全世界が注目した米大統領選はトランプ氏が圧勝した。景気や治安が悪いと考える米国民の多数が同氏を支持した。しかし公約に掲げた過激な保護主義や移民排斥主義が米国と世界にマイナスの影響を与えるとの懸念も根強い。親中派で大富豪のイーロン・マスク氏が重要ポストに起用される可能性が高まっており、対中強硬政策が緩和されるとの見方も出ている。
「関税は美しい」と語り「タリフマン」を標榜するトランプ前大統領は中国に60%、同盟国を含むその他の諸国に10~20%の輸入関税を課すことを打ち出した。この高関税を適用すると、全輸入品に対する平均関税率は2%強から18%弱に跳ね上がる。1930年当時に匹敵する高い水準だ。この結果、米国の標準的な世帯に年間2000~3000ドル(約31万~46万円)の実質的な負担を強いることになる。世界の貿易戦争やブロック経済化を招き、第2次大戦に至った20世紀初頭と同じ惨禍を招く恐れがあると警鐘を鳴らす識者も多い。
財政赤字拡大、インフレを加速
トランプ氏は「再び米国を強大に」の目標の下、経済力強化を掲げるが、財源の裏付けがない「バラマキ政策」につながる恐れがあり、懸念材料となっている。米調査機関の試算によると、トランプ氏の一連の経済政策は26~35年度の財政赤字を8兆ドル近く増やす見通しだ。看板の大型減税も通商・移民政策による成長率の低下を補えず、債務の拡大と高インフレを招いてしまうという。
トランプ氏は規制緩和によって米国内で原油や天然ガスを増産しインフレを防止するとしているが、効果があるか疑問だ。地球温暖化を抑止するパリ協定や世界貿易機関(WTO)からの離脱も示唆している。米国の対中経済依存は多大で、完全なデカップリング(切り離し)は困難だ。
「トランプ政策」が世界のGDP押し下げ
保護貿易、移民制限、拡張財政への傾斜を強める政権は欧州やアジアにもみられる。行き過ぎた排斥主義やバラマキを唱えるポピュリズム(大衆迎合主義)政党の勢いも増す。国際通貨基金(IMF)によると、一連の「トランプ政策」により世界の国内総生産(GDP)を2025年に0.8%、2026年に1.3%引き下げるという。
米国内の税政策はどうか?トランプ氏は前政権時代の2017年に、経済政策の柱として10年間で総額1兆5000億ドル規模の大型減税を実施した。これによって、法人税率を35%から21%に引き下げ、個人所得税の最高税率を39.6%から37%に引き下げた。富裕層優遇の減税策と批判されたが、トランプ氏は法人税率を21%からさらに15%に引き下げると公約した。
また、接客業に携わる人々が受け取っているチップや、社会保障の給付金への課税を廃止し、住宅ローン金利を引き下げ、税制優遇措置などを通じて住宅の購入を支援すると約束。高齢者に対しても公的医療保険や社会保障を一切削減しないと明言した。
このような富裕層減税や法人税率の引き下げなどの政策は短期的には企業に恩恵をもたらすが、財政赤字の拡大を招くのは必至。米国債の格付け低下を招く恐れもある。
円安加速か、日本の自動車産業にダメージ
米国でインフレが急加速すれば、連邦準備制度理事会(FRB)が金利引き下げのテンポを弱めることになる。日米金利差が縮小せず、円安が進む可能性が高い。
トランプ氏は、メキシコで生産して米国に輸入される自動車に高い関税を課すとし、10月10日のデトロイトでの演説ではメキシコの国境を越えて輸入されるすべての自動車に200%の関税をかけると主張した。メキシコで生産し無関税で米国に輸出している日本の自動車メーカーには大打撃だ。
日本の対米貿易黒字はトランプ氏が選挙戦で勝った2016年に比べ1兆9000億円増え、日米貿易摩擦が再燃する懸念もある。財務省と日銀によると、日本の米国に対する直接投資残高は23年末時点で約100兆円に達する。16年は53兆円で、7年で倍増した。米国経済への貢献としてアピールできよう。
デカップリングは困難
トランプ氏の一枚看板は中国への強硬路線だが、世界一の製造大国の中国を中心にサプライチェーンが張り巡らされている。最大の消費市場でもあり、米国が狙うデカップリングは困難。グローバルサウス(南半球を中心とする新興国・途上国)も勢いを増しており、その大半が中国と緊密に結びついている。
さらに最大のトランプ支援者となった大富豪、テスラCEOのイーロン・マスク氏の存在が大きい。電気自動車(EV)の上海工場で莫大なビジネス権益を有しているだけでなく、中国政府から特別な厚遇を受け、習近平国家主席がトップを務める清華大学経済管理学院顧問委員会(海外大手企業トップが集まり中国経済発展を助ける委員会)のメンバーの一人だ。李強首相が上海市の書記だったころに上海工場を設立したため、李強首相とも頻繁に会う間柄だ。
トランプ氏、対中強硬派を起用せず
上海工場での2023年の生産台数は95万8000台で、テスラ社の全生産能力の半分以上を占め、テスラ社最大のドル箱。これが可能になったのは、テスラ上海工場設立を外国単独企業として初めて認可したためだ。
イーロン・マスク氏は5月23日にパリで開催された大手テクノロジー企業の経営者などが集まる会議で「中国のEVに対する米国の関税に反対する」と表明。バイデン政権が、トランプ前大統領が導入した多くの関税を維持しながら、中国のEVに対する関税を4倍の100%以上に引き上げることに対し、「市場をゆがめるような措置は好ましくない」と述べた。
トランプ次期米大統領は9日、新政権でニッキー・ヘイリー元国連大使、マイク・ポンペオ元国務長官を起用しないと表明した。両氏は対中強硬派として知られており、イーロン・マスク氏の影響があったのではとの憶測を呼んでいる。
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