も待ちきれないです。日本に行くのは大好きだし、とてもワクワクしています。
――では、最初の質問です。間違いがなければこれまでに6回、日本に来ていると思いますが、日本の観客、日本の文化についてどう感じているか教えてください。
私は日本の文化を尊敬していますし、訪れるたびにとても感動します。一人で来たこともありますし、家族と一緒に来たこともあります。文化や場所について学ぶ経験にもなりましたし、おいしい食べ物や素敵な人々にも出会いました。私たちが出会ったすべての人がとても寛大で、とても温かく、思いやりのある人達ばかりです。そして日本の観客が大好きです。みなさんはとても素晴らしい音楽の聴き手で、とても優雅で、とても礼儀正しく、とても熱心です。私はみなさんとの繋がりを感じて、とても温かい気持ちになりました。10歳になる息子も日本に来るのが大好きで、いつか日本に住みたいと言っています。
――去年は初めて、富山と大阪でコンサートをやってくれましたね。東京以外で演奏した印象はどうでしたか?
旅自体がとてもエキサイティングでしたし、電車に乗るのも、駅で食べ物を買うのも、窓からの景色を眺めるのも、すべてが良い経験でした。富士山も見ましたよ。その場所に行く途中も素晴らしかったですし、私たちが演奏した富山のホールも、大阪のビルボードライブも、とてもエキサイティングな会場だったので、また早く戻ってきたいと思っていました。
――今回初めて訪れる金沢も、きっと気に入っていただけると思います。パフォーマンス以外、休日の思い出はありますか?
以前鎌倉の大仏に向かう道を散策した際に、通りで見かけたお店にまるでデザートのような6~8種類のさつまいもが並んでいて、いくつかの種類の中から選ぶと、包んで渡してくれて、それを歩きながら一口ずつ食べました。本当にデザートのような味で、とても美味しくて、そこにたくさんの気遣いを感じました。日本のギフトや贈り物や供物、食べ物には、とても愛情が込められているように感じます。特に食べ物には、とてもいい思い出がたくさんあります。
――次の質問は、来月のツアーについてです。今回のカルテットのメンバーは、アラン・ハンプトン(B)、テイラー・アイグスティ(Pf)、ケンドリック・スコット(Dr)です。彼らについて紹介していただけますか。
彼らは間違いなく私のお気に入りのミュージシャンで、私にとっては兄弟のように、家族のように感じています。テイラー・アイグスティ(Pf)はジャズ界で最も素晴らしいピアニストの一人です。私たちは18年か20年くらいの付き合いで、お互いをよく知っています。彼は本当に素晴らしいですし、一緒に演奏することが大好きで、とても特別なことだと思っています。アラン・ハンプトンは素晴らしいベーシストで、ギターも弾きますし歌も歌います。素晴らしいソングライターで、歌手でもあるんです。私たちは長年コラボレーションしてきましたし、今回の公演では、一緒に書いた曲のいくつかを演奏する予定です。彼がバンドにいてくれるのは本当に嬉しいですし、一緒に来てくれるのは本当に特別なことです。実際、私たちは日本に何度も旅行してきましたし、バンドのメンバー全員が、以前に日本に行ったことがあると思います。ケンドリック・スコットも、とてもメロディアスでリリカルな演奏をする、私のお気に入りのドラマーの一人です。彼はとても上手ですし、私のレコーディングにもたくさん参加していて、カルテットでのドラム演奏のサウンドやアプローチを作り上げるのに一役買っているんです。私たちはSFジャズ・コレクティヴでも一緒に過ごしました。彼は素晴らしいドラマーであると同時に素晴らしい歌手でもあるので、時々彼は私と一緒にバックヴォーカルを歌ってくれます。テイラー、アラン、ケンドリックは、全員がそれぞれ素晴らしいプレイヤーですし、私たちはみんな何年も一緒に演奏しているので、お互いを分かっており、良い繋がりを持っているので、とても素晴らしい関係です。
――今回の来日公演は、9月に東京と金沢で2回のコンサートを開催します。セットリストはもう決めていますか?
