兵庫県の斎藤元彦知事をめぐる疑惑に関する告発文書問題で、元県民局長だった男性が報道機関などに書面を送付後、県の窓口にも通報したものの、公益通報の保護対象外と判断され、懲戒処分を受けたことを契機に、「公益通報者保護制度」に注目が集まっている。

報道などによると、県議会の百条委員会でおこなわれた証人尋問で、この問題につき、斎藤知事は「文書は真実相当性がない」「うわさ話を集めたもの」などと主張。男性を公益通報の保護対象として扱わず、懲戒処分を課したことの違法性を否定したという。男性は処分後の2024年7月、死亡した。

もっとも、公益通報の対象外と判断し、通報した人を探して処分したことなどについては、百条委員会で参考人として招致された専門家が、通報者への不利益な扱いを禁じる公益通報者保護法に違反するとの見解を示すなど、批判が集まっている。

公益通報者保護制度をめぐっては、消費者庁が企業や自治体側への罰則の新設なども含めた対策の強化を検討しているとも報じられているが、結局公益通報の保護対象外と判断されては罰則も及ばない、といった事態にはならないのだろうか。また、今回のケースは本当に公益通報の保護対象外だったのだろうか。公益通報制度に詳しい大森景一弁護士に聞いた。

●「真実相当性がないとした兵庫県の認定には疑問」

──「公益通報の保護対象外だった」、「真実相当性がない」という主張にはどのような意味があるのでしょうか。

公益通報者保護法は、組織外部への通報については、真実であると信じるに足りる相当な理由(真実相当性)がある場合に限り、通報者を保護することにしています(同法3条3号)。

そのため、真実相当性がない場合には、通報者は同法によっては保護されず、通報を理由として不利益処分がなされたとしても保護されないことになります。

これは、虚偽の情報などを安易に外部に公表して組織に損害を与えたような場合は、保護に値しないという立法者の価値判断によるものです。

──兵庫県のケースについてはどのように考えていますか。

確かに、今回のケースでも、もし仮に通報内容が「嘘八百」であったとすれば、通報者は虚偽の情報を確信犯的にマスコミに提供し、そのことによって県政に支障を生じさせたということになりますから、不利益処分をしたとしても違法ではないということになります。

しかし、うわさ話を集めたものというだけで真実相当性が否定されるわけではなく、むしろ、報道されている本件の通報内容や処分に至る経緯を見る限りでは、真実相当性がないとした兵庫県の認定には疑問があります。

通報内容が極めて具体的であることに加え、知事がこの通報を問題視した当初は公益通報者保護法について十分理解していなかったと疑われる発言をしていたこと、調査の中立性に疑問が生じていること、などの事情があるからです。

この点が争われれば、通報者に対する処分が違法とされる可能性は十分あるように思われます。

●通報者さがしも「違法と評価されうる」

──「通報者さがし」についても批判の的となっていますが、通報者を探すこと自体は違法ではないのでしょうか。

公益通報者保護法に基づいて国が定めている指針では、「事業者の労働者及び役員等が、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて、通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとる」ことや、「範囲外共有や通報者の探索が行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる」ことが求められています。

これらの措置がとられていなかった場合には、公益通報者保護法11条違反として違法となり、指導・勧告の対象となります。

ただし、通報者を探索する行為自体については、法律に明文で規定されているわけではありません。そのため、報復のために通報者を探索するようなことは公益通報者保護法の趣旨に反することは明らかではあるものの、「公益通報者保護法に違反するか」と問われると解釈が分かれうるところです。

もっとも、もし仮に公益通報者保護法には違反しないと考えたとしても、各組織の内部規定に違反していたり、労働契約法や民法との関係で違法と評価されたりする可能性は十分あると思われます。

なお、立法論として、通報者の探索を明文で禁止することも考えられますが、報復するために通報者を探索する場合だけでなく、通報された事実関係の調査を進める中で通報者が判明する場合などもあり、それらをどのような要件で区別すればよいか、十分な検討が必要と思われます。

●刑事罰設定すれば一定の効果あるが「被害者の救済にはならない」

──制度の改正に向けた動きもあるようです。どのような方向に進むのが望ましいのでしょうか。

公益通報者保護法の改正は、これまでも、経済界の反発が強く、法律の附則に規定された見直し期間を経過してもいつまでも法改正がなされなかった上、ようやくなされた2020年改正でも当たり障りのない改正しかできていませんでした。

公益通報者を保護することは、通報者個人のみならず、法の支配を及ぼすという点で社会全体の利益に資することであり、長期的にみればそれぞれの組織の利益にもなることは明らかです。

しかし、現行の公益通報者保護法は、あくまで事後的な救済を定めるのみであり、実際に不利益な取扱がなされた場合でも、通報者がその有効性を争わない限りは救済されません。

体制整備義務違反に関しては、行政が指導・勧告をおこなうことができることとされていますが、個別の不利益取扱に関しては、そのような制度も設けられていません。

そのためか、通報者が争ってくる可能性の大きさや通報を抑圧することによる経営者の利益などを衡量し、意図的に通報者に対して不利益取扱をおこなって見せしめにしたとしか思えないような事案もみられます。

通報者に対する不利益取扱について行政処分や刑事罰を設けるなどの抑止策は、被害者を一定程度減らす効果はあると考えられますが、現実問題として、全ての不利益取扱について調査や処罰がなされることはまず考えられず、抑止効果には限界がありますし、何より、実際に被害を受けてしまった通報者にとっては救済にならないという問題があります。それでは、結局は正しいことをした者が報われないことになり、公益通報が十分活用されるようにはならないと思われます。

法改正がなされるのであれば、通報者の側が不利益取扱を争った場合の金銭的・精神的負担や立証上の負担についての手当をしていくことが求められます。

いずれにせよ、今回のケースを機に、公益通報制度がより実効性のある制度になっていくことを期待します。

【取材協力弁護士】
大森 景一(おおもり・けいいち)弁護士
平成17年弁護士登録。大阪弁護士会所属。同会公益通報者支援委員会委員など。 一般民事事件・刑事事件を広く取り扱うほか、内部通報制度の構築・運用などのコンプライアンス分野に力を入れ、内部通報の外部窓口なども担当している。著書に『逐条解説公益通報者保護法』(共著)など。
事務所名:大森総合法律事務所
事務所URL:https://omori-law.com

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