公益財団法人科学技術融合振興財団(FOST)は、設立30周年を記念して「ゲームと新しいAI」をテーマにした記念講演会を開催した。
同財団は1994年にシブサワ・コウの名で知られる理事長の襟川陽一氏が、個人的な資金である10億円を投入してスタート。それから、これまでの30年間で5億円を超える助成金を研究者に提供してきたという実績を持つ。
今回の基調講演に選ばれたテーマは、5年前と同じ「ゲームとAI」だ。今回は、大きく分けて4つのセッションが実施されている。こちらの記事ではその中から、主にゲームに関係した3つのセッションをピックアップ。その内容を一部抜粋してご紹介していく。
「公益財団法人科学技術融合振興財団(FOST)」公式サイトはこちら『パックマン』の敵や『ゼビウス』の難易度調整──。ゲームの進化とともに成長してきた「メタAI」
この日最初に行われたセッションで登壇したのは、株式会社スクウェア・エニックス イノベーション技術開発ディビジョン リードAIリサーチャーの三宅陽一郎氏だ。2004年から主に大型ゲームの人工知能について研究してきたという三宅氏。「大型ゲームの人工知能」は20年前と比べて、現在は大きな分野に成長してきている。
人工知能は、大きく分けてふたつ存在するとのこと。ひとつは、身体を持ちリアルタイムに空間を運動するロボットのようなもの。そしてもうひとつは、身体を持たず空間の運動もしない、いわゆるビッグデータ解析である。ゲームの場合は、そのどちらも利用している。
ゲームAIは大きく分けて、「メタAI」、「キャラクターAI」、「空間AI」の3つに分類することができる。「メタAI」は、昔はゲームの調整を行うようなものだったものの、現在は積極的にゲームをクリエイションするようなものになっている。
たとえば『パックマン』に登場するモンスターには、集合モードと離散モードのふたつのモードがある。プレイ中は気が付きにくいが、これによりゲームに緩急を付けているのだ。
その『パックマン』を引き継いだのが、1983年に登場した『ゼビウス』である。こちらは自機が1回やられるごとに難易度がやさしくなる自動調整機能が組み込まれている。こうした「メタAI」はどんどん進化を遂げていき、『Left 4 Dead』では、ユーザーの緊張度を推定して敵の種類や出すタイミングなどを決定するアルゴリズムが採用されている。
さらに時代は進み、『Warframe』ではダンジョンそのものが自動生成されるようになった。スクウェア・エニックスでも長い間、こうした技術の開発に取り組んでおり、『ファイナルファンタジーXV』などの大型ゲームにも導入されている。
「メタAI」は、ゲーム全体をコントロールするという意味で“究極的には、ゲームそのものもクリエイションするところまでいく”と三宅氏は語る。従来までのPCG(Procedural Contents Generation)は、ルールベースで行われていた。そこでプロシージャル技術(PCGML)が発達し、コンテンツ生成をディープラーニング学習と組み合わせられるようになったのである。
数学や規則でコンテンツ生成が行われていたものの起源は、1980年に登場した『ローグ』だ。その後『不思議なダンジョン』シリーズなど、「ローグライク」として現在でも人気ジャンルの元となった作品だが、こちらは乱数で正方形を切ってマップを生成するというシンプルなものであった。
80年代後半になると、ブラウン運動から地形を生成できるようになった。こうした技術は、最近はさまざまなゲームエンジンに組み込まれるようになり、地形や植物、雲、自然物の生成に応用され、ほぼデファクトスタンダードになっている。たとえば『No Man’s Sky』では、ほぼPCGで惑星ごと生成されている。
さらに、これに「ディープニューラルネットワーク(DNN)」を融合させることで、生成のパターンが見えてしまう……という欠点をも補う形で発展してきたとのこと。
こちらは「PCGRL」というもので、ゲーム産業とも相性がよい強化学習だ。普通のディープラーニングでは多くの学習データが必要になるものの、ゲーム開発では学習させるための元となるデータは何もない。その代わりに、ゲームで多くのシミュレーションを行い、そのデータを学習させていくのだ。