良い意味で、私には選択できる曲がたくさんあります。10年以上の間にリリースしてきた何枚ものアルバムの素材や、新しい曲もあります。それらをミックスして、みなさんが知っている曲、馴染みのある曲、そして新しい曲も聴いていただけるようにするつもりです。
――前回の訪問では、息子のマーリーくんと一緒に日本に来ましたね。今回は一緒に来られないと聞いていますが、子供や家族があなたの音楽にどんなインスピレーションを与えているのか、教えてもらえますか。
今回私が一人で日本に行くことを知って、彼はとても嫉妬しています(笑)。近いうちにまた一緒に行けるといいですね。彼は私にたくさんのインスピレーションを与えてくれます。彼の母親になったのちに、アルバム『Flor』(2021年)をつくりました。そこで私は母性について、そして母親として、以前の人生と比べて私が得たインスピレーションについて、表現しようと思ったのです。自分が以前持っていたものと、母親としての自分の感情や世界に対する見方の変化について書いたのです。アルバムの中の多くの曲、歌詞、音楽のアイディアは、息子や他の子供たちが曲をどう聴くかを考えながら生まれました。この質問に答える一番いい方法は、彼らの立場に立って、彼らの耳で彼らの視点から音楽を聴くことだと思います。そうすると、音楽がどれだけ刺激的で、どれだけ気分を高揚させ、どれだけ精神的で、どれだけ深く感情的なものになり、彼らに影響を与えることができるかがわかりますよね。
――素敵な言葉です。よくわかります。
もしもあなたが芸術的な創造性やインスピレーションを感じているのなら、それを子供が何かを扱うのと同じように扱うべきだと思います。
子供は、とても幼い時は何も考えません。抑制されていませんから、ただひたすらに何かをして、無敵(invincible)だと感じており、それはとても美しいことだと私は思います。それを自分の芸術に応用して、分析したり判断したり、自分の邪魔をしたりせずに、ただひたすらに創作できるだろうか?と、私は常に自分に問いかけています。私はこう思います、「この音楽は私だけのものではない。私の家族のため、息子のため、すべての世代のためのもの。私よりずっと若い人たちに聴いてもらうためのものだ」と。だからアーティストとして、みなさんに知ってもらうために何ができるだろうか?と、いつもそう考えています。
――素晴らしい考え方です。この次に、アルバム『Flor』について質問しようと思っていたんですが、今のお話で十分のようですね。何か付け加えることはありますか。
『Flor』のイメージについて補足すると、Florはポルトガル語で「花」という意味です。私は、庭や種について考えることが大好きでした。花の始まりを考えると、種の間は土の下で見えないですよね。それは私の妊娠、そして母親業のように感じられました。世の中にとって私は誰にも見えない存在で、消えてしまったような感じでした。そこにはただ土があるだけで、何も起きていないように見えたでしょう。しかし、やがて小さな芽が出て、すぐに美しい花が咲き、すべてが戻ってきました。人間として、アーティストとして、外からは見えなかっただけで、土の下では多くのことが起きているように私は感じていました。そして私が再び現れた時、私は何か新しいもの、つまり母親という存在になったということです。それが『Flor』というアルバムのアイディアの源でした。もう一つ、私の母がアルバムのカバーアートをデザインしたことも気に入っています。折り重なるような花の絵は、彼女のアートワークです。私は母親であり、彼女は私の母親です。だからこのアルバムは、ビジュアル的にも私にとってとても意味深いものなのです。日本のコンサートでは、アルバムの中のいくつかを聴いてもらうことになると思います。私はカルテットと一緒に、それらの曲を演奏するのが大好きなんです。
――昨年、2023年にはリオーネル・ルエケとのデュエット・アルバム『Lean In』を作りましたね。このアルバムはどのように作ったものですか?
私たちの繋がりはとても古いもので、リオーネルとは23年前に出会いました。デュオ・プロジェクトをやろうといつも話していたんですが、実現するまでに長い時間がかかりました。そして、今がそのタイミングだと気づいたのは、コロナ禍の時でした。私たちは二人とも同じレコードレーベルに所属しているので、一緒に仕事をしてくれるチームがいるのは助かりましたし、プロジェクトのために選べる素材やレパートリーはたくさんありました。私はロサンゼルス、彼はルクセンブルクにいて、コロナ禍もありオンラインで作業をし、それから一緒に集まりました。彼がロサンゼルスに来て、前日にリハーサルをして、2日間でレコーディングしました。そのあと、この音楽を演奏するために世界中を旅したので、できれば今度一緒に日本に来たいと思っています。
――それは楽しみです。ぜひ来てください。
アルバムのテーマ“Lean In”とは、私たちの生活、私たちの経験、私たちの感情、私たちの反応、私たちの感情、私たちの繋がりに注意を払うという考えです。つまり、良いか悪いか、明るいか暗いか、上か下か、私たちの生活のすべてを感じて注意を払うということです。判断するのではなく、ただそれをそのまま受け入れて、それと共にいるのです。そうすることで、何が起こっても乗り越えられることを願っています。それは私たちの人生の瞬間を生きるための方法、手段のようなものなのです。それがアルバムの全体的なテーマで、音楽は、私たちが長年演奏してきた曲や、このプロジェクトのために特別に書いた新しい曲を集めたものです。あらためて、リオーネルは素晴らしいミュージシャンであり、素晴らしい人間であり、彼と一緒に歌えることにいつもとても感謝しています。
――もし、まだグレッチェン・パーラトのアルバムを聴いていない人がいたら、最初にどのアルバムを聴くのがいいですか? やはりファーストからでしょうか。
いい質問ですね。おそらくリリース順に、つまり時系列順に聴くのが理にかなっていると思います。アーティストとして、何がどこから来たかの系譜をたどるのはいいことだと思います。私はいつも自分のことを歌ってきましたし、自分の人生と音楽を結びつけるのは良いことだと感じているので、順番に聴いてもらうのが良いと思います。
――あなたの音楽は、ジャズを中心に伝統的なルーツ音楽と、現代的な音楽の要素の両方を持っていると感じています。両者の間でバランスを取ることは、あなたの音楽にとって大切なことでしょうか。
そうですね。私は、様々なインスピレーションの中でバランスを見つけようとしています。自分がどこから来たのかを考えれば、現代的なもの、つまり現在の音楽や音楽の未来と比べることができると思うのです。そのバランスを取ることと、そしてそれがauthenticity(本物)であることが重要だと思います。私が歌を歌っていく道のりの中で、自分のルーツはてとても大切なもので、自分が何者であるかということでもあるので、そこはいつも大切にしています。私の目標は、そうした様々なインスピレーションの中で、最適なバランスを見つけることだと思っています。
――次の質問は、あなたの将来についてです。失礼な言い方になるかもしれませんが、何歳まで歌を歌い、ツアーをしていたいですか? 私の望みはあなたが永遠に歌い続けることですが、これはあなたが自分の将来をどう思い描いているかという質問です。
それは失礼ではなくて、フェアな質問です(笑)。私は歌うことや、クリエイティブであることについては、ずっとそうでありたいと思っていますが、本当に年を取っても世界中を回ったり、旅をすることができるかはわかりません。たとえば、ハービー・ハンコックは今84歳ですが、彼はまだとても活動的です。そして、私がそうなれるかどうかはわかりません。その年齢になると、もっと休みたいと思うかもしれません(笑)。でも、歌うことは続けると思いますし、歌うことが常に重要だと思います。家で歌っているかもしれませんし、家族や自分のために歌っているかもしれません。セラピーとして歌っているかもしれません。私は、生き続けるために歌っているのです。たぶんそれが、質問に対する最も良い答えだと思います。生きている限り、私はいつも歌っていたい、歌う力を持ちたいのです。たとえば、私の母親はビジュアル・アーティストで、もうすぐ79歳になりますが今でも彼女はとても活動的で、自分のスタジオを持ち、絵を描いたりデザインをしています。仕事は引退していますが、アート仲間たちのコミュニティに属しながら、自分のために描いているのです。今も母は私にとって、年をとってもクリエイティブでいること、活動的でいること、頭を冴えさせておくこと、社会と繋がりを保つことについて、インスピレーションを与えてくれる存在です。もっと年を取ったら、きっと私も同じように、自分のために歌うことを考えるだろうと思います。歌うことは、私をとてもいい気分にさせてくれますし、癒しになります。そして、それが他の人にとってまだ大切なものであるならば、私はみなさんの前で歌うだろうと思います。
――素晴らしい答えです。グレッチェン、今日は本当にありがとうございました。最後に、日本のファンにメッセージをいただけますか。
もうすぐみなさんに会えるのが楽しみで、ワクワクしています。私は日本に行くことも、みなさんのために歌うのも大好きです。みなさんに会えるのが待ちきれません。みなさんが私たちのショーに来て、私たちと繋がることを願っています。
取材・文=宮本英夫
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