植草一秀[経済評論家]
***
9.11事件から23年の時間が経過した。その前日にあたる9月10日にトランプVSハリスの大統領選テレビ討論が実施された。メディアはハリス支援の報道を展開するが討論は概ね想定通りのものだった。
トランプが指摘したが、討論を取り仕切ったABCがハリス寄りであったことは明白。ハリスの戦略は女性、黒人、米国マイノリティー、若者の得票を増やすこと。大統領選結果を決するのは激戦7州。ネバダ、アリゾナ、ジョージア、ノースカロライナ、ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアの勝敗がカギを握る。
“Real Clear Politics”集計では9月10日現在、アリゾナ(11)、ジョージア(16)、ノースカロライナ(16)でトランプがリード、
ネバダ(6)、ウィスコンシン(10)、ミシガン(15)でハリスがリード、ペンシルベニア(19)で同スコアとなっている(カッコ内は選挙人数)。
7州での獲得選挙人数は現状ではトランプ43に対してハリス31。ペンシルベニア(19)が白紙の状態。しかし、情勢は揺れ動いており、投票日まで接戦が継続すると予想される。
米国大統領選は一部の例外を除き、州ごとに勝敗を決め、勝者が人口比で州に割り当てられた選挙人を総取りする。獲得した選挙人数が多い候補者が大統領に選出される。現時点で完全に互角の情勢。どちらが勝利してもおかしくない。
9月10日テレビ討論ではトランプがハリス攻撃に終始したのに対し、ハリスはののしり合いではなく政策論争を戦わせるべきだと提案した点がポイントだった。この点で視聴者の好感度はハリス側に大きく傾いた。次の焦点は10月1日の副大統領候補討論会。トランプ陣営は敵対者攻撃でなく浮動票を引き付ける戦術を採用する必要がある。
テレビ討論ではウクライナ問題も取り上げられた。トランプは自分が大統領であったならウクライナ戦争を回避できたと主張。対するハリスはNATOに属する米国の姿勢を強調。トランプをプーチン、金正恩総書記になぞらえる印象操作に注力した。ウクライナ戦争についてはその背景についての知識有無で評価が真逆になる。背景を知る者はロシア=悪、ウクライナ=正義の図式を否定する。ウクライナ戦争を欲し、ウクライナ戦争の拡大・長期化を主導したのが米国軍産複合体であると認識している。この立場に立つ者にとってトランプの主張は奇異なものでない。
ウクライナ問題を理解する上で貴重な著作が公刊された。
成澤宗男氏による新著『米国を戦争に導く 二人の魔女』(緑風出版)。二人の魔女とはミシェル・フロノイ(オバマ政権元国防次官)とヴィクトリア・ヌーランド(バイデン政権前国務次官)のこと。本書は、冷戦終結後、米国が中国とロシアを「最も差し迫った戦略的課題」として敵対的脅威と見なすようになった現在までの時代の歩み、その軍事外交政策とその軌跡を二人の女性を通じて詳細に描くもの。
もっと早くに紹介したかったが、著作が精密な記述を積み上げており、拙速な紹介を控えたため、本日の紹介になった。近年の米国軍事外交政策を理解する上で最高の著作であると言って過言でない。著者の成澤氏は膨大な海外文献、資料を精査して本書の執筆を行っている。正確で綿密な事実関係に基づいて本書の課題を浮き彫りにしている。単なる仮説の提示を忌避し、事実のデータ、資料に基づく精密な論理構成が施されている。巷間伝えられている多くの仮説に対して安易にそれを肯定しない。
著者の立場からは首肯しやすいと考えられる見解についても憶測による断定を慎重に回避している。この意味で米国軍事外交政策を正確に理解する上での極めて重要な資料、論説の提示になっている。本書を通じて明らかになることは、米国の軍事外交政策が米国に存在する巨大資本の影響を極めて強く受けている実態である。米国政府部門内で軍事外交政策に極めて重要な影響力を行使し得る立場にあった者ですら、これら巨大資本との利害関係、金銭的関係を濃厚に有している。
同時に軍事外交における特定の主義主張=イデオロギーが米国の軍事外交政策決定に極めて重要な影響を与えている。成澤氏が取り上げた二人の女性は米国軍事外交政策の根幹を定めるに当たり、極めて重要な地位に就き、基本政策の策定の中心をなした人物である。ウクライナ問題をはじめとする米国軍事外交政策を正確に理解する上での最善の教科書が公刊されたと言える。ぜひとも精読をお勧めしたい。
9.11事件を理解する上でも本書が極めて有用な示唆を与えることになると確信する。
コメント