堂本剛が27年ぶりに映画に単独主演する。それも『かもめ食堂』や『波紋』の荻上直子監督とのタッグで――そんな第一報が解禁されると、ネットには歓喜と驚き、そして期待の声があふれた。そんな本作、映画『まる』で、制作陣からの2年前からの熱烈オファーを受け、新境地ともいえる役どころに挑戦した堂本に話を聞くと、がっつり作品と役どころに向き合った深い思いのあふれるインタビューとなった。

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◆初めて挑戦する“受け身”なキャラクターに苦労

 堂本が演じるのは、美大卒だがアートで身を立てられず、人気現代美術家のアシスタントをしている男・沢田。独立する気配もなければ、そんな気力さえも失って、言われたことを淡々とこなすことに慣れてしまっている。

 ある日、沢田は通勤途中に事故に遭い、腕のけがが原因で職を失う。部屋に帰ると床には蟻が1匹。その蟻に導かれるように描いた○(まる)が知らぬ間にSNSで拡散され、正体不明のアーティスト「さわだ」として一躍有名になる。突然、誰もが知る存在となった「さわだ」だったが、段々と○にとらわれ始めていく…。

 近年は堂本剛のクリエイティブプロジェクト「.ENDRECHERI.(エンドリケリー)」として音楽活動に精力的に取り組んできた堂本。「僕の事情ではなく、さまざまな事情があって最終的に2年かかったんですけど、監督の『ぜひご一緒したい』という熱意が大きかった」と今回のオファーを受けた心境を明かし、「抵抗はもちろんなく。芝居をしたくないわけではないですから。素直にうれしかったですね」と振り返る。「でも僕がそう思っていても物事って整わないと始まらないので。あとはもう周りの人の動きがどうなるのかなって、流れに身を任せながら2年くらいの月日が経ったという感じなんです」と。

 初顔合わせとなる監督の印象を尋ねると、「荻上さんが仲良くされている俳優さん、女優さんの作品を見て育っている世代なんでね。荻上さんの作品も拝見して、空気感は肌感では理解していたんですけど、やっぱりアーティストさんですし、こちらがすごくインプットしてしまわない方が荻上さんの今回の味を引き出せそうな気もして。僕が理解しすぎた上で全部順応していくと違う気もしたんですよね」と語る。最終的には「僕なりの解釈で、こういうアプローチはどうですか?と幾度か投げることでいい化学反応が起きないかなっていうくらいの範囲に収めて」撮影に挑んだそうだ。

 撮影現場では、「台本を読んだ時点で、いい意味で曖昧なシーンが多かった」と感じていたことから、演じてみないと分からないことが多いため、毎回シーンの撮影の前に監督とミーティングを重ねた。その時にもまだ監督の中に迷っている部分もあると感じたそうで、「監督はこれを描きたいんだと思うけど、これでいいのかな?っていう疑問も含めて、現場ではみんなでシェアしていました。その延長の芝居なので、本当に独特な空気感の作品に結果的にたどりついて。久しぶりに主演でお芝居させてもらう役にしては難しすぎました(笑)」。

 演じる沢田については「皆さんもそうだと思いますけど、世の中の価値観、概念、常識、これをどれだけ意識して生きてるかによって、苦しくなる・ならないがあると思います。本来の自分じゃないけど何かを全うするために、その自分になって生活していく。これに何の疑問も持たないし、何の痛みも感じない人と、これでいいのかなと思う人。この仕事が本当にしたいのかさえ分からなくて、生活できるからこの仕事をしてるのかなとか、そういう疑問を沢田という人間は、人一倍強く持っているんです」と語る。「自分を信じて自分の夢に向かって、人が描いてほしいという絵じゃなくて自分が描きたい絵を描いてきた人。それがだんだん時代に惑わされ、ある種の自分というものを眠らされ、結果、大きな流れに巻き込まれていく。その中で吉岡里帆さん演じる矢島や、綾野剛さん演じる横山と対峙していき、いろいろな感情にとらわれていくんです」と説明する。

 「めちゃくちゃしんどい寄り道をしたっていう話だと思うんです。答えが決まってるっていう大前提で寄り道をいかにするかっていう。でも沢田は受け身なんで、それが難しかったんですよね。寄り道の中で場を乱していくならもうちょっと演じやすかったかもしれないんですけど。そこは独特だったかもしれないですね」と沢田を体現するには苦労した様子も見せた。

