「家計簿アプリがあふれる中でも、なぜ人は貯金できないのか」──日本初のフリマアプリ「フリル」創業者で、現在はプリペイドカードサービス「B/43」(ビーヨンサン)を運営するスマートバンクの堀井翔太CEOは、デジタル時代の家計管理にこう問いかける。

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 スマートフォンの普及で家計簿は手軽になった。銀行口座やクレジットカードと連携し、支出を自動で記録できるアプリは数多い。それでも単身世帯の3分の1、2人以上世帯の4分の1が貯蓄ゼロという現実がある。同社の調査では、家計管理を実践している世帯でさえ、月平均8700円の浪費が発生しているという。

 「データを見える化するだけでは、行動は変わらない」。堀井CEOはそう断言する。11月12日に40億8000万円の資金調達を発表した同社は、AIを活用した新たな家計管理の仕組みでこの課題に挑むという。直近の動きについて「家計簿アプリ全てを敵に回した」と話す堀井CEO。同社は、どのように他社と違う“家計改善”を実現しようとしているのか。

プリカから家計簿へ 資金調達40億円

 資産形成の手段として、ともすれば貯蓄支援や株式投資などが注目されがちだ。しかし実際の課題はその前の段階にある。多くの人は運用するための貯蓄がない。ならば、貯蓄を可能にする支出管理からアプローチしようというのがB/43の出発点だ。

 従来の家計簿アプリは、銀行口座やクレジットカードと連携し、支出を記録するだけ。しかし、クレジットカードは後払いの側面が強く、月次での締めと振り返り、予算の見直しというステップは簡単ではない。そこで同社は、生活費をアプリにチャージし、その残高内で家計管理ができるプリペイドカードという形を選んだ。

 サービス開始から3年。ダウンロード数は100万を超え、決済額も数十億円規模に成長。特にパートナーと生活費を分け合うペアカードは、3カ月以上の継続率100%、半年以上でも98.1%と高い支持を得た。最初はお試し感覚で利用するユーザーも、利用開始から10カ月後には決済金額が2.8倍になるなど、着実にファンを増やしてきたという。

 そして今、同社は支出管理の範囲を広げるという新たな戦略にかじを切る。銀行口座やクレジットカードとの連携機能を追加し、AIを活用したレシート読み取り機能も実装した。「プロダクトを通してユーザーの資産形成をお手伝いするという形で関与したい」と堀井CEOは語る。

 この挑戦を後押しするのが、今回のシリーズB調達だ。グローバル・ブレインがリードインベスターとして追加出資。セブン銀行なども新規株主として加わった。調達総額40億8000万円のうち約11億5000万円はデット(借入金)で構成。累計調達額は70億円を超える。

●AI搭載で家計改善を自動化

 家計簿アプリとされるサービスは、App Storeで検索すると30以上がヒットする。にもかかわらず、家計改善は進まないと堀井CEO。「家計管理をやっている人が対象の調査でも、1世帯あたり月8691円、年間約10万円の浪費があった」という。日本全体では5兆円規模の無駄遣いが発生している計算だ。

 同社のユーザーインタビューで見えてきた課題は明確だった。データは見えるようになったものの、改善方法が分からない。分析した結果、どうすればいいのかという「How」の部分が、ユーザーには見えてこないという。

 この課題を解決するため、同社はAIを活用した家計改善アシスタントの開発を進めている。第1段階として、AIがユーザーの家計データを分析する。単に今月の支出を円グラフで示すだけでなく、過去の履歴との比較、同じような世帯構成の利用者との比較など、多角的な分析を行う。「ユーザーが気づいていなかった視点を提供したい」と堀井CEO。

 第2段階は予算の提案だ。家計管理の出発点となる予算設定は、多くのユーザーが悩むポイントという。AIは分析結果を基に、その家庭の状況に合わせた予算配分を提案。他の世帯との比較も交えながら、実現可能な予算案を示す。

 最後は実行のサポートだ。ここで同社の強みが生きる。既存の家計簿アプリが情報を預かるだけなのに対し、B/43は実際にお金を預かることができる。例えば、AIが提案した予算に基づき、銀行口座から自動的に生活費をチャージしたり、使い過ぎを防ぐため、カテゴリーごとの予算上限を設定し、超過を防いだりすることも可能だ。

