東京地裁立川支部(中島経太裁判長)で9月25日、強盗致傷などの罪に問われたH被告人(26)に対し、懲役9年(求刑13年)の判決が下された。Hは一連の「ルフィ事件」とされる広域強盗事件の内、2件に関与。

1件目は2022年10月、東京・稲城市の住宅に他の男らと押し入って3人に暴行を加え、現金や金塊、およそ3500万円相当を奪った。そして2件目は、稲城市の事件の翌月、11月に山口県岩国市で発生した強盗未遂事件だった。

この岩国の事件では、なかなか住宅に侵入できないという“トラブル”が起こり、H被告人を含め、一部の実行犯らが途中で逃走している。ルフィ事件では死傷者も出ている中、この事件ではなぜ未遂に終わったのか。(ノンフィクションライター・高橋ユキ

●「案件出ました 1億です」

事件当時、客引きの仕事をしていたH被告人はSNSで「高額バイト」を検索して「ルフィ」らと繋がり、2件の強盗に関わった。

2022年11月7日山口県岩国市で起きた強盗未遂事件には、H被告人を含め少なくとも6人の実行役、1名の運転手役が関わっていた。

指示役はテレグラム名「ルフィ」と「キム」。実行役で、すでに懲役9年の判決が言い渡されているK(逮捕当時25)のもとに、同年11月3日から翌4日にかけて「ルフィ」から“案件”紹介のメッセージが届いた。

〈お疲れ様です 案件出ました 1億です 在宅の夜中に突入し金庫を開けます〉 〈夜に侵入し、土曜にやりたい〉

家人が留守の隙を狙う空き巣では、闇雲に金のありかを探さなければならないが、家人が在宅中に侵入し、脅して金のありかを聞き出す強盗ができれば、大金を得られる——。そんな考えから「ルフィ」らは空き巣よりも強盗に重きを置いていた。岩国の“案件”でも「ルフィ」は強盗を指示している。

これに応じたKと「ルフィ」の間で段取りや準備する物品などが「テレグラム」で話し合われ、本来の決行日であった11月6日を迎えた。決行したのは真夜中。窓ガラスを割って侵入する計画だった。ところが実行犯らはこの日、侵入に失敗した。

●「一目散に逃げて、運転手役が乗っている車まで戻りました」

被害者宅の窓ガラスが全く割れなかったのである。当時の様子を、同じく実行犯で懲役9年の判決が言い渡されているI(逮捕当時37)が証人出廷し証言した。

「家の前まで来て、徒歩でぐるっと外側を一周しました。とりあえず、焼き破りで窓を割って侵入できるところを探し、裏手に行って、すりガラスの部屋に目星をつけました。しかし、試してみましたが窓は割れず、作戦会議というか、指示役にも聞いたりしたのですが、どこからも入れず、別の掃き出し窓を割って侵入しようとしました。

私が持っていたバールで思いっきりフルスイングで窓ガラスを叩いたのですが、それでも割れず、かなり大きな音が出たので、一目散に逃げて、運転手役が乗っている車まで戻りました」(Iの証言)

こうして計画は一旦白紙になり、改めて翌日に決行することに。

本来の計画は、実行役のうち2人が配達員を装って呼び鈴を鳴らし、家人がドアを開けたところで他の実行犯とともに押し入り、金のありかを聞き出して強奪するというものだった。が、実行役らが改めて岩国に到着した時点で夜の10時を回っていたため〈夜10時に配達がくるのはおかしいだろ〉と却下になり、ふたたび窓ガラスを割って侵入することになった。

しかし、やはり窓ガラスは割れない。

「家の周りをぐるっと回りましたが、入れそうなところがないので、前日と同じようにバールで窓を思いっきりフルスイングで叩いて入ろうと思いました。Kが焼き破りを担当し、とりあえずやってみましたが開かず、指示役のキムから『窓の四隅を叩いたほうがいいよ』と言われ、自分が叩いていたのですが、その最中、鍵がかかっていると思っていた窓の鍵が開いていることに気づき、皆で一旦車に戻りました」(同)

●被害者は日本刀で応戦

つまり窓ガラスは一向に割れなかったが、そもそも鍵が開いている窓を発見したことから、侵入に成功したのだった。

指示役からは“1億案件”と言われているため、実行役らは速やかに被害者宅に侵入し、在宅していた夫婦と子どもを制圧するためにそれぞれ部屋を移動した。2階にいた子どもの手首を縛り、実行役の一人が見張るなか、他の実行役が夫婦の制圧に動くが、ここでまた、強盗たちにとっての番狂せが起きた。

日本刀で応戦、奪われると脇差を抜いた被害者

夫が日本刀で応戦したのだ。

このとき強盗らと命懸けで格闘した夫に対しても証人尋問が行われた。別室から、当時の様子をこう証言する。

「子どものいる2階からものすごく大きな音がしたので何かと思いました。すぐに自分の部屋から出て妻の部屋に向かうと、部屋には男が2人いて、1人は白いお面を被っていた。妻が『刃物持ってるよ』と言ったので危険を感じました。

シルバーの10センチくらいの何か、物を持っているお面を被っていた男から『殺すぞ』と言われたので、家族を守らなければと思い、自分の部屋に急いで戻りました。タンスの中に日本刀があったのでそれを取り出しました。当時15本くらいは持ってたと思います」(夫の証言)

日本刀収集をしていた夫が、その一本を手に取り強盗に立ち向かおうとすると、強盗たちは夫の手元などを押さえ、刀を抜かせないように抵抗してきた。

「そのうち、犯人らが自分の刀を持って逃げていきましたので、すぐに私はもう一本、短いやつ……脇差を取りに行きました。脇差を抜いて、犯人を追いかけながらリビングに向かいましたが、もう犯人の姿は見えませんでした」(同)

●強盗の報酬は100万円以上だった

白いお面をかぶり、カッターナイフを持っていたとされるのがH被告人だったが、他の実行役らとすでに逃走していた。ひとりだけ、それを知らず、子どもを2階で見張っていた実行犯の男W(逮捕当時26)は、その後すぐに夫妻に確保され逮捕された。

岩国の事件は未遂に終わり、報酬はなかったが、直前に稲城市で起こした事件では100万円以上もの報酬を受け取り、借金返済やブラジルの母への送金などで費消している。事件後は、ブラジルに逃亡するつもりだったという。

岩国の事件では少なくとも、住宅の窓ガラスが割れなかったことから実行犯らが一度撤退している。防犯フィルムや防犯ガラスなど、窓への防犯対策は無駄ではないようだ。

「案件出ました。1億です」強盗先で、日本刀に阻まれて撤収 ルフィ事件で「未遂」に…実行役の証言