以前のPCGではダンジョンそのものを生成していたが、PCGRLでは「ダンジョンを作るゲーム開発者」を作る。倉庫番のようなゲームで、ブロックを置いてその結果をよい・悪いで返していく……という作業を繰り返して学習。最終的には、ダンジョンを上手に作成するAIが完成するのだ。
また、マイクロソフトが学術用のフレームワークを無料で提供しており、大学の研究では『マインクラフト』を使うのが主流になってきている。この環境を使って、さまざまなゲームウェアの研究をしているようだ。
2003年にマイクロソフトが『Teo Feng』で強化学習を研究題材として採用。2005年には、同じくマイクロソフトが『Forza Motorsport』で製品において強化学習を採用している。もっとも世間的にインパクトがあったのは、2015年にDeepMindが発表した囲碁のAI『AlphaGO』だ。
こうしたAI群は、ゲーム産業以外のところで研究されてきた。ゲーム産業では開発工程に組み込むために様々な擦りあわせをしなければならないが、他の企業にとってゲームは手段に過ぎない。そのため、実験の場として利用できるようだ。
キーとなるのは「Deep Q-Learning」で、こちらは強化学習で数学ベースを採用していたところを、ディープラーニングベースにしたものである。2013年にDeep Mindが「Deep Q-Learning」を使って、(画面がスクロールしない)ATARIのゲームを人間以上にうまくゲームがプレイ出来るよう学習させた。ここからゲームに転用しようという動きがあり、たくさんの「Deep Q-Learning」の実例が出てきたのだ。
最近のゲーム産業の特徴のひとつとして、「人工知能にゲームを作らせ、チェックさせる」という研究がある。つまり、メタAIがゲームを作り、自動的にプレイする。こうしたものは、レーシングゲームやアクションゲームで研究が行われているとのこと。
また、ボードゲームも自動生成することができる。実は、ボードゲームのルールは「ツリー構造」で表すことができる。この「ツリー」の部品を組み合わせることで、新しいゲームを作ることができる。そしてこの技術は、「遺伝的プログラミング」と呼ばれる。遺伝的プログラミングは、何度も生成することで、最終的に面白いゲームが出来上がっていくのだ。なんと、こうした作品はすでに発売されているとのこと。もちろん、作者はAIだ。
将棋が抱えていた課題をAIで解決!『ポケモン』のバトルライブ配信にも導入された、戦況分析AIにも注目
つづいて、HEROZ株式会社 代表取締役CROの高橋知裕氏より「エンターテイメントの新たなAI活用」と題したセッションが行われた。
この30年の間にさまざまな研究が行われ、昨今では生成AIなどもどんどん進化し加速度的に社会が変わっていく。率先的にAIを利用しているところもあるものの、全体的に利用頻度は少ない……というのが現状だ。「このギャップこそが日本の課題で、ギャップを埋めることが今後の日本において大切な目的である」と高橋氏は語る。
同社は将棋のAIに強いことでも有名だ。2013年に同社のエンジニアが開発した将棋AIが、現役プロ棋士に初めて勝利した。その後も日々研究を重ねてきており、2022年と2023年には将棋ソフトの将棋選手権で2連覇を達成している。
ここでのポイントは技術を作るというよりも「この技術をどのように展開するか」、「研究した内容をどのように届けるか」だと高橋氏はいう。2013年の頃は人間対AIの試合に注目していたものの、最近は将棋界の進化に注目している。将棋界を変えるというよりも、文化を発展させるために重要な将棋人口の増加や、マーケットの最大化を目指し、その中でAIがどのような形で役に立つのか考えているという。
同社では『将棋ウォーズ』というアプリも出しているが、こちらで最初に取り組んだのが「棋神降臨」という機能だ。こちらは、次にどの手を打てばいいのかわからないときに、将棋AIが代わりに指してくれるというものである。この機能を入れることで「負けてしまうからやめてしまった」という、将棋界にとっての課題を解決している。
ここでポイントとなるのは、ゲームの中でAIとして登場するというのではなく「棋神」としているところだ。例えるならば『ドラゴンボール』の神龍のような存在で、エンターテイメントでも慣れ親しまれた「神」の表現にあやかって使っているとのこと。これにより、AIに対する怖い印象を親しみやすいものにしていこうとしているそうだ。