 通常の家計簿アプリは支出を記録し、予算オーバーを警告することしかできない。一方、B/43はお金を預かることで、そもそも予算超過を起こさせない仕組みを実現するという。

 こうしたアプローチは、海外ですでに成果を上げ始めている。米国では大手金融機関JPモルガンが、AIを活用した資産形成アドバイスサービス「ウェルス・プラン」を展開。リリースから1年で1000万人が利用するまでに成長した。英国のフィンテック企業Cleoは、Z世代向けにチャットベースの支出管理サービスを提供し、黒字化を達成している。

●銀行になりたい? 今後のあるべき姿

 B/43はユーザーのお金を預かることで、AIによる分析から実際の支出管理までを実現できる。ただしこれはあくまでプリカを通じた支出に限ったものだ。現金や引き落とし、振込などの支出まで管理できるわけではない。その先を考えたとき、自然と行き着くのは銀行サービスになるだろう。

 実際、業界最大手の家計簿管理サービスを提供するマネーフォワードは7月、三井住友カードと資本業務提携を発表。銀行機能を備えた家計簿サービスへの進化を目指している。

 スマートバンクの堀井CEOも「完成形は銀行」と認める。口座間での資金移動や、デジタル給与の受け取りなど、お金を預かる機能をより強化できれば、家計管理の可能性は広がる。しかし、同社はあえて銀行免許の取得は目指さない。「銀行になれば制約も多い。むしろ、さまざまな金融関連の免許を組み合わせながら、銀行に近い機能を実現していく」という。

 実際、銀行の機能は個別の金融ライセンスである程度代替できる。お金を預かり、決済を行う機能は、前払式支払手段や資金移動業の免許で、制約はあるものの実現可能だ。Fivotが運営するプリカサービスIDAREのように、前払式支払手段で利息のようにポイントを付与するサービスも登場している。給与受け取りについても、資金移動業者による「デジタル給与払い」の制度が始まり、すでにPayPayが参入した。

 このように、銀行免許を持たなくても、複数の金融ライセンスを組み合わせることで、銀行の主要機能それぞれを実現することが可能だ。むしろ銀行よりも柔軟なサービス設計ができる可能性もある。スマートバンクは、この戦略で銀行に迫る機能を実現しながら、独自の家計管理サービスを追求していく構えだ。

●資産形成支援へ将来展開

 この先、スマートバンクが描く将来像は、お金を預かる仕組みとAIを組み合わせた、新しい金融プラットフォームの構築だ。その展開は3段階で進む。

 まず、AIを使ってファイナンシャルプランナー(FP)の代替を目指す。これまでFPに相談して作っていたライフプランを、AIが個人の状況に応じて提案する。複数の金融ライセンスを持つ同社ならではの機能として、提案したプランを実際の資金移動で実現することも視野に入れる。

 次に「AI貯金アシスタント」を展開する。一定額を貯金に回す単純な仕組みではない。AIが収支パターンを分析し、その月の状況に応じて最適な貯蓄額を自動的に振り分ける。お金を預かれる強みを生かし、提案を確実に実行に移せる点が特徴になるという。

 さらには「AI投資アシスタント」の導入も計画する。株式投資や仮想通貨など、多様な投資手段へのサポートを視野に入れる。分析から実行までを一気通貫で提供することで、投資のしきいを下げる狙いだ。

 収益モデルも進化させる。現在の主な収入源は、カード決済時の加盟店手数料と後払いチャージの手数料、そしてユーザーへの直接課金だ。当面は決済手数料を中心としながら、金利収入と課金収入を加えた3本柱での収益構造を目指す。特に今回のAIサービスは、課金収入の拡大につながると期待する。

 「フリマアプリはスマートフォンという新しい技術で、解決できなかった問題を解決できた。家計管理も新しい技術が解決のカギになる」。堀井CEOは、かつてフリマアプリの開発に携わった経験を振り返る。30以上の家計簿アプリが存在してもなお解決できなかった家計管理の課題。それを解くカギは、新たに台頭したAIにあるという。

 お金を預かり、AIで分析から実行までを支援する──堀井CEOは金融サービスの本質的な進化に賭ける。プリペイドカードから始まった挑戦は、より大きな構想へと歩みを進めている。かつて堀井CEOがITmedia NEWSに語った“エグい学びの先”は、いったいどう結実するのだろうか。

堀井翔太CEO