今年も様々なニュースが飛び交ったバーチャルタレントシーン。新たなタレントが才能を見せつけたり、意外なプラットフォームが注目されたり、はたまた長年活躍してきたタレントが活動を終えたり……。出会いも別れも多かったこの一年。シーンを観測し続けるライターたちは、この一年の変化についてどう感じているのだろうか。

 リアルサウンドテックでは3名の有識者ーー草野虹氏、たまごまご氏、浅田カズラ氏が語り合う座談会を企画。前編~中編ではおもにVTuberを中心とした「バーチャルタレント業界」について振り返った。

 今回の後編では、ソーシャルVRをはじめとするXR業界について振り返りつつ、来年以降のバーチャルシーンにおける思いや予測を語ってもらった。

■大爆発した2024年の『VRChat』界隈

――それでは来年以降の予測に入る前に、『VRChat』関連のお話もうかがえれば。

たまごまご:今年、大爆発したのは間違いないです。

浅田:前編の冒頭で草野さんがおっしゃったように、「外側から見るとそれほどでもない」はその通りなんですが、内側から見た時にこれ以上に盛り上がったタイミングは、おそらく過去に類を見ないですね。

僕はこの一年、『VRChat』現地で動向を観測していましたが、人気ワールドの「FUJIYAMA」がピーク時には一日に最大3万人も訪れるワールドになるなど、人口が急増しました。それほどの新規層が流入してきたわけですが、タイミングはスタンミさんの『VRChat』配信がスタートした頃と見事なまでにリンクしています。

たまごまご:この爆発も偶然の産物ではなく、VTuberのエンジンかずみさんが1対1の会話ができるワールド「NAGiSA」を作り、そこにスタンミさんが行き、トコロバさんと出会って大きな話題になった、というように色んなことが連なっていますよね。

また、スタンミさんは『VRChat』を「生活をする場所」として発信していたこと、誘導がしっかりと機能していたのも大きいでしょうね。『VRChat』に対し「なんとなく難しそう」「エロい女の子のアバターがいっぱいいる場所」といった偏見を持っていた人たちに、「みんなでおしゃべりして楽しむ場所なんだよ」と広げていってくれたことで、多くの新規ユーザーが来たのかなと思います。

 その見せ方も秀逸で、スタンミさんって企画を練るときに何十本もの企画書を作るみたいなんです。その企画力が、トコロバさんとの物語に繋がったのかなと。

〈参考:KAI-YOU Premium https://premium.kai-you.net/article/857〉

浅田:これまでの『VRChat』は、さまざまなカルチャーがあるうちの一部分しか注目されていないという事情もありましたからね。「妙なイベントをやっていたり、センシティブなアバターで遊ぶ人たちがいる奇妙な場所」と見る人も少なくなかったはずです。

 ただ、今年はその流れが徐々に変わっていきましたね。スタンミさんの登場は決定打ですが、その前段階として、ビッグネーム主催のイベントが続いたことが大きいはずです。2021年の冬からサンリオ主催イベント『SANRIO Virtual Festival』が3回開催されてきましたし、2024年にはTBS主催音楽イベント『META=KNOT 2024 in AKASAKA BLITZ』が開催されました。

 全4日間開催されたこのイベントには、キヌさんを筆頭としたVR発アーティストだけでなく、長瀬有花さん、somuniaさんといった気鋭のバーチャルアーティスト、春猿火さん&幸祜さんや名取さなさんといった著名なバーチャルアーティストが出演しました。TBS発バーチャルアーティスト・猫 The Sappinessさんもデビューするサプライズつきです。

 このライブを見るために『VRChat』に足を運んでみたという人もいれば、寝かせていたアカウントで再訪した人もいたと思うんですよね。時期的にも新生活シーズンの4月でしたから、新しいことを始めようと、VRヘッドセットを買い始めた人もいたのではないでしょうか。

 こうした複数の土壌が重なっていた中に、満を持して現れたのがスタンミさんでした。そのスタンミさんも、最初は「奇妙な場所」として興味を持ったと思います。しかし、すぐに自らの目で確かめに行き、ほどなくしてそこにいる人・場所の純粋なおもしろさに気づいて、その発掘や発信のために走り出したのが大きいですね。

たまごまご:初心者の時期を抜け出してからは、他の人を巻き込んだり、誘導したりするアクションをとっていることも、スタンミさんの特徴ですよね。自分で咀嚼し、飲み込んでからは、「これ面白いよ」だけでなく、「こんなすごい人がいるよ」と紹介し、「僕がやり方を教える」と誘導している。『VRChat』を始めた著名人としては、今までになかった動きですが、本気でここに愛情を感じているからこその動きゆえに、多くの人の支持を集めている印象です。

浅田:スタンミさんのファン層も『VRChat』と相性がいいんですよね。ストリーマーのファン層は、彼らが遊ぶPCゲームを遊べるだけのスペックを持つゲーミングPCを持ち、『Steam』をインストールしている確率は高めです。

 これだけそろっていれば、HMDを所有していなくともデスクトップモードで最低限のスタートを切ることは容易です。僕が出会ったスタンミさんがきっかけの新規プレイヤーの中にも、「とりあえず行ってみたら、おもしろかったのでVR機材も買った」といった経緯でハマった方がいらっしゃいました。

 加えて、この時期にスタートした新規層は、ゲーム中にDiscordで会話する習慣があるおかげか、音声コミュニケーションに積極的な方が多いですね。フランクな対話にも慣れていることも多く、ゆえに『VRChat』でのコミュニケーション、とりわけタイミングよく登場した「NAGiSA」との相性は抜群です。何時間も滞在し、「楽しすぎて数日徹夜した人」にも出会ったくらいです。

たまごまご:そのコミュニケーション能力の高さを活かしてか、アバター改変などの情報を集めて、スキルアップしていく速度も早いですよね。便利なツールの登場によってハードルが大きく下がっているのも追い風ですが、そうしたテクニックを教わる能力が高いことで、始めてから3日でちゃんとしたアバター改変ができていることもめずらしくないですよね。

浅田:テクニックやツールのハウツーが、WEB上に充実してきたことも大きいですね。検索エンジン経由でそうした情報にアクセスしやすくなっているし、そうして得た情報をベースに質問もしやすいはずです。

 重ね重ねになりますが、あらゆる要素が成熟したうえで重なり合ったタイミングで、大きく外へ発信する人が現れたことで、大きく間口が広がったのが2024年の『VRChat』界隈です。VTuber業界で例えるなら、にじさんじが一気に勢力を伸ばした2019年前半くらいのインパクトが起こったのかなと。

たまごまご:メジャーカルチャーからすれば小さな炎ですが、この炎は大きいですよ。

■飛び込んだ新規層に、「続けるカギ」をどう提示するか

浅田:一方で、さらなる拡大には懸念点もあります。VTuberの場合、ハマり続けるには気に入ったタレントのチャンネルに通い続ければ、基本的にはOKです。にじさんじホロライブが伸びたのは、グループ全体に多くのタレントが所属していて、一人でも気に入ったらコラボ配信を見ることで、さらにお気に入りタレントが増えていく流れを早期に組めたことが大きいですよね。「箱推し」という概念はまさにその象徴です。

 でも、『VRChat』はいざ入った後に、“その先どう過ごしていくか”を探すのは意外と難しいんですよね。

たまごまご:友達ができればどっぷりとハマっていきますけど、できなかった場合はそのまま去ってしまうケースが多いですよね。とはいえ、先ほど話に挙がったグリーティングのような、特定のイベントのときだけ訪れるライト層も今後増えていくとよいですよね。

浅田:もし友達ができたとしても、その友達がこれから先ずっと『VRChat』を続ける保証はないですからね。実際、今までも大きなイベントのタイミングだけログインする人はいましたし、まず最初はテーマパーク的な場所として見てもらうのが、始める最初のきっかけとしてはちょうどよいのかなと思いますね。

 話を戻すと、長く『VRChat』を続けるためには、現状では「コミュニティに属する」か「一人でも楽しめる趣味を内側で見つける」かが重要なカギになります。自分のたまり場を作る、または見つける、あるいは創作拠点とする、といった具合ですね。特に、クリエイティブ領域に踏み込むと、創ること自体が目的となって、逆に人と出会わなくても長続きする可能性もあります。

 こうした話をするのは、今年入ってきた新規層、特にスタンミさんがきっかけの新規層がこのあと、「VRChatでこの先なにをするか」を考え始めるフェーズに差し掛かると予測されるからです。「この先」が見つからないと、友人との縁の切れ目が離脱タイミングになるでしょう。

 そのヒントとなるアイデアを既存ユーザーやメディアが提示するのか、新規層の間で一つの文化が育まれるのか、どちらに転ぶかは読めないところです。とはいえ、フレンドになった新規層のユーザー動向を見ていると、なんとなく新規層で固まった場所やイベントができつつあるような印象もありますね。

たまごまご:それはいいことかもしれませんね。新しいイベントやコミュニティが生まれないと、新陳代謝が起こらず、場所として淀んできてしまうでしょうから。

浅田:既存の人気イベントが、参加定員に対して参加希望者が多くなっていることも大きいでしょうね。特に、スタンミさんが配信で訪れたイベントは、参加倍率が跳ね上がっていると聞きます。そうなると、「入れないなら自分たちで作るわ」と考える動きも出てくるでしょうし、その動きがどこまで継続・洗練されていくかがカギかなと思います。

たまごまご:成長が急に来たからこその成長痛がある段階ですね。とはいえ、僕はこの状況は楽観的に見ています。そもそも人がいなければどうにもなりませんから。

浅田:こうした『VRChat』界隈の動きは、VTuber業界のこれまでの動きと相似形になるんじゃないかなと、個人的には考えています。やってくる者もいれば、去る者もいる。スクラップ&ビルドが重なり、プレイヤーもどんどん入れ替わるはずです。

たまごまご:「黎明期から6~7年経って、活動を終えていくVTuberが増えている」という前半の話とシンクロしているように感じます。

浅田:そして、VTuberと合流していく可能性も十分にあり得ると思います。

たまごまご:VTuberも普通に『VRChat』をうろついていたりしますからね。結構名前の売れているVTuberの方を、人気ワールドで見かけることも多いです。

浅田:そして、ここから何が起こるかは、VTuber業界を眺めていた人間にとっては割と予測がつくのかなとも思っています。なので僕は、『VRChat』にいる人に「VTuberの歴史を把握しておくとよいですよ」とたまに言っていたりします。杞憂している方に対しては、「なるようにしかならないし、そんな悪いところには行かないよ」とも。

■VRChatとVTuberはどう接続されていく?

たまごまご:今年のビッグな参入者といえば、ホロライブの火威青さんも『VRChat』を盛り上げたいと熱く語る一人ですね。

浅田:火威青さんは、スタンミさんとはまた別の方角からきた特異点でしたね。ホロライブの新規タレントが、2019年から『VRChat』をやっているベテランユーザーだなんて、そんなの予測できっこない(笑)。

たまごまご:今まででも、ワトソン・アメリアさんが『VRChat』とVTuberをつなぐ役割を担っていましたが、火威青さんホロライブ全体を巻き込んでいきそうなのが特徴ですね。

浅田:火威青さんによって、国内のホロライブ所属タレントも『VRChat』の面白さに気づき始めているような印象です。かつてはロボ子さんアキ・ローゼンタールさんが『VRChat』に行く配信をされていましたが、その頃はまだ『VRChat』がさらにマイナーだった時期でしたからね。

 おそらく火威青さんは、ホロライブ内部で『VRChat』現地の情報を解像度高めで伝えているのかなと思います。「これってどういうこと?」としっかり説明できるからこそ、他のタレントたちが「じゃあこういう遊び方ができるね」と気づけるようになり、宝鐘マリンさんや白上フブキさんが配信の企画を立案できるようになったのかな、と予測しています。

たまごまご:ところで、草野さんはこの流れでVTuberがさらに『VRChat』に来ると考えられますか?

草野:VTuberがみな『VRChat』をやるかどうかはさすがに判断がつかないですね。事務所内ですでに遊んでいる人たちが固まって『VRChat』をやれば、他のメンバーも遊び始めるかもしれませんし、ホロメン全員が『VRChat』に集結する可能性も無きにしもあらずかなとは思います。

たまごまご:これまで『Minecraft』でやっていた運動会のような企画が『VRChat』開催になったら、ちょっとおもしろいですね。

草野:それに、モーションキャプチャースタジオが確保できなくて実施できない案件や企画が、『VRChat』を活用することでできるようになる未来も想像できます。

――まさに火威青さんの3Dお披露目はそのパターンでしたね。

草野:そうですね。自社の3Dスタジオではなく、火威青さんお手製の3D空間でお披露目をやったことはエポックメイキングですよね。

――ホロライブハロウィン企画のときも、自身の3Dモデルを使っている方と、そうではないSDキャラのアバターを使っている方がいらっしゃいましたね。技術的な課題があるとすれば、ここかもしれません。

草野:もともとある3Dモデルが転用できればいいですけど、そうでない場合はどこから制作コストを出すのか、という問題は出てくるでしょうね。くわえて、ドライですが「『VRChat』配信が収益につながるのか?」という運営目線からみた観点もあるかと思います。

たまごまご:『VRChat』に関して言えば、YouTubeのスーパーチャット投げ銭を受け取ること自体は規約的に問題は無いので、繋げること自体は出来るはずです。

 PCはもともとハイスペックなものを使っている方が多いでしょうから、一般的なユーザーと参戦のハードルは変わらないはずなんですよ。なので、おっしゃる通り足りないのはアバターなどを持ち込む技術になりそうですが、そこさえ裏側にいるスタッフが補えればなんとかなるはずです。

ーーそこのサポートを受けられるか否かは、大きな分かれ道となりそうです。

浅田:にじさんじ鈴木勝さんは、アバターなどのセットアップは独力でやったとコメントしていましたね。「先人の知恵があったからなんとかなった」とも語っていましたが、それがなければ挫折していた可能性は高いはずです。

草野:『cluster』のバーチャル渋谷に行くイベントはにじさんじでも実施経験があったと思うので、オペレーションに不慣れというころはないとは思いますが、実際みんながみんな『VRChat』配信をやるのかというと……やはり読めないですね。

浅田:企業所属のVTuberにとってすら、『VRChat』での活動に収益性を出し、事業化につなげるには、まだ道のりは遠いかなとは思います。グリーティングイベントが、数少ない可能性が見出だせる道でしょうね。

 一方で、VTuberにとっての『VRChat』や『cluster』には、先ほど草野さんがおっしゃっていたように簡易3D収録環境としての活用が見出せるかなとは思います。自前のVR環境を整える必要はありますが、それさえ整っていれば、ワンオペでも回せる3D収録環境が手に入ります。つまり『VRChat』や『バーチャルキャスト』などで活動してきたVR系配信者と近い環境となりますが、これがVTuber文化と本格的に合流する可能性はあるかなと思います。

 法人所属のVTuberの場合、スタジオが埋まってて全然使えず、フラストレーションが溜まっている人もいるでしょうから、「自分の好きな企画ができる」という観点では、お金回りはあまり関係のない話になるかもしれませんね。

たまごまご:TikTokにアップするダンス映像の撮影や、サムネイル向け画像の撮影にも便利ですからね。ずっと使い続ける環境にはならないにせよ、新しい場所ができることはプラスにしかならないはずです。

浅田:選択肢が増えること自体が大きなことですよね。それでも、VTuberのワンオフアバターは相当高価ですし、それが運悪く悪意あるユーザーによってリッピングされようものなら目も当てられないでしょうから、リスクを鑑みて企業勢の動きは遅くなるはずです。逆に、個人勢が先に早く動いてきそうです。

草野:天鬼ぷるるさんの活動スタイル・規模感・ファンの温度感がベストかなというイメージですね。あとは赤見かるびさんとか。

たまごまご:天鬼ぷるるさんの『VRChat』握手会では、市販アバターの改変モデルを使っていましたよね。たしかに収益化もできるし、再現性もかなり高かった。

草野:ハードルは決して低くはないものの、その方向であれば来年以降に広がる流れはありそうですね。

浅田:先日にはVAULTROOMも『VRChat』に公式ワールドを立ち上げましたし、ここと関わりのあるVTuberが参入する可能性はあるかもしれません。

 それと、趣味として活動している個人VTuberを、『VRChat』でも見かける頻度は増えてきましたね。タレント系の人はイベントやワールドのレポ動画を作成していますし、シンガー系の人は音楽イベントに顔を出すことがあります。特に、毎週定期開催されているオープンマイクイベントは、シンガー系VTuberとの相性がよいはずです。数十人の観客の“眼前”で歌い、手堅く濃いファンを作り続けていくことができるんですよね。

たまごまご:大手配信者が叩き出す数千~数万の同時接続と比べれば小さい数字ですけど、体感としては物理的に“そこにいる”観客のように感じられますから、それも良いところですね。ライブハウスで演奏をしているアーティストたちとすごく近いものを感じるので、ちょっとずつ光がちょっとずつ当たればいいなと思います。本当に才能のある人がたくさんいますから。

浅田:学術系VTuberがその博識ぶりで注目されたように、大人数を相手にする配信とは別ベクトルのファン開拓ルートが生まれそうですよね。

 VTuberが目指すゴールは大きく変わりつつあります。大手事務所に入って100万登録を目指すことが唯一のゴールではなくなり、100万登録に至って何をするか、登録者は重視せず、自分のやりたいことを完遂できるか、そこを決めることが重要になりつつあるはずです。そうしたフェーズにあって、『VRChat』や『clutser』が活動拠点として選択肢に浮上するケースも増えていくのかなと思いますし、そうなってくれると嬉しいですね。

草野:どう盛り上がっていくかはさておき、そうした形の参入が一番増えていく予測については、自分も同意見です。

たまごまご:いずれ、『VRChat』で50人の前でライブした人がVTuberとして大成したとき、そこにいた50人の一人が「大きくなったな」と腕を組むこともあるのでしょうね。そうなってほしいな。

■VTuberの行き先はVRか、さらなるマスコンテンツか

――では最後に、来年以降の予測について話していきましょうか。

草野:正直、来年以降の予測が難しいなと個人的には思っていて。だって、宝鐘マリンさんと明石家さんまさんがコラボしちゃったんですよ? これ以上何が起こるというのやら……(笑)。

たまごまご:僕としては、企業がVTuberを守り、よからぬ人がしっかり検挙される流れが大きくなっていってほしいですね。

草野:たまごまごさんの意見にプラスするなら、企業所属だけでなく、個人勢も助けてあげてほしいです。法解釈が広がらないと厳しいはずなので、来年中とは言わないにしても、守る範囲は広がってほしいですよ。守られてしかるべき人が「企業に所属してるか否か」だけで変わってしまうとなると、それはおかしいじゃないですか。一例ですが、天開司さんがその壁にぶつかっていたはずです。

たまごまご:たしか、アクセスプロバイダに対する発信者情報の開示請求までいけなかったんですよね。

草野:情報を集め出した時期が悪かったとは本人の弁でしたが、それにしても「救ってやってくれよ」とはすごい思ってました。

浅田:そうした相談ができる道が、個人勢に開かれていない可能性もありそうですよね。法的なトラブルなどを、誰でも気軽に相談できる環境を整えれば、個人勢はもちろん、駆け出しのスタートアップなども助かるはずです。誹謗中傷への対応は、VTuberに限らずインターネット社会全体の課題となっていて、対策については今後も加速していくでしょうし、動きが止まることはないと見ています。

草野:次は自分の予測ですが、国内における視聴者予備軍が、そろそろ枯渇する予感がしています。来年ではないけど、2~3年後にレッドゾーンが来そうだなと思うんですよ。嵐やSMAPのような「みんな知ってる」レベルにまで星街すいせいさんや宝鐘マリンさん、月ノ美兎さんや葛葉さんが至ったとき、どうするんだって。

 そうなった時に活躍の場や面白いものをシーンから生み出すために何が必要かと言えば、3Dスタジオやそれこそ『VRChat』の活用にあるかと思います。リスナー側に対する要求値はすごく高くなるとは思いますが、『VRChat』でのグリーティングが特別なイベントではなく、普段の配信からできるようになったら、めちゃくちゃ面白いなと思います。

たまごまご:やっぱり、会いに行きたいですもんねえ。2017年の電脳少女シロさんの配信で、ファンがVR空間で触れ合えたのを思い出します。

草野:『VRChat』は、多分VTuberが打てる“リーサルウェポン”だと思うんです。例えば、ゲーム配信をしているストリーマーにリアルタイムで直接会いに行くことは、ゲーム上でそういった仕様がない限りはほぼムリじゃないですか。例えば、シンガーの三浦大知さんもゲーム配信をしているんですが、実際には会うにはライブやイベントに行くほかない。でも、もし三浦大知さんが配信している姿をVR空間で見れたりできれば、ファンとしてめちゃめちゃ面白いですよね。

 リアルの芸能人である三浦大知さんを、3D空間で活動できるように準備するのはちょっとコストがかかるはずです。しかし、いま活動しているVTuberだったら、そのハードルはもう少し低くなるだろうなと。2~3年以内に、『VRChat』で気軽にVTuberへ会いに行けるようになればもっと面白いですし、『VRChat』の裾野ももっと広がるはずです。なにより、多くの人が本来想定していたVTuberの姿ってそういった側面があったはずですよね。

浅田:2018年当初夢見ていた光景が、今ようやく実現しかけているのは、たしかに。しかも、想像していなかったルートから開拓されようとしている。

草野:そしてもうひとつ、まったく逆のアプローチとしては、レギュラーのテレビ番組を作るところまで進む手があります。今年はレオス・ヴィンセントさんなど、番組のワンコーナーぐらいは任せられる段階に来ているので、実現してほしいところです。

たまごまご:ここまでタレントとして認められる世界になったのなら、徹底して「タレント」としてやってみてほしいですね。

草野:その路線もありつつ、星街すいせいさんのラジオ番組にあるVTuberを取り上げるコーナーのようなものが、バラエティ番組のワンコーナーにまで昇格するのも面白いはずです。それ以外は東京ドームのライブや、楽曲がめちゃくちゃバズる、といったルートがあるくらいですね。

――先ほどの明石家さんまさんの件もそうですし、YouTubeからより公共の媒体へ進出する流れは増えていくでしょうね。

草野:『VRChat』との接続か、よりマスな方向へ進むか、どちらかが流れとして出てきたら面白いなと思います。

浅田:マスな方向といえば、来年こそ紅白歌合戦星街すいせいさんの名が連なってほしいですね。

草野:にじさんじの緑仙さんとともに2人は「COUNTDOWN JAPAN」の出演が決まりましたし、無きにしもあらずですね。野外フェスに「RIOT MUSIC」の松永伊織さんやおめがシスターズさんが出演していますし、今後は「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」や「サマーソニック」、「FUJI ROCK」に出る可能性もあると思います。

たまごまご:VTuberっていう壁がなくなってきたのは嬉しいな。ずっと望んでいたことが実現しつつあります。星街すいせいさんの『ビビデバ』のMVも、シンデレラにならず外に飛び出していくかなり攻めた内容でしたし、挑戦しているのかもしれませんね。

草野:星街すいせいさんが「バーチャルアイドル」と名乗るようになったことも、自分の中では一つのメルクマール(指標)というか、彼女が背負うものの意味合いを感じています。「そうか、あなたがVTuberっていう言葉をやめるんだ」っていうところに、メッセージを感じずにはいられなかったですね。

■VTuberから“バーチャルな一般人”へ

浅田:僕は正直、今年見てきたものが、去年の予測を五段階ぐらい乗り越えるようなウルトラCの連発で、正直来年の予測なんてできないです(笑)。

草野:自分と一緒じゃないですか(笑)。

浅田:『VRChat』がこのぐらいの広がりを得るにはあと3年ぐらいはかかると覚悟していたのに、1年で飛び越えていきましたから。なので、『VRChat』方面に対しては一周回って、いまある慣性に流されるまま進んだ結果を観測してみたいですね。なんなら、プレイヤーとしての参加も検討したい。

 逆に、VTuberについては、今年は大きな卒業が増えて、転生も多く見られ、そんな中ホロライブが「配信活動終了」を設けた動きを見ていて、バーチャルタレントの「その先の在り方」がもう少し増えてもいいかなとは思いました。個人的には、「バーチャル一般人」の概念が芽生えてほしいですね。

草野:一般人、ですか。昨年の座談会でも「VTuberという言葉が融けてなくなる日が来るかも」という話をしていて、「VTuberという呼ばれ方」についていろいろとお話しましたね。

浅田:序盤に述べた「VRChatユーザーのVTuber宣言」は、『VRChat』で活動していたローカルな人が、YouTubeというステージで活躍するタレントを目指す流れを意味します。リアルにおける、一般人がタレント・芸能人を目指す道と同じですよね。

 では、その逆はなにかと言えば、いま活動しているバーチャルタレントが、タレント業を辞めて、「ただの人」になることだと思います。このルートは、VTuber業界にもうちょい広まってほしいなと思うんです。

 そうしたあり方の実現には、『VRChat』は別に必須ではなくて、究極Xのアカウントひとつあれば実現できると考えています。僕が唯一の“推し”と定めたVTuber・由持もにさんは、たまにしか配信せず、基本はXでの存在が確認できるのですが、それでいいんですよ。ごく普通の人が、たまに趣味で配信する、そうした存在がもっと増えていいはずなんです。

 引退とか転生とか、「配信活動終了」とか、実は必要ない。一般人というあり方が増えれば、こういう存在でいることが、『VRChat』ユーザーのようにより気軽になるはずです。

 もちろん、あり方を厳密に縛ることで、すごいものが作れるというケースもあると思いますが、ちょっと疲れた時に「タレント一回やめてゆっくりする。でも存在は残す」って選択肢があっていいはずです。

 リアルの芸能人だって、タレントを辞めた後に、存在ごと消えるわけじゃなくて、あくまで芸名とそれに紐づく活動が一旦フリーズするだけで、存在は続くし、普通に生活しますよね。“元VTuber”と「そういえばあなた、昔あの配信企画やってた人だよね」みたいな会話を「ポピー横丁」でする未来が増えたらいいなぁと願っています。

草野:別の考え方ですが、大枚をはたいてLive2Dモデルや3Dモデルを準備し、「よし、やるぞ!」とVTuberをするというよりも、『IRIAM』や『REALITY』で簡易的に、気軽に活動するような流れはもう少し広がってほしいですよね。

浅田:そうですね。それくらいがちょうどいいのかもしれません。普通の主婦がアプリ製のアバターをまとって、夕食作りながらおしゃべりしている、みたいな。

草野:そういうフィーリングはより広まってほしいですね。自分も「タレント」という言葉を使っていますが、もうちょっと肩の力を抜いてもいいんじゃないかなって。ただどうしても、オーラをまとった“活動者”という感じがしちゃうじゃないですか。

たまごまご:たしかに、そうなってしまうとうかつにできるものではないですよね。なんというか、名物視聴者的な捉え方ですよね。それはメタバースの基本的な考えの、一番大事なところかもしれません。みんなアバターをまとって、みんなバーチャルになることが出発点だったような気もしますよね。

草野:もちろん、そうした才能を持つ人もいるので、「そういうやり方を無くせ」などというつもりは一切言わないです。でも、それこそ視聴者も「バーチャル一般人」として存在できるようになれば、誤解なくこのフィーリングが広まるだろうなとは思いますね。

浅田:『VRChat』界隈でも、「何者かになる」は大きな議論として浮上するテーマですね。クリエイターやパフォーマーが比率的に多い環境なので、それを見ていると「私もなにかにならなきゃ」と、半ば強迫観念に駆られる人は少なくないです。でも、別に何者かにならなくてもいい時ってあるはずなんですよ。VTuberだってそうだと思うんです。目標を達成したから、いったん何でもない人に戻ってもいいやって言える空気が、この業界にも芽生えていくといいですけどね。難しい問いですが。

草野:なんというか、インターネットカルチャーから反逆しないと無理でしょうね。基本的に、インターネットカルチャーでは創作者がとても強く、どうしても目に留まります。「私も何か作ってみたい」と思って配信者になると、「何者かにならなきゃ」って考えるのは当たり前だと思うんですよ。

たまごまご:趣味で始めたはずなのにね……。

草野:ここに承認欲求などが混ざると、さらに複雑になってきます。というか、承認欲求を満たしたいみたいな欲求を抱えたひとが、配信者になったり、動画投稿をしてみたりする人が、圧倒的に多いはずですよね。これはVTuberに限らず、インターネットカルチャー全体に言えることだと思いますが。

浅田:なんなら、「ニコニコ生放送」が生まれた時代から、おそらくあった話ですよね。

草野:「インターネットでクリエーションしなきゃ」という思いからくる、永遠に解決されない問題だとは思います。

浅田:実際、様々なカルチャーが進展するごとに生まれてきて、永遠に解決はしないものの、一定の落とし所もどこかにあるはずです。この業界においても、どこかで落とし所が発明されていくんじゃないんですかね。

■VRで“目の前にいる10人”と、陽の目が当たる場所へ

たまごまご:それでいうと『VRChat』で「何者かになりたい」気持ちが強くなるのには、もう一つ理由があって。人前で何かをやることが結構手軽で、かつダイレクトに感想をもらえるからだと思うんですよね。YouTubeやTwitchで人に見てもらうことは難しいですが、人に直接見てもらえるという点で、『VRChat』や『cluster』で“何かをしたとき”の満足感って、すごく大きいと思うんです。数字として1000人に見られることが示されるより、目の前に10人並んで見てくれた方が、満足できるというか。

 だから、配信に人が来なくて悲しいと思ってる個人勢VTuberは、『VRChat』や『cluster』で何かしら企画やイベントを立ててみたらいいと思うんです。ファンの存在感とやってきたことへの反応を直接感じられて、モチベーションが上がると思います。

――『VRChat』と『cluster』でDJとしても活動されているたまごまごさんが言うと、説得力が違いますね。

たまごまご:『VRChat』はひとつのワールドに最大80人までしか入れないので、YouTubeで配信している人からしたら物足りないかもしれません。だとしても、個人の感覚としてはVRでDJをしている時の満足度は高いですね。かなり前に僕がブログを趣味で毎日更新していた時期、毎日何万人もの人が読んでくれて、確かにうれしかったです。けれども、10人の目の前でDJパフォーマンスをして反応をもらうことでとても満足できているのは、VRならではだと思います。

――直接のリアクションがあるというのは、アバターを介したコミュニケーションが存在するメタバースならではですね。

たまごまご:最後に、僕からもう一つの予測として、「BOOTH」の売上がさらに上がるのではないかと思います。『VRChat』を遊ぶ人が増え、いろんなアバターや衣装などのアセットが売れている現状が、加速し続けていくと思われます。特に衣装なんて、何着でも買うじゃないですか。

 そして、この加速した状態でVTuberが『VRChat』に来たら、VTuberたちが使っているアセットを買いたいと思う人は増えるはずですし、いい宣伝になるはずです。

 3Dクリエイターや個人VTuber、個人で『VRChat』で音楽をやっている人などは、企業勢のVTuberと比べれば、陽の目が当たるようになるのはとても難しいです。けれども、そんな人たちにも全体的に日が差す可能性がだいぶ見えてきたな、と感じています。にじさんじホロライブのように大きく伸びている企業側がVTuberシーンをさらに開拓して、スタンミさんたちのようなストリーマーさんたちの効果で『VRChat』が盛り上がっていくことで、多くのクリエイターに光が当たりやすくなるんじゃないかなっていう期待を込めて、来年の予想とします!

(文=浅田カズラ)

3人の識者が振り返る、2024年のバーチャル業界(後編)