また、マーケットをいかに広げるかということも大事だ。そこで取り組んでいるのが「棋神アナリティクス」と「棋神ラーニング」だ。プロ棋士が使っているような環境を整えるには、それなりに高価なGPUを搭載したPCが必要になるが、一般の人でも気軽に使えるようにクラウドサービスでそれを提供している。これにより、誰でも簡単に将棋を学べる環境を提供しているのだ。
もうひとつの「棋神ラーニング」は、将棋の初心者が1年で初段を目指せるようにしたものである。将棋に関する本はたくさんあるものの、メソッドがあまり体系化されていないとのこと。そこで、自分の実力に応じた動画とクイズで、将棋を上達していくことができるようにしたものだ。
将棋プレイヤーを増やすことも重要だが、観戦者を増やすことも同時に重要だ。そこでここ最近同社が取り組んでいるのが、観る人も楽しめる環境をAIが提供するということだ。将棋ライブ配信の対局中に、今どちらが有利なのかをわかりやすく表した形勢バーを表示するようにした。これを入れただけで、今どちらが勝っているのか話題にしやすくなり、観戦者のコミュニケーションが生まれる。
また、次の一手に何を指すかといったものも、将棋AI解析システム「棋神アナリティクス」を活用して表示している。こうした試みで、PV数は劇的に増加。
さらにこの仕組みは今年行われた「ポケモンジャパンチャンピオンシップス 2024」のライブ配信にも導入。ポケモンバトルの対戦評価を行う「Pokémon Battle Scope」として、将棋同様に対戦中の形勢や次の動きの候補などが表示され、よりわかりやすく観戦が楽しめるようになったのである。
クリエイティブを高める独自ゲームエンジン『KATANA ENGINE』のプロシージャル制作とAI
株式会社コーエーテクモゲームス 執行役員エンタテインメント制作本部副本部長 フューチャーテックベース長の三嶋寛了氏からは、「クリエイティブを高める『KATANA ENGINE』のプロシージャル制作とAI」というテーマでセッションが行われた。
コーエーテクモゲームスでは、内製で作ったゲームエンジンの『KATANA ENGINE』を利用してゲームが開発されている。同エンジンには「効率よく高品質なゲームを開発するためのソフトウェアであること」、「同社のほとんどのタイトル開発に使われている」、「シミュレーションゲームやアクションゲームなど様々なタイプのゲーム開発が可能」という3つの特徴がある。
それに加えて、プレイヤーが楽しむ世界を作りあげることができる、というのも『KATANA ENGINE』の特徴だ。ゲームコンテンツは技術の進化によってより広範囲に高密度に高品質に、そしてそれらすべてをリアルタイムに処理しなければならない。そのため、それに対応したゲームエンジンも開発には欠かせないのだ。
こうした進化を支える技術は大きく分けて仮想化、プロシージャル、AIの3つがあり、今回は仮想化以外の部分に焦点を当て、その重要性について紹介が行われた。
ゲームコンテンツにおけるAIの役割は、ユーザー体験を新鮮かつ奥深くすることである。そのために、ゲームAIとバランス調整用AI、リソース制作用AIの3つがある。ゲームAIは、世界観を成立させてユーザー体験を得るためのものだ。プレイヤーと一緒に仲間として協力するキャラクターやライバル、調整者などとして開発される。そして、個体だけではなく、組織体に応じたAIアーキテクチャが考案される。
『信長の野望・新生』における合戦では、要所や高低差、挟撃などを活用して勝利を競っていく。勝利条件としては、「敵をすべて撃破する」、「敵の士気を0にする」、「敵の退き口をすべて破壊する」、「大名を討ち取る」の4つだ。
本作では、武将の個性を合戦におけるゲームAIの行動で表現するため、3層のAIを作っているとのこと。1層目の大将AIは全体を采配する。優勢ならば全軍突撃し、均衡しているときは隙をうかがう。劣勢のときはカウンターを狙う。2層目が軍師AIだ。こちらは戦場全体を見て、部隊への目標を指示する。遠距離射撃ポイントを指示したり救援命令を出したり、あるいは挟撃命令を出す。
そして、最後の層が武将AI。武勇タイプは攻撃対象を探索するのが得意で、結果的に好戦的になる。統率タイプは敵の行動を妨害することに長けており、防衛力がある。知略タイプは有利な状況を作るのが得意で、遠距離攻撃や挟撃がうまい。こうした武将ごとの特性や局面においての役割により、多彩な行動を取るのだ。
ゲームのバランス調整は、パラメーターの調整をしてゲームをプレイし、結果を確認・分析して、さらにパラメーターの調整を行っていくというイテレーション(繰り返し)を行っていく。このイテレーション期間の短縮がバランス調整用AIの目的だ。
事例として紹介されたのが、同社の「Balancing Support Service」である。こちらはクライアントサーバーのようなものとなっており、強化型AIによってゲームを自動でプレイしながら、自動でデータ収集と時系列処理を持っており、徐々に賢くなっていきながらゲームプレイを進めていく。
収集されたデータは、クリエイターやアーティストが利用することができ、あらゆるゲームが利用できるアーキテクチャとして提供している。
3つ目のリソース制作用AIは、コンテンツのリソース量と密度を高めるためのものだ。クリエイターが狙ったものを生成することを目的としており、意図したリソースを制作できるようにしている。たとえば、スケッチから地形モデルを作ることができるほか、2Dの画像から様々な表情の差分を制作することもできる。
続いてプロシージャル制作の話題に。このプロシージャル制作とは、「理論立てた高機能を活用した制作」と定義付けられている。これは、効率的に高品質なコンテンツを手続きで制作することを目的にしたものだ。理にかなった制御がしやすいため、制作のイテレーション期間を短縮しやすい。また、仮説の理論をシミュレーションさせて結果を得ることが可能で、これによって人が作れなかったものも作れるようになるのである。
同社の『KATANA ENGINE』では、同時制作に配慮された様々なエディターが用意されている。こうした様々なデジタルコンテンツを組み合わせて使うことで、並列に制作できるものを増やしていったのだ。
しかし、上流工程や下流工程が存在しないわけではない。レベルデザインの変更はアートワークの修正も誘発するため、大規模になればなるほど制作が難しくなってしまう。そこで同社ではレベルデザインの変更によるイテレーション期間の短縮を目的に、大きく分けて5つの項目で取り組んでいる。
ひとつ目は、組み立て方式の文法化によるプロシージャル背景制作だ。建築方式や自然物の植生の在り方などをルール化して、元々ある超精密モデルを組み合わせながら実際のステージを作りあげていくやり方である。もの自体をハンドメイドで変えないため、非破壊制作で作り直すことができるのが特徴だ。
2つ目は、シミュレーション技術を活用した水流の自動制作である。簡単な指定で川を作り、分流させたり合流させたり、環境に応じた自然な水流を制作し、その地形に合わせた波形や滝までも作り出すことができるのだ。
3つ目はアダプティブ環境音である。こちらは説得力のある複雑な環境音制御を可能にするものだ。「昼間の雨で、なおかつ木が多く存在する場所」で音を鳴らす……といったルールの設定により、複雑な音の制御もステージ環境に応じて簡単に作り出すことができるのである。
4つ目はナビゲーション情報の半自動制作だ。こちらは、ゲームAIのための移動経路情報の再制作が容易にできるというものである。オープンワールドなど広域でなおかつ密度が上がるほど、スピードと高い精度が求められる。
最後の5つ目は、映像制作技術のプロシージャル化だ。様々なシーンでキャラクター同士が会話をするなど、ユニークで感情豊かなシーン制作を助けるためのものだ。位置関係に応じたショット演出などをプロシージャルで作っていくことで、固定のカメラアニメーションなどを作らずに映像を再生することができる。また、カット割りや表情・ジェスチャーの半自動割当も行える。
3つの講演はいずれも専門性の高いトピックでありながら、『パックマン』の敵や『信長の野望・新生』の合戦などの馴染みやすい例で、AIに詳しくない方でも「ゲームとAIの今」を感じることができただろう。
クリエイティブを高め、ユーザー体験を豊かにすることを目的にするAIの数々。日々物凄いスピードで成長していくそれらは、我々プレイヤーにこれからどんな体験をもたらしてくれるのだろうか。
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