2022年4月に北海道・知床半島沖で観光船「KAZU 1」が沈没し、乗客乗員20人が死亡、6人が行方不明になった事故で、第1管区海上保安本部が9月18日、観光船を運航する会社の社長を業務上過失致死などの疑いで逮捕した。
運航会社の責任は事故直後から取り沙汰されていたが、事故から約2年半が経った今のタイミングで社長が逮捕されたのはなぜなのか?
元検察官の荒木樹弁護士に聞いた。
●海難事故は過失認定に高いハードル今回の逮捕が、検察庁との事前協議に基づく判断であることは間違いありません。逮捕に踏み切ったのは、容疑が固まったことと、強制捜査の必要があると判断したからです。
もともと、海難事故は、陸上の自動車事故とは異なり、過失の認定が容易ではありません。まして、本件では、操船していた船長からの事情聴取ができないという事情があり、過失の認定が非常に難しかったと思われます。
一般に、特殊な過失事故の場合には、専門家による鑑定を依頼することが多く、本件でも同様な事故鑑定を行っている可能性が高いです。
●有罪だと実刑の可能性高く、「服役を免れる動機に結びつきやすい」逮捕まで2年半を要したのは、過失を認定するための証拠収集、特に鑑定等に時間を要したという事情が考えられます。
海上保安庁の職員は、特別司法警察署員として、海上の犯罪に対する捜査権限を有しており、逮捕の権限もあります。海上保安庁として、威信をかけて行った捜査であることは間違いないと思います。
本件は、過失が認定されて有罪判決が得られた場合、死者多数という被害結果の重大性に照らして、実刑判決の可能性が高く、一般的に服役を免れようと逃亡する動機に結びつきやすいと言えます。
●勾留満期後の確実な起訴の見込みで逮捕かまた、本件の過失の認定にあたっては、船舶の整備や、運行決定等の過程も重要で、関与している多くの人からの事情聴取が必要と見込まれます。
これらの関係者は、被疑者の取引先や従業員など、親しい人物が多いですから、関係者への働きかけによる罪証隠滅のおそれも一般論としては懸念されます。
このように、事案の重大性や、関係者多数といった内容から、類型的に、逃亡や罪証隠滅の恐れが高い事案であると判断して、逮捕に踏み切ったものと思われます。
今回の逮捕は、検察庁送致後、勾留期間満了後に、確実に起訴できるであろうとの見込みで行ったのではないでしょうか。社会的に耳目を集める事件であり、検察内部でも、上級庁との協議も含めて、十分に検討されていると推察されます。
【取材協力弁護士】
荒木 樹(あらき・たつる)弁護士
釧路弁護士会所属。1999年検事任官、東京地検、札幌地検等の勤務を経て、2010年退官。出身地である北海道帯広市で荒木法律事務所を開設し、民事・刑事を問わず、地元の事件を中心に取り扱っている。
事務所名:荒木法律事務所
事務所URL:http://obihiro-law.jimdo.com
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