オーストラリアのウェスタンシドニー大学などに所属する研究者らが2023年に発表した論文「Neuroinflammation in Alzheimer’s Disease: A Potential Role of Nose-Picking in Pathogen Entry via the Olfactory System?」は、アルツハイマー病(AD)の発症メカニズムに関する新たな仮説を提示している。
この研究では、鼻から侵入した病原体が嗅覚系を通じて脳に到達し、慢性的な神経炎症を引き起こすことでADの発症や進行に寄与する可能性を示唆している。
外部から侵入するウイルス、細菌、真菌などの病原体が、神経炎症を誘発し、ADの病態を悪化させる可能性が示唆されている。特に、嗅覚系を通じてこれらの病原体が脳内に侵入する経路が注目されている。嗅覚系は、鼻腔と脳が直接的に接続しているため、病原体が脳内に入り込みやすい経路であると考えられているためだ。
具体的な病原体として、ヘルペスウイルス(特にHSV-1)、クラミジア・ニューモニエ、真菌のカンジダ・アルビカンスなどが挙げられる。これらの病原体は、脳内で持続的または潜伏的な感染を引き起こし、神経炎症やADの主要な病理学的特徴であるAβ(アミロイドベータ)の蓄積を促進する可能性がある。
病原体の侵入経路として、研究者らは日常的な習慣である“鼻をほじる”行為に着目している。手指が土壌や糞便などで汚染されている場合、鼻をほじることで病原体が嗅粘膜に直接接触し、嗅神経を介して脳内に侵入するリスクが高まる可能性がある。この行為は無意識的に行われることが多く、その頻度も高い。過去の調査によると、成人の91%が鼻をほじる習慣があると回答している。
この仮説を検証するため、マウスの鼻腔にクラミジア・ニューモニエを感染させる実験を実施。その結果、72時間以内にこの細菌が嗅球や嗅神経、三叉神経に到達していることを確認した。さらに、感染後7日目と28日目には、脳内でAβ蓄積を観察できた。
また、タンパク質の1種である「炎症性サイトカイン」の増加や、タンパク質の折りたたみや凝集に関与する遺伝子の発現異常も認められた。これらの結果は、嗅覚系を介した病原体の侵入が、神経炎症を引き起こし、ADの病態進行に寄与する可能性を示唆している。
この仮説が正しければ、ADの予防に新たなアプローチが可能となる可能性がある。特に、手洗いの徹底や鼻をほじる習慣の改善といった比較的簡単な方法がAD予防に有効である可能性があると研究者らは提案している。
Source and Image Credits: Zhou, X.; Kumar, P.; Bhuyan, D.J.; Jensen, S.O.; Roberts, T.L.; Munch, G.W. Neuroinflammation in Alzheimer’s Disease: A Potential Role of Nose-Picking in Pathogen Entry via the Olfactory System? Biomolecules 2023, 13, 1568. https://doi.org/10.3390/biom13111568
※ちょっと昔のInnovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。X: @shiropen2
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