空手大会に出場した小学生が、後頭部を蹴られて動けなくなる様子を撮影した動画がXに投稿されて波紋を広げている。大会主催者によると、ヘッドギアをつけない「フルコンタクト」(直接打撃制)の試合だったという。救急搬送された小学生は、頸椎捻挫でコルセットを巻くケガを負ったが、今回のような事態をどうとらえるべきか。
問題となった空手大会は11月3日に開かれた。主催者によると、小学生が後ろを振り向いたにもかかわらず、蹴った側のセコンドは「いけ!」と指示を出していたという。蹴った小学生は反則負けとなった。蹴った側の子どもが所属する団体は、セコンドを謹慎処分としうえで、蹴られた側に謝罪した。
ノンコンタクトルールを採用する全日本空手道連盟は公式サイトで、加盟団体による大会ではないとしながらも「空手を名乗る大会でこのような事案が発生したことは誠に残念であり、何よりも選手の負傷には心を痛めております」という声明を出した。
倒れた小学生を誰も救護しようとしない様子も衝撃的に受け止められている。今回の映像が多くの人に問題意識を生じさせたことは間違いない。空手という競技の危険性を改めて再認識させただけでなく、それ以上に空手に関わる大人たちの態度にも疑いの目が向けられる契機になったと言えそうだ。
子どものスポーツトラブルに詳しい岩熊豊和弁護士は「空手に限らず、フルコンタクトの格闘技で子どもがケガをしても、相手側に賠償請求できない可能性がある」と指摘。「フルコンタクト競技を子どもに習わせる意味を改めて考えてほしい」とうったえる。岩熊弁護士に聞いた。
●「率直に言って恐ろしさを感じました」——投稿された動画を見て、どのように受け止めましたか
フルコンタクト空手は直接打撃を伴うため、ケガのリスクが高いとされています。特に子どもの場合は、骨が柔らかいため骨折のリスクがあり、頭部の軟部組織が薄く脆弱であるため脳浮腫や硬膜下血腫のリスクが高いとされています。
このように、フルコンタクト空手は危険なスポーツであるという認識でしたが、それを子どもがやっていることや大会まで開催されていること、蹴られた子どもが倒れて動かないのに関係者が誰もすぐに駆け寄らないことに、率直に言って恐ろしさを感じました。
——フルコンタクト空手に出場させることには、子どもとその保護者に、どのような法的リスクが考えられるでしょうか
子どもがフルコンタクトの試合で対戦相手に傷害を負わせた場合、まず考えられるのが、傷害を負わせた子どもに対する不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求です。
不法行為に該当するというためには、子どもの行為が違法であることが前提となります。
この点について、「一般に、スポーツの競技中に生じた加害行為については、それがそのスポーツのルールに著しく反することがなく、かつ通常予測され許容された動作に起因するものであるときは、そのスポーツの競技に参加した者全員がその危険を予め受忍し加害行為を承諾しているものと解するのが相当であり、このような場合加害者の行為は違法性を阻却するものというべきである」と判示した裁判例(東京地裁昭和45年2月27日判決)があります。
フルコンタクトではケガのリスクは当然ありますし、試合出場にあたって、ケガの危険を予め認識しているといえます。
したがって、ルール違反だとしても「加害行為がそのスポーツのルールに著しく反することがなく、かつ通常予測され許容された動作に起因するものであるとき」には違法性がないものといえるため、不法行為に該当せず、子どもに対する損害賠償請求は認められないということになります。
⚫︎著しいルール違反でも子どもへの賠償請求は必ず認められるわけではない仮に加害行為がルールに著しく反する行為であり、通常予測され許容された動作に起因するものとはいえない場合には、違法性が認められ、不法行為に該当することになりますが、その場合でも、子どもに対する損害賠償請求が必ず認められるわけではありません。
未成年の加害者に責任能力がないと認められる場合には、損害賠償責任を負わないこととなります(民法712条)。この責任能力については、おおむね11〜12歳程度が目安だとされています。
つまり、子どもがフルコンタクトで相手にケガをさせたとしても、子どもに責任能力がないと認められる場合には、子どもに対する損害賠償請求は認められないこととなります。
このような場合には、ケガをさせた子どもの親に対して損害賠償を請求することになります。
——親への賠償請求は認められるでしょうか
この点について、民法714条1項は「前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」と規定しています。
この規定により、ケガをさせた子どもが責任無能力者であるために損害賠償責任を負わないという場合でも、その監督義務者である親が損害賠償責任を負う場合があります。
ただし、この民法714条1項における親の責任は、責任無能力者である子どもの行為が不法行為に該当することを前提としていますので、子どもの行為に違法性がない場合には、子どもの親も損害賠償責任を負わないということになります。
⚫︎加害側の親、被害側の親、いずれも問われる責任ただ、ここで注意しなければいけないのは、被害者の親の責任です。
仮にケガをさせた子どもやその親に対する損害賠償請求が認められたとしても、被害者の親にも責任があると考えられます。
つまり、子どもである被害者がフルコンタクトの試合に出場することによってケガをするかもしれないということは予め十分に予想することができます。
その意味では、自分の子を危険な目に遭わせるような行動をとったという点で、被害者の親にも責任があるといえます。
したがって、実際に対戦相手の子どもやその親に対する損害賠償請求が認められる場合であっても、被害者の親にも落ち度があると考えられ、いわゆる「被害者側の過失」として過失相殺がなされる可能性が高いといえます。
つまり、空手に限ったことではありませんが、フルコンタクトの格闘技に出場させた子どもがどれだけ深刻なケガをした場合でも、被害者側の賠償請求は認められない可能性があるということです。
(※なお、今回の大会参加申込書を読むと、スポーツ保険は選手各自での加入が求められ、試合中の負傷・事故の責任を大会関係者が一切負わないとする記載がある)
——子どもにフルコンタクト空手を習わせている親に伝えたいことはありますか
先ほど述べたとおり、子どもの加害行為に違法性がないと判断された場合には損害賠償請求は認められませんが、この結果を被害を受けた子どもの自己責任として受け入れることができるでしょうか?
子ども自身がやりたいと思って習い始めたのではなく、親が子どもに習わせているのであれば、これを機にフルコンタクト空手を習わせることの意味について考えてみてはどうかと思います。
【取材協力弁護士】
岩熊 豊和(いわくま・とよかず)弁護士
2000年弁護士登録。福岡県弁護士会所属。スポーツトラブル(スポーツ中の事故、体罰、パワハラ・セクハラ・いじめなど)に注力。交通事故、離婚、遺産相続(遺産分割・遺言・遺留分)、民事事件全般も取り扱う。公益財団法人日本スポーツ協会ジュニアスポーツ法律アドバイザー。スポーツ問題解決の目標は「スポーツを楽しむという原点を取り戻すこと」。
事務所名:岩熊法律事務所
事務所URL:https://kumaben.com/
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