
看護師は医療従事者の中でも、患者にとって最も身近な存在だ。筆者が実際に看護師として働いていた頃、患者さんから病気や入院生活、退院後のことまで、さまざまな相談に乗ることが多く、「患者さんのためになるなら」と熱心に寄り添っていた気がする。ただ看護師の仕事は寄り添うことだけではない。ナースステーションや手術室で行われる仕事や、それぞれの看護師が抱く看護観について詳しく知る人は少ないだろう。
『看護師の正体 医師に怒り、患者に尽くし、同僚と張り合う(中公新書ラクレ)』(松永正訓/中央公論新社)は、そんな看護師の仕事の舞台裏を知ることができる一冊だ。本書の著者は小児科医だが、物語の主人公は実在する看護師・千里(仮名)さんであり、内容は彼女の日記と、インタビューがもとになっている。現役看護師はもちろん、これまで看護師について知らなかった人にも、楽しんでもらえるはずだ。
千里さんは、病棟看護師(病院などに勤務し、医師の指示のもと包括的なケアをする看護師のこと)から、手術室看護師、救急病棟看護師と、幅広い診療科を経験しているベテラン看護師だ。作中では、彼女の新人看護師時代から綴られていく。看護学校を卒業した新人の多くは、まず大きな病院に勤めて自身の看護スキルを磨き、キャリアを築いていく。千里さんもその1人で、新人看護師なら誰もが経験するベッドメイキングや採血、点滴ラインの確保などのスキルを高めていく。中でも私が共感できたのは、採血と点滴ライン確保時のエピソードだ。どちらも血管に細い針を刺すことに変わりはないのだが、採血と点滴では、最適な血管が異なる。採血は腕にある太い静脈を探し、しっかり針が刺せれば問題ないのだが、点滴ラインは、血管内に針をとどめておかなければいけない。そのため、針が血管を突き破り、注入する薬剤が漏れるリスクが高いといわれる、動きが激しく曲がりやすい血管を選んではいけないのだ。ただその判断は正直言って、新人看護師には難しい……。千里さん自身は「失敗したことがなかった」と、まるで有名医療ドラマの女医のようなことを作中で語っているが、多くの看護師は、採血と点滴ラインの確保で一度は挫折したことがあるはず。それを何度も繰り返して、感覚を覚えていくのだ。
数年後、彼女は手術室への異動を命じられる。私は、看護師の世界を知る上で、最も謎が多いのがオペ看(手術室看護師)ではないかと思っている。なぜなら手術室は手術を予定している患者しか入室できない上に、入室後はすぐに麻酔をかけられ、覚醒して動けるようになる頃には病室に戻っているからだ。手術室の看護師が、どのような仕事をしているのかを知る術がないのだ。本書では、そんな彼女たちの仕事が具体的に綴られている。彼女たちの基本的な役割は、手術が順調に滞りなく遂行できるようにあらゆる面からサポートすることだ。特に器械出しと呼ばれる、手術に必要な器具を医師に渡す役割を担う看護師は、手術方式、使用する器具の順番、執刀医の好み、特徴、性格なども踏まえつつ、臨機応変に器具を渡すスキルが求められる。細かなミスで命を失う原因になる手術において、これほど神経を研ぎ澄まし、患者の状態を観察しつつ、医師と円滑なコミュニケーションを取る必要があるポジションはないだろう。実際に、千里さんも器械出しを担当するにあたり、すべてを網羅する勢いで勉強したと綴っている。
ただ、彼女が努力をしたのは、医師に怒られないためではない。すべてを理解しておくことが、必ず患者のためになると理解していたからだ。病棟に勤めていた時も、救急病棟に勤めていた時も、彼女は患者のために努力を重ねてきたという。まさに看護師のかがみのような存在だ。
本書には、このような看護観や仕事に関する真面目な話の他に、千里さんが経験した夜勤で起こる怪談話や、現代では絶対に開かれないであろう夜食パーティの話、仕事ができるライバル看護師登場の話、千里さんが看護師を目指すようになったきっかけ、今のナース事情など、クスッと笑えるエピソードも盛り込まれている。本書を読めば、看護師の仕事の舞台裏や裏事情を知ることができるだけでなく、どれだけ看護師が患者のために尽くそうと日々奮闘しているのかがわかるはずだ。ぜひ手に取って読んでいただきたい。
文=トヤカン

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