首相指名と「103万円の壁」撤廃論争のドサクサ紛れに、厚生労働省がとんでもない「大増税案」をブチ上げた。来年の5年に一度の年金制度見直しを前に、月額8万8000円以上の賃金を受け取っている全ての就労者から「健康保険料」と「年金掛け金」を強制徴収する「106万円の壁」撤廃法案提出に踏み切るというのだ。こちらは「103万円の壁撤廃」とは違い、国が労働者から一律、年収の数十パーセントを巻き上げる「事実上の大増税」となる。

 今まさに議論されている「103万円の壁」は、年収103万円を超えるとアルバイト学生やパート従業員は世帯主の扶養から外れ、所得税や地方税を払わねばならなくなる「税制上のバグ」だが、「106万円の壁」は「社会福祉制度上のバグ」。年収106万円もしくは月額8万8000円を超えるパート主婦、フリーターは世帯主の扶養から外され、月収の2割超に相当する「社会保険料」、つまり健康保険料と年金掛け金などを支払わねばならなくなる。

 その額たるや、概算であっても、

▽月8万8000円稼いだ人=健康保険料と介護保険料で5000円、年金8000円が天引きされ、手取りは7万5000円

▽月10万円稼いだ人=健康保険料と介護保険料で8000円、年金1万円が天引きされ、手取りは8万2000円

▽月15万円稼いだ人=健康保険料1万円、年金1万5000円が天引きされ、手取りは12万5000円

 なんのために家計を助けるパートやアルバイトをしているのか、さっぱりわからなくなる。

 さらにパートやアルバイトを雇用する中小企業も、本人負担額と同額の健康保険料、年金掛け金を負担せねばならない。つまり月収8万8000円を稼いだ人には企業負担分も含めると、2万6000円もの「大増税」が課されるのだ。

 かろうじて事業は継続できていたものの、社会保険料と税金の滞納で倒産に追い込まれた国内の中小企業は、東京商工リサーチの調べによると、今年は8月までに123件。これは過去最悪ペースだ。年末までには200社以上が倒産するとみられている。

 厚労省106万円の壁を撤廃し、企業規模を問わず国内の全ての企業に「社会保険料」支払いを義務付ければ来年以降、中小企業の倒産ラッシュが起こり、経営者や失業者の屍の山ができるのは明らかだ。

 しかも官僚が加盟する国家公務員共済組合の健康保険料率が格安の8.2%なのに対し、中小企業が加盟する社会保険組合「協会けんぽ」の保険料率は10.0%。

 なぜ中小企業の組合員の保険料率だけがこんなに高いかといえば、政治力に乏しい中小企業の集まり「協会けんぽ」には、組合員とはなんの関係もないアカの他人の「老人医療費」を押し付けられているから。同けんぽの財政状況を見ると、組合員の医療費に充てられているのは58.3%の5兆円で、残り40%超の3.5兆円は、老人医療の赤字分を補填する「拠出金」として国から強制徴収されているのだ。

 老人医療で丸儲けしているのは日本の医者だが、彼らは「合法的脱税し放題」。医療法人の税率はわずか23%で、交通費を除く必要経費に制限はなく、親から事業を継承した場合は相続税もゼロになる。

 中小企業社会保険料を払えず倒産し、失業者が年を越せない中で、医者と官僚だけがウハウハの「脱税し放題」「報酬天国」なのだ。

 こんな不条理が許されるのも、中小企業イジメで医者が巻き上げたカネが億単位で自民党議員に献金され、厚労省官僚は「天下り」した医療法人、学校法人で年間数千万円単位の役員報酬を得る「ウィンウィンの関係」だから。

 昨年11月に総務省が公開した日本医師会の政治団体「日本医師連盟(日医連)」の2022年分の政治資金収支報告書では、都道府県の医師連盟からの寄付額9億5110万円のうち、5億2000万円が自民党に献金されていた。5億2000万円の中には、二階派の自見英子前地方創生担当大臣への約1億5000万円の献金を筆頭に、安倍派麻生派の政治資金パーティー券購入、参院選への陣中見舞いが含まれる。自民党議員1人あたり、数百万円から数十万円の献金を受け取っていることになる。

 年度は違うが、2021年には岸田文雄前総理が日医連から1400万円、「日本医師会のドン」武見太郎氏の三男である竹見敬三前厚労大臣は、1100万円の献金を受け取っている。

 そんな自民党議員の私腹を肥やす政治に有権者が怒り、不信任を突きつけたのが、先の衆院選だったはず。それでも民意を無視して石破内閣と天下り官僚が「106万円の壁」を撤廃し、大増税を決行するなら、国民はストライキという実力行使で、再任された石破総理を引きずりおろすしかないのだろうか。

(那須優子/医療ジャーナリスト)

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