DIC川村記念美術館(千葉県佐倉市)が2025年1月末をもって休館するというニュースは、同館を知る多くの人々に衝撃を与えた。DIC川村記念美術館は抽象絵画を中心に多数の収蔵品を持ち、長年にわたって文化的貢献を果たしてきた。この動きの背後には、外資系投資ファンドの「オアシス・マネジメント」があるとされる。このファンドは一体何者なのか。
【画像】株主の視点から見れば、企業に対して利益の最大化を求めるのは当然だ
●「物言う株主」
オアシス・マネジメントは、2002年に香港に設立された国際的な投資ファンドだ。創設者であり最高投資責任者(CIO)であるセス・フィッシャーが率いている。このファンドはアジアを中心に活動するアクティビスト、つまり企業に対してより高い収益性と株主価値向上を求める「物言う投資家」として知られている。
日本において、オアシス・マネジメントは多くの企業に対して積極的な経営改革を要求してきた。2022年には富士通の経営陣に対して企業統治の改善を求め、最終的に取締役会の改組を促した。また2024年には花王の株式を取得し、株価を2倍にすることを目指す提案をしたことで話題となった。
●休館への関係
オアシス・マネジメントは3月、DICの株式の保有割合を6.9%から8.56%に高めた。従って同社の経営方針への発言力も高まっているといえる。こうした背景からオアシス・マネジメントはDIC川村記念美術館の収益性の低さや運営コストの高さを問題視し、リソースをより効率的に活用し、株主への利益を最大化するよう求めたのではという見方もある。
DIC川村記念美術館は休館後、そのまま閉館するか、東京に移転する方針だという。もし閉館となった場合のインパクトは計り知れないが、上場企業が美術館を営むのは本当に“無駄”なのだろうか。
●企業が美術館を経営する意義
企業が美術館を運営することは文化的貢献のみならず、地域振興、観光振興としての役割も果たしている。その意義は大きい。
一方で株主が美術館運営を「売り上げに直結しない施策」だとして、やめるよう要求することは、一概に悪と断ずることもできない。
株主の視点から見れば、企業に対してリソースを効率的に使い、利益の最大化を求めるのは当然だ。そのため、利益向上に直接寄与しない事業に資金を投じることは、短期的には無駄と見なされる可能性がある。
特に経済が不安定な時期や、企業の業績が悪化している場合、こうした支出を削減することで、企業の財務状態を改善し、株主価値を守ることにつながるのは事実だ。
しかしこのような短期的な利益追求が、企業の長期的なブランド価値や社会的評価を損なうリスクがある点を忘れてはならない。
企業が短期的な利益だけを追求する姿勢を示すと、社会的責任や倫理的な価値観に対する信頼を損なうことにつながる。これにより、中長期的な成長が危ぶまれる可能性もある。
美術館の運営は、他社との差別化を図るブランド構築に寄与し、長期的には競争優位性をもたらしうる。短期的なコスト削減のためにこの無形の利益を捨てることはリスクだ。
●「バブル期の負の遺産」なのか?
DIC川村記念美術館はバブル全盛期の1990年に開館した。そのためこの美術館が「バブル期における負の遺産」ではないかと見る向きもある。しかし経済的に非効率であったとしても、その存在自体に意義があり、社会的価値を提供し続けていたかどうかが重要ではないか。
美術館を維持するコストが利益を上回る時、合理的な経営判断として「損切り」が行われ、閉鎖の判断を下すこともあり得る。それは企業の財務健全性を高めるためには必要な措置かもしれない。
しかし、DIC川村記念美術館の収蔵作品には、レンブラント・ファン・レインの『広つば帽を被った男』、ピエール・オーギュスト・ルノワールの『水浴する女』、そしてクロード・モネの『睡蓮』といった、歴史的にも非常に重要で評価の高い作品も多く含まれている。なにより、マーク・ロスコの絵画の専用展示室、「ロスコ・ルーム」を忘れてはならない。絵と建築が一体化した「場」であるロスコ・ルームは、他の美術館にも類をみない稀有(けう)な空間だ。移転によってこの空間が維持される保証はない。
これらの作品および空間は、文化的な価値はもちろんのこと、資産としての価値も極めて高いといえそうだ。このような貴重なコレクションを所有し公開することは、企業が社会的責任を果たす上でも、資産価値を貯蔵する手段としても重要な意味を持つ。
DIC川村記念美術館の閉館に際し、千葉県知事をはじめとする政府関係者からもコメントが寄せられている点も見逃せない。千葉県の熊谷俊人知事や佐倉市の西田三十五市長は、閉館が地域社会に与える影響について懸念を示し、その文化的価値を再評価する必要性を強調している。
DIC川村記念美術館の休館は、企業経営における「物言う株主」の影響を如実に示す事例である。アクティビスト投資家は企業に対してより高い収益性と株主価値の向上を求める一方で、長期的な文化的貢献や社会的責任に対する視点が欠けることがある。経営層には、こうした投資家の要求と企業のビジョンとのバランスを取ることが問われているといえる。
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