◆“○は世界を救う”はあながち嘘ではない


 劇中で沢田が描く「○」は、堂本自身の手によるもの。「最初に描く“○”が奇跡を起こさないといけなかったのでめちゃくちゃ緊張しました。適当に描かなきゃいけない“○”と、一心不乱に描く“○”、いろんな種類があったんですよね」。描くにあたっては“ゼロ練習”で臨んだ。「初めて左手で描くことに意味があったんです。現場で最初に描いた時には、自分でも驚いたんですけど、意外と上手く描けたんですよ(笑)。天才かと思って。もしかしたらこれをビジネスとして今後やっていってもいいかもしれないと一瞬思った」と笑顔を見せる。「一番緊張したのがモップで屋上に描く“○”。やったことないし、一発でやらないとダメだし。そのシーンの後はみんな興奮していました。すごくきれいに描けましたね!って。“○”を描いただけで人が喜ぶんだってすごく楽しかったですね。最終日には、“○”を描いてくださいってスタッフさんの行列もできたんですよ。冗談じゃなく、一生分の“○”を描きました(笑)」。

 本作には、小林聡美や片桐はいりといった、荻上組ではおなじみの顔ぶれも出演。勝手なイメージだが、堂本との演技の親和性も高そうな2人だ。「お2人とも本当に優しくて。小林さんはテレビに出てらっしゃる印象そのまんまの方で。本当に気さくだし、柔らかいし、現場の人に気配りもされる人。こういう年のとり方を自分もしたいなって思うような方でしたね。片桐さんにもシールや和菓子お土産をいただいたりと、優しく接してくださいました」。

 堂本とドラマ『33分探偵』シリーズなどでタッグを組んだ福田雄一監督は、自身のエックスで「つよしくんの新しい一面をたっぷり堪能できます」と本作を評していた。そう伝えると、「そうなんですか? いつ観てくれたんやろ?」と驚きつつ、「どうなんでしょう。受け身の芝居っていうのをほとんどしてこなかったので、そういう意味では新しい一面があるかもしれないですね。自分自身はがっつり芝居するっていうのが久しぶりだったんで、分析しながらはやっていなかったんですけど…」と振り返った。

 本作で堂本は「.ENDRECHERI./堂本剛」名義で映画音楽にも初挑戦している。「お話をいただいた段階では物語の全貌が見えていない時期で、僕の中では起承転結のはっきりした音楽を作るっていうイメージだったんです。でも脚本が上がってきたら、起承転結というよりは“荻上ワールド”。これは音楽を付けるのは至難の業だな」と感じたそう。「実際つないだ映像を観た時に、役者さんのお芝居の間がとても気持ちよかったんです。音楽を差し込む余地がほとんどなく、『これ音楽要りますかね?』とさえ言ってしまったくらい」と明かす。「今回の映画音楽は、音楽というよりか、芝居に近いくらいディープな役割だったなと思っています。頭では作れなかったので感覚的に、監督や現場の人と話して出来上がっていった音楽」と語る堂本。「通常の映画音楽よりもすごく難しい映画音楽をやったような印象ですね。だから次はもうちょっと気楽にできる映画音楽だったらいいなと思ってます」と、映画音楽への関心は継続中だ。

 最後に、堂本にとって“○”とは? そう尋ねると「僕の中では、永遠、輪とかの意味合いが強い」との答えが。「物事を収めたりつなげたりする時に、重要な図形だなって思います。だから、脚本の中にある“○は世界を救う”っていうのはあながち嘘ではないなって思うし、人は○に吸い寄せられ、興味を掻き立てられるっていう深い潜在意識みたいなものもあると思う」ときっぱり。

 また、「コロナ禍っていう時代を経験して、いまもなおそれは続いている。地球の人全体でコロナっていうものを意識したにも関わらず、丸くまとまらなかったですよね。これからもパンデミックはまた来るでしょうし、そうなった時にまた同じことを繰り返すのかなーって寂しくなったりもしましたね。おんなじところに戻ってしまうっていう、そんな○もある。深いですよね、○って」としみじみ。

 「平和的な○が理想だけど、悲しい○もあるなって思ったり。だからそういう意味では、この『まる』という作品の中の登場人物や出来事が、いろんな人の胸を打つきっかけになるといいなと思ってます」とアピール。「でも1回で理解できるのかなとも思ってて。2回は観たほうがよさそうですよね。ぽかーんとなにげなく観ていると過ぎていっちゃうから。集中して観てほしいです」とメッセージを送る。

 「今の自分の現在地は本当に納得しているものなのか、それを逃げずに考えてほしい。けっこう柔らかい映画ですけど、『逃げんなよ』と問いかける作品じゃないかと思ってるんです。荻上さんも現場では柔らかくしてますけど、芯はめちゃめちゃ強い人だし、たぶんそういうメッセージもある人だと思うんですよ。誰もが自分からは逃げられない。自分からは逃げずに向き合う力を与えてくれる作品になっていると僕は思います」。

 久しぶりの映画の現場で、さまざまな「○」に真剣に向き合い、作品の世界観を作り上げた新しい堂本剛をぜひ劇場で体感してほしい。(取材・文:田中ハルマ 写真:高野広美)

 映画『まる』は、10月18日公開。

堂本剛  クランクイン! 写真:高野広美