自公過半数割れという結果の責任を取り、選挙対策委員長を辞職した小泉進次郎氏。しかし彼が掲げる解雇規制見直し論はくすぶり続けている
9月の自民党総裁選で、小泉進次郎氏が提唱した大企業に対する「解雇規制の見直し」がくすぶっている。世襲議員で勤労経験の乏しい小泉氏の主張だったために世間の反発を招いたが、安価な若年層を流動的に雇用したい財界からは一定の支持を集めている。解雇規制の見直しは、野党からも一定の賛同が出ている。そして、"クビ切り自由化"が進めば、その影響を最も受けるのは職業の選択肢が乏しいシニア世代だ。
維新の政調会長を務めながら、10月の衆院選で落選した音喜多駿氏は、選挙後の11月4日、「解雇規制見直しの真実 ? 落選経験者が語る労働市場改革への道」なるタイトルのブログ記事を投稿。落選者で無職の立場から、金銭解決ルールを導入したうえでの解雇規制の見直しの必要性を訴えた。音喜多氏は議員バッジを失ったので政策実現能力はない。とはいえ...
「総裁選で小泉氏の選対を担った自民議員の中には、岸田政権で官邸を差配した木原誠二氏といった実力者がいます。こういった面々が石破政権で解雇規制に向けて蠢(うごめ)く可能性があります。
また、弱体化した石破政権がいつ崩壊するかも分かりません。再び総裁選となれば、キングメーカーを気取りたい菅義偉元首相が改めて小泉氏を担ぎ出し、またぞろ解雇規制の見直しが叫ばれる恐れがあります」(政治部記者)
衆院選直後に行われた両院議員懇談会の冒頭、衆院総選挙の結果について陳謝する石破茂総裁
■楽天三木谷社長は絶賛
小泉氏による解雇規制の見直しの主張は、大企業に対して労働者の再就職やリスキリング(学び直し)の支援を義務付けることを条件に、人員整理をしやすくするというものだった。
これに対し、楽天の三木谷浩史社長は9月16日にXで、解雇規制緩和について「硬直化した大企業から成長分野にリソースをシフトしないと日本経済は発展せず、貧しい国になっていくだろう」と呼応。翌17日にも「We need to change.小泉候補に期待」と投稿した。政財界の目論見について、政治部記者が解説する。
「人材紹介会社を間に入れて、転職を促す体で首切りができるということです。企業は早晩、AIの進化で社員がだぶつくのが目に見えているので、首切り緩和に向けた環境を政府が整備してやろうという魂胆です。
社会人経験に乏しい世襲議員の小泉氏の主張だったので総裁選では受け入れられませんでしたが、経団連など大企業を後ろ盾とする自民党の本質が露呈しました。企業にもメリットのある施策なので、政財界が一体となって、今後も虎視眈々と狙ってくると思われます」(政治部記者)
■54歳でリストラ...職を転々
関東地方在住で、まもなく70歳を迎える伊藤淳一さん(仮名)は、契約社員として週5日、1日8時間のフルタイムで働く。仕事は病院の防災センターでの設備管理。エアコンフィルターの掃除といった屋外での仕事が多く、夏場は体重が4.5kg減る。そんな重労働も今年で10年目を迎えた。
「空き家になった実家の固定資産税、孫6人へのお年玉や誕生日プレゼントに入学祝い...。年金だけでは心もとないし、家にいてもお金にはならないですからね。」(伊藤さん)
伊藤さんは専門学校卒業後、大手家電メーカーの事務職として約30年間勤めていたが、54歳でリストラに遭い、暗転。短期の仕事を転々とした後、行政の就業支援制度を利用して危険物取扱者やボイラー取扱者などの資格を取得し、現在の仕事にありつけた。
「体力的には年々きつくなってきていますが、他の仕事と言ったってもっと安い清掃関係ですよ。しがみつくしかないです」(伊藤さん)
■流動化はもうこりごり
職を失った大企業の社員は中小へと流れ、代わりに生じた余剰人員はより零細な企業や非正規へと漂流していく。結果的にしわ寄せが来るのが、伊藤さんのようなシルバー就労者だ。
「私の職場は、職安だったりシルバー人材センターの紹介を受けた還暦越えの年寄りが多かったのですが、最近は30代ぐらいの若い人も入ってきましたね。もし、解雇規制が緩和されれば、若年世代がもっと入り込んでくることになります。当然、年を食った私たちの仕事が奪われることになりますよね...」(伊藤さん)
日本労働組合総連合会(略称:連合)の「高齢者雇用に関する調査2020」(全国の45歳~69歳の有職者1000名の有効サンプルを集計)の発表によると、60 歳以上の人(400 名)に1日あたりの労働時間を聞いたところ、「8時間」(42.0%)が最も多く、平均は6.8時間。1週間あたりの労働日数では、「5日」(54.5%)が最多だ。伊藤さんのように60歳以降、現役世代とさほど変わりなくフルタイムで働いているシニアは多い。
興味深いのは、同調査で今後、65 歳以降も働きたいと考えている人(780名)に、65歳以降、どのような働き方を希望するか(または希望していたか)聞いたところ、「現役時代と同じ会社(グループ含む)で正規以外の雇用形態で働く」(42.44%)が最も高く、次いで、「現役時代と同じ会社(グループ含む)で正社員として働く」(33.1%)となったことである。伊藤さんはリストラという憂き目に遭ったため、同じ会社に居続けることはできなかったが、多くのシニアは自身が現役時代に勤めていた会社でずっと働き続けたいと考えているようである。
「解雇規制の見直しで雇用の流動化を訴えられても、我々シニアはもう流動化したくないのが本音ですよ。だって流動化しても、もう行く先がないでしょう。私の場合は、平成不況でリストラという雇用の流動化に当たったわけですからもう十分です。ようやくつかんだ今の仕事を続けさせてほしい」(伊藤さん)
進次郎氏の父・小泉純一郎元首相による規制緩和で非正規労働者が増大し、その後の派遣切り問題へと至った。そして、今回のターゲットは正社員。人員整理の余波は川下の末端労働者へとつながっていく。
文/山本優希 写真/自民